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エピソード15
茨の密約(1)
翌日の夜。
屋敷の掃除をしていると、セシルに声をかけられた。
「おはよう」
「……あ、ああ」
あんな場面を見られた手前、非常に気まずかったが、
無視するわけにもいかない。
「……で、何だよ。
何か用があって、声かけてきたんだろ?」
セシルは言葉に詰まった様子でしばらく俯いていたが、
やがて、唇を尖らせると呟いた。
「こ……この間は、その、ありがとう。
お前がいなかったら、ボクは灰になってたと思う。
あと……」
彼はぎゅっと服の袖を握り締めて、消え入りそうな声で続けた。
「……勝手にドア開けて、ごめん」
「あ、ああ、それは……鍵閉めなかった、オレも悪いし。
ってか、なんだよ。お前らしくねぇ。
そんなこと言いにわざわざ来たのか。違うんだろ?」
オレは水の入ったバケツを廊下の端に寄せると、
改めてセシルに向き直る。
彼は小さく頷いた。
「……うん、違う」
「さっさと本題に入れよ」
促せば、彼は決意めいた眼差しをオレに向けた。
「あの、さ。この屋敷のメイドたちが選ばれた基準ってなに?」
「基準?」
「ユリアのお眼鏡にかなって、死徒にされたんでしょ。
でも、お前はなってない。その境目を知りたいんだけど」
「メイドたちは、ユリアの眷属じゃねぇよ」
「え……
じゃ、じゃあ、ハルさんのってこと?」
「いや、ユリアの祖父のだって聞いた」
「おじいちゃん……?」
ショックを隠せないというように、セシルが目を見開く。
「だ、だけど、1人くらいはいるんだよね?」
「いねぇよ。アイツは積極的に眷属を作るような性格じゃない」
ユリアが前に話してくれたことには、
死徒は、主人であるヴァンパイアの奴隷だ。
意思も感情も剥奪され、そのためだけに死ぬことすら許されない。
セシルのような例外はあるようだが、
ユリアがそんな存在を生み出したいと考えるようには思えなかった。
「そんな……」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
セシルが眉根を寄せる。
「た、頼みがあるんだ。ユリアを説得――」
その時、足音が聞こえてセシルはハッと口元を覆った。
背後からヴィンセントがやって来ていた。
「……なんだ。話の邪魔したみたいだな」
彼はオレたちに気付くと、肩を竦める。
セシルは鼻から息を逃すと、いつもの様子で眉尻を持ち上げた。
「別に。ボクの用はもう済んだから」
先ほどまでの悄然とした様子などおくびにも出さず、歩き出す。
セシルの姿が見えなくなると、
彼と入れ替わるようにしてヴィンセントが口を開いた。
「……バン。色々と悪かったな。
そろそろ俺たちは、出て行こうと思う」
「あのことで出て行こうと思ってるなら、気にしなくていいぞ。
こっちが伝えてなかったわけだし。ユリアも気にしてねぇ」
「ありがたいことだな。
だが、余り……時間がないんだ」
「時間?」
オレの問いには答えず、ヴィンセントは上着のポケットから
小さなガラスの器を取り出すと、こちらに差し出した。
「そうだ。これ……詫びと言ってはなんだが、打ち身に効く薬だ。
だいぶ、酷いケガをしただろう」
オレは目を瞬かせる。
ついで苦笑と共に首を振った。
「ありがとう。だけど、全然、ケガしてねぇんだよ。
丈夫に産んでくれた母親に感謝しねぇと」
「なに? 本当か?」
「ああ。吹っ飛ばされた時は、骨の数本折れた気がしたんだけどさ。
運が良かったみたいだ。
あんたは? 大丈夫だった?」
「俺は慣れている。
ケガはないと言えば嘘になるが、
数日もすれば何処をケガしたのかも忘れてしまう程度のものだ」
「そいつは良かった。
じゃあ、出立の日程が決まったら教えてくれ。寂しくなるよ」
「分かった」
オレは水桶を持ち上げると、ヴィンセントとの会話を切り上げた。
何か問いたげにこちらを見る視線には気付いたが、
