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エピソード15
茨の密約(2)
* * *
それから何事もなく数日の時が過ぎ、ユリアが人狼化する満月を迎えた。
オレは従来通り、避難という名目で休日を貰う。
いつもは馬で最寄りの街まで行くのだが、今回は出立するセシルたちもいるので、
馬車を呼んだ。
「セシルたちはこのまま行ってしまうんですよね……」
玄関先まで見送りに出てくれたユリアが、寂しそうにする。
「世話になった」
「また遊びに来ますよ」
ニコリと微笑んで、セシルが手を差し出す。
「ええ、必ず。とても楽しかったです」
少し泣きそうになりながら、ユリアは彼の手を握り返した。
呼びつけていた馬車が到着して、2人が乗る。
オレはユリアに向き直った。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「早く帰ってきてくださいね」
ユリアがオレの頬にキスをする。
たまたまセシルたちが見ていなかったからいいものの……
ワンテンポ置いて、かぁぁっと頬が熱くなる。
オレは短く息を吐き出し、お返しにユリアの髪をサッと撫でた。
彼はちょっと不満そうな顔をした。
オレはその理由に気付いていたけれど、気付かないフリをする。
「……なんだよ?」
「いえ、別に。楽しみに待ってます」
そう言って、ユリアが人さし指を唇に当てる。
オレは肩をすくめると、セシルたちの待つ馬車に乗り込んだ。
* * *
久々の町は活気づいていて、耳が痛くなるほどだった。
そろそろ店じまいしそうな宿屋に滑り込むと、
オレたちは階下の食堂で、夕食を取った。
住み込みで働いている手前、
屋敷で酒を飲むことはなかったが、街にいる間は別だ。
ということで、オレは蜂蜜酒の大ジョッキを頼む。
するとヴィンセントと、セシルまでが同じものを頼んだ。
「おい。子供にはまだ早いんじゃねぇか」
別に酒なんていくつから飲んでも構わないが、一応指摘してみる。
すると、驚くべき応えが帰ってきた。
「は? ボクはお前よりも年上だけど?」
「なに?」
聞けば、14歳の頃に死徒になってから、
20年の歳月が経っているらしい。
「そういうわけだから。年上には敬意を払えよ、使用人」
「まじか」
30なんぼでその性格か。
「どういう意味? なんか凄く失礼なこと考えてない?」
「別に」
セシルは不機嫌そうに眉根を寄せたが、
まあ、今更口調を改める気にはならないので、気にしないことにする。
「それはそうと……ずっと気になってたんだが、
あんたたちって、どういう関係なんだ?
兄弟って訳でもないんだろ?」
ジョッキを傾けてから、オレは問いを投げた。
「それは……」
「荷物持ちと、その主人」
ヴィンセントが何か言うより先に、セシルが唇を尖らせて言う。
「へぇ、どういう経緯でそうなったんだ?」
「……なんで? ヴィンセント」
セシルはオレの問いを受け止めず、そのまま相方に投げた。
「昔のことだ、覚えてはいない」
「だってさ」
あまり話したくないことらしい。
オレはそれ以上深入りするのを止める。
「お前の方こそ、どうしてあの屋敷に?」
「ハルに雇われたんだよ。世話係として」
「ふぅん。で、身の程を弁えずに恋仲になっちゃったんだ?」
「まあ、そんなとこ」
オレは運ばれてきた肉料理にパクついた。
「使用人にしておくには勿体ない身のこなしだったな」
ヴィンセントが見た目からは想像もつかない丁寧さで、
皿に取り分けた肉を食べながら、セシルが疑問を投げかけてくる。
「使用人になる前は軍にでもいたの?」
「男娼だよ。その前は、傭兵やってたけど」
「だっ……!」
「珍しい経歴だな」
目を丸く見開くセシルの隣で、
ヴィンセントは首を傾げた。
オレは肉を飲みくだし、頷いた。
「よく言われる」
「そのこと、ユリアは知ってるわけ?」
「どうだろうな。
アイツは鼻が利くから、気付いてるかも」
「……それってさ、隠してるってことでしょ」
「わざわざ話してないってだけだ。聞かれたらちゃんと話す」
「ユリアって純情っぽいから、
そんなの聞いたら卒倒しちゃうかもよ?」
「かもな。でも、しゃーない。
それがオレだから」
肉汁で濡れた口の端を親指の腹で拭う。
ぺろりとそれを舐めれば、セシルが呆れたように口を開いた。
「振られるかもとか考えないの」
「まあ、振られたからってオレがユリアのこと嫌いになる訳じゃねえし」
「……意味分かんない」
セシルはポツリと呟くとジョッキを勢いよく傾ける。
それから、空になったそれを店員に向けて掲げた。
「おかわりちょうだい」
「……セシル。もう少しゆっくり飲め」
「うるさい。平気だってば。
……ありがとう、お姉さん」
セシルは余所行きの笑顔で店員に礼を言うと、新しいジョッキを受け取る。
それを再び煽ってから、ピシリとオレに指を突きつけた。
「……ってかさ、今の愛されてるアピール? だよね」
「はあ?
なんでンなアピールをお前にしなきゃならないんだよ」
「お前の頭は鳥並みなの?
ボク、ユリアの恋人候補に立候補してたはずだけど」
ズイとテーブルに身を乗り出して、
セシルが眉根を持ち上げる。
オレは目を瞬いた。
「本気じゃなかったろ?」
「は? 本気だし!
本気で恋人になりたいって思ってたし!」
「マジか。
オレはてっきり、お前はヴィンセントのことが好き……」
「わあぁぁああああっ!?」
セシルは突然席を立ったかと思うと、オレの言葉を遮るように絶叫する。
トランプをした時も思ったが……分かりやす過ぎるヤツだ。
「なっ、なんで、そんなことになるわけ!?
ボクらのどこ見てそう思うの!??
お前、バカだろ! バーカ! バーーーーカ!!」
口早にそう言うと、セシルは先ほど運ばれてきたばかりのジョッキを空にした。
それから、ダンッとテーブルにジョッキを叩きつける。
「ヴィンセントはね、荷物持ちなの。
それ以上でもそれ以下でもない。ボクはこ、こんなヤツ好きじゃないし、
そもそも好みでもないから。
利用できるから利用してるだけれ、どーーーでもいいから」
酔いが回ってきたのか、だんだんと呂律が怪しくなっていく。
彼はヴィンセントを睨みつけると、荒い呼吸を吐き出した。
「ヴィンセント。聞いてる? いい?
お前なんてね、ボクにはどうれもいいんらからねっ」
羞恥心のせいで口を滑らせたとしても、さすがに言い過ぎな気がして、
オレはセシルを止めようと口を開く。
「お、おい、それくらいに……」
「分かってる」
いつもと変わらない様子で、ヴィンセントが頷く。
すると、何故かセシルの方が傷ついた顔をした。
「分かった、って……なんで分かっちゃうんらよ」
少しの間、相方を見てから、
彼は脱力するように椅子に腰掛ける。
「……ヴィンセントのバカ」
そう呟くやいなや、ガクリと頭が落ちて、
食器に突っ伏せかけた。
それをヴィンセントが紙一重で止める。
「お、おい? セシル!?」
「……心配するな。コイツは酒に弱いんだ」
そう言って、彼はセシルの華奢な体を椅子の背もたれに寄りかからせた。
「……死徒も酔うんだな」
「コイツの体質だろう。いくら歳を重ねても、体は14才のままだ。
もっとも死徒になったおかげか、酒が抜けるのも早いが」
寝息を立て始めたセシルに微笑をこぼすと、
ヴィンセントは再び食事に戻る。
「それーーセシルが死徒って話。ぶっちゃけ、未だに信じらんねぇよ。
オレの知ってる死徒ってのは、もっとこう、生気の無い相手ばかりだから」
屋敷のメイドたちを思い出して、オレは言った。
彼女たちは優秀だった。感情に左右されることなく、ユリアのために……
いや、忠実にユリアの祖父の命令を聞き、
毎日、身を粉にして働いている。
彼女たちとセシルを同列に語るのは無理があった。
「俺もコイツと出会った時は驚いた。
今まで見てきた死徒たちとは明らかに異なっていたからな」
「……待てよ。それって、アンタはセシルと出会う前から、
死徒のことを知ってたってことか?」
「ああ、昔は処刑官をしていたから」
オレはまじまじとヴィンセントを見ると、
噛み切れずに口の中で持て余していた肉の欠片をゴクリと飲み下した。
それから何事もなく数日の時が過ぎ、ユリアが人狼化する満月を迎えた。
オレは従来通り、避難という名目で休日を貰う。
いつもは馬で最寄りの街まで行くのだが、今回は出立するセシルたちもいるので、
馬車を呼んだ。
「セシルたちはこのまま行ってしまうんですよね……」
玄関先まで見送りに出てくれたユリアが、寂しそうにする。
「世話になった」
「また遊びに来ますよ」
ニコリと微笑んで、セシルが手を差し出す。
「ええ、必ず。とても楽しかったです」
少し泣きそうになりながら、ユリアは彼の手を握り返した。
呼びつけていた馬車が到着して、2人が乗る。
オレはユリアに向き直った。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「早く帰ってきてくださいね」
ユリアがオレの頬にキスをする。
たまたまセシルたちが見ていなかったからいいものの……
ワンテンポ置いて、かぁぁっと頬が熱くなる。
オレは短く息を吐き出し、お返しにユリアの髪をサッと撫でた。
彼はちょっと不満そうな顔をした。
オレはその理由に気付いていたけれど、気付かないフリをする。
「……なんだよ?」
「いえ、別に。楽しみに待ってます」
そう言って、ユリアが人さし指を唇に当てる。
オレは肩をすくめると、セシルたちの待つ馬車に乗り込んだ。
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そろそろ店じまいしそうな宿屋に滑り込むと、
オレたちは階下の食堂で、夕食を取った。
住み込みで働いている手前、
屋敷で酒を飲むことはなかったが、街にいる間は別だ。
ということで、オレは蜂蜜酒の大ジョッキを頼む。
するとヴィンセントと、セシルまでが同じものを頼んだ。
「おい。子供にはまだ早いんじゃねぇか」
別に酒なんていくつから飲んでも構わないが、一応指摘してみる。
すると、驚くべき応えが帰ってきた。
「は? ボクはお前よりも年上だけど?」
「なに?」
聞けば、14歳の頃に死徒になってから、
20年の歳月が経っているらしい。
「そういうわけだから。年上には敬意を払えよ、使用人」
「まじか」
30なんぼでその性格か。
「どういう意味? なんか凄く失礼なこと考えてない?」
「別に」
セシルは不機嫌そうに眉根を寄せたが、
まあ、今更口調を改める気にはならないので、気にしないことにする。
「それはそうと……ずっと気になってたんだが、
あんたたちって、どういう関係なんだ?
兄弟って訳でもないんだろ?」
ジョッキを傾けてから、オレは問いを投げた。
「それは……」
「荷物持ちと、その主人」
ヴィンセントが何か言うより先に、セシルが唇を尖らせて言う。
「へぇ、どういう経緯でそうなったんだ?」
「……なんで? ヴィンセント」
セシルはオレの問いを受け止めず、そのまま相方に投げた。
「昔のことだ、覚えてはいない」
「だってさ」
あまり話したくないことらしい。
オレはそれ以上深入りするのを止める。
「お前の方こそ、どうしてあの屋敷に?」
「ハルに雇われたんだよ。世話係として」
「ふぅん。で、身の程を弁えずに恋仲になっちゃったんだ?」
「まあ、そんなとこ」
オレは運ばれてきた肉料理にパクついた。
「使用人にしておくには勿体ない身のこなしだったな」
ヴィンセントが見た目からは想像もつかない丁寧さで、
皿に取り分けた肉を食べながら、セシルが疑問を投げかけてくる。
「使用人になる前は軍にでもいたの?」
「男娼だよ。その前は、傭兵やってたけど」
「だっ……!」
「珍しい経歴だな」
目を丸く見開くセシルの隣で、
ヴィンセントは首を傾げた。
オレは肉を飲みくだし