人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード14

忍び寄る「黒」と赤い過去(13)

「そうじゃないんです。
 なんとなく……バンさん、焦ってる気がして」

「焦ってる?」

「ええ。前も言ったと思うんですけど、
 僕はあなたと一緒にいられるだけで十分幸せなんですよ。
 繋がることばかりが、愛だとは思わないし……
 あっ、したくないって訳じゃないんですよ!
 ただ、焦ったり、無理なタイミングでするのも違うかなって」

「……そんな、タイミングとか考えてたら、
 出来るもんも出来なくなるぞ。こういうのは勢いっつーか」

 ユリアはオレの尻を撫でながら、小さく首を振った。 

「僕はゆっくりじっくりバンさんのこと愛したいんです。
 だって、僕らにとって初めての……その、エッチじゃないですか。
 それを目的にはしたくないんですよ」

 オレは目を瞬いた。
『初めて』
 その発想は全くなかった。

「エッチなことはしたいけど、
 それよりも、一緒にいろんなことをして楽しみたいというか……
 愛し合いたいんです。……って、僕、変なこと言ってます?」

「……いや」

 オレはぎこちなく笑うと、ユリアから手を離した。
 それから、目を閉じて彼の胸に額を押し付ける。

 ……ユリアに抱かれたいと思ったのは、どうしてだろう。

 好きだから。
 愛しているから。だから、触れたい。
 それはまあ、当たり前の感情だ。
 でも、少し考えれば、他の愛し方や愛され方が星の数ほどあると知っている。

 焦ってる、か。

 オレは内心で溜息をついた。
 ユリアを怖がっていないと伝えるために、
 オレはセックスに拘っていたのかもしれない。
 ユリアは、オレとの『初めて』を大切に考えてくれているというのに。

「大好きですよ、バンさん」

 オレの前髪を掻き上げて、ユリアが額にキスを落とす。
 それをくすぐったく思いながら、オレは小さく頷いた。

「オレも大好きだよ。いやーー愛してる」

「……っ」

 感極まったようにギュッと抱きしめられる。
 ユリアのぬくもりがダイレクトに伝わってきた。

 コイツは全身で愛を叫んでくれる。
 ああ、好きだなあと思った。眩しいなあと思った。

 オレは顔を持ち上げてユリアの瞳を見つめる。
 それから触れるだけのキスを何度も交わすと、
 オレたちは穏やかな眠りについた。

* * *

「し、信じられない!
 あ、あんな、えっ、えっ、ぇ……エッチなことするなんて……!!!」

 客室に戻ったボクは靴を脱ぎ捨てるとベッドに飛び込んだ。
 顔が熱い。さっきの光景が瞼裏に焼きついて、
 心臓がドクドク言っている。

 枕に顔を押しつけて、ボクは足をバタバタさせた。
 何してたんだ、あの2人。
 あ、あんな、あんなとこ、舐めっ……
 
「少しは落ち着け。
 恋人同士なんだ。仲睦まじくていいじゃないか」

「そういう問題じゃない!」

「それより、ケガが酷くないようで安心した。
 だいぶ手ひどく吹っ飛ばされていたようだったから」

 ベッドが軋んで、ヴィンセントがボクの肩に触れる。
 ボクはその手を振り払うと、上半身を勢い良く起こした。

「……ヴィンセントは見てないからそんな冷静でいられるんだ。
 く、口でっ、あ、あ、あんなとこ……な、舐めっ……
 わぁぁぁぁぁあああああッ!」

 再び枕に突っ伏せて、ボクは言葉にならない悲鳴を溢れさせる。
 そりゃ、扉を勝手に開けたボクが悪い。
 ……だけど、あんなことしてるだなんて普通は思わないじゃないか。

「分かった、分かった。
 とりあえず、深呼吸しろ」

「……スーハー、スーハー」

「歯は磨いたな?」

「磨いた」

「なら、そのまま寝ろ」

「寝られるわけないだろ!? こんな状態で!!」

 恨めしい眼差しを向ければ、
 ヴィンセントがトントンとボクの背中を叩いてくる。
 
「子供扱いするなよ!
 こんなんで寝られたら苦労しないってば!!」

「なら、どうしたら寝れるんだ」

「知らないよ! 考えてよ、バカ!」

「分かった」

 ヴィンセントが肺の中が空っぽになるような溜息をつく。
 じっと答えを待てば、頭を枕に押しつけられた。

「ふがっ……! 寝れない相手に冷た過ぎない!?」

「……そんなことで、どうやって籠絡するつもりだったんだ?」

「何? 何て言って――」

「とりあえず目を瞑れ」

 大きな手が、ボクの目元を塞ぐ。
 相変わらずの、雑な扱い。酷いヤツだ。

 ボクはぶつくさ文句を言いながら、目を閉じた。
 ヴィンセントは見ていないから、こんな風に冷静でいられるんだ。
 あんなの見たら、ヴィンセントだって……ヴィンセントだって……

「……離してよ」

 ふいに、ゴツゴツした、厚みのある手を意識してしまって、
 ボクは彼の手を振り払った。

「どうした?」

「どうもしない。自分で目くらい瞑れる」

「……分かった」

 この手が、ずっとボクを守ってきたんだと思うと、
 胸がドキドキした。

 ……なんでボクがドキドキしてるんだよ。
 意味が分からない。全然、一つも、意味が分からない。
 全部、全部、アイツらのせいだ。

 ゴホッと、酷い咳き込みが聞こえたのは、その時だった。

「……ヴィンセント?」

「なんでもない」

 いつものように簡潔に言って、彼は浴室へ向かう。
 それから直ぐに戻ってきた。

「おやすみ、セシル」

 部屋の灯りを消して、隣のベッドに横になる。
 静寂が落ちると、ボクは体を彼の方に向けた。

「……ねえ。体、どっか悪いの。背中、撫でてあげようか」

「気にするな。むせただけだ」

「……そう」

 大きな背中を見つめていると、
 視線に気付いたのか、ヴィンセントがコッチを向いた。

「ほら、さっさと目を閉じろ。俺の手は不要なんだろ?」

 ボクはしばらくヴィンセントの顔を見つめてから瞼を閉じる。
 精悍な顔は、時と共に老いていた。
 一方ボクは20年経っても、彼と出合った時のままだ。

 ボクらの間には、越えられない壁がある。
 それはとてつもなく巨大で、強固で、いつかボクらを離れ離れにする。

「……おやすみ」
 
 ボクは胸をざわつかせる不安を無理やり飲み下した。
 ……微かな血の匂いを感じながら。
感想 32

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