さほど気にもせず、仕事に戻ったのだった。
屋敷の掃除をしていると、セシルに声をかけられた。
「おはよう」
「……あ、ああ」
あんな場面を見られた手前、非常に気まずかったが、
無視するわけにもいかない。
「……で、何だよ。
何か用があって、声かけてきたんだろ?」
セシルは言葉に詰まった様子でしばらく俯いていたが、
やがて、唇を尖らせると呟いた。
「こ……この間は、その、ありがとう。
お前がいなかったら、ボクは灰になってたと思う。
あと……」
彼はぎゅっと服の袖を握り締めて、消え入りそうな声で続けた。
「……勝手にドア開けて、ごめん」
「あ、ああ、それは……鍵閉めなかった、オレも悪いし。
ってか、なんだよ。お前らしくねぇ。
そんなこと言いにわざわざ来たのか。違うんだろ?」
オレは水の入ったバケツを廊下の端に寄せると、
改めてセシルに向き直る。
彼は小さく頷いた。
「……うん、違う」
「さっさと本題に入れよ」
促せば、彼は決意めいた眼差しをオレに向けた。
「あの、さ。この屋敷のメイドたちが選ばれた基準ってなに?」
「基準?」
「ユリアのお眼鏡にかなって、死徒にされたんでしょ。
でも、お前はなってない。その境目を知りたいんだけど」
「メイドたちは、ユリアの眷属じゃねぇよ」
「え……
じゃ、じゃあ、ハルさんのってこと?」
「いや、ユリアの祖父のだって聞いた」
「おじいちゃん……?」
ショックを隠せないというように、セシルが目を見開く。
「だ、だけど、1人くらいはいるんだよね?」
「いねぇよ。アイツは積極的に眷属を作るような性格じゃない」
ユリアが前に話してくれたことには、
死徒は、主人であるヴァンパイアの奴隷だ。
意思も感情も剥奪され、そのためだけに死ぬことすら許されない。
セシルのような例外はあるようだが、
ユリアがそんな存在を生み出したいと考えるようには思えなかった。
「そんな……」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
セシルが眉根を寄せる。
「た、頼みがあるんだ。ユリアを説得――」
その時、足音が聞こえてセシルはハッと口元を覆った。
背後からヴィンセントがやって来ていた。
「……なんだ。話の邪魔したみたいだな」
彼はオレたちに気付くと、肩を竦める。
セシルは鼻から息を逃すと、いつもの様子で眉尻を持ち上げた。
「別に。ボクの用はもう済んだから」
先ほどまでの悄然とした様子などおくびにも出さず、歩き出す。
セシルの姿が見えなくなると、
彼と入れ替わるようにしてヴィンセントが口を開いた。
「……バン。色々と悪かったな。
そろそろ俺たちは、出て行こうと思う」
「あのことで出て行こうと思ってるなら、気にしなくていいぞ。
こっちが伝えてなかったわけだし。ユリアも気にしてねぇ」
「ありがたいことだな。
だが、余り……時間がないんだ」
「時間?」
オレの問いには答えず、ヴィンセントは上着のポケットから
小さなガラスの器を取り出すと、こちらに差し出した。
「そうだ。これ……詫びと言ってはなんだが、打ち身に効く薬だ。
だいぶ、酷いケガをしただろう」
オレは目を瞬かせる。
ついで苦笑と共に首を振った。
「ありがとう。だけど、全然、ケガしてねぇんだよ。
丈夫に産んでくれた母親に感謝しねぇと」
「なに? 本当か?」
「ああ。吹っ飛ばされた時は、骨の数本折れた気がしたんだけどさ。
運が良かったみたいだ。
あんたは? 大丈夫だった?」
「俺は慣れている。
ケガはないと言えば嘘になるが、
数日もすれば何処をケガしたのかも忘れてしまう程度のものだ」
「そいつは良かった。
じゃあ、出立の日程が決まったら教えてくれ。寂しくなるよ」
「分かった」
オレは水桶を持ち上げると、ヴィンセントとの会話を切り上げた。
何か問いたげにこちらを見る視線には気付いたが、
さほど気にもせず、仕事に戻ったのだった。
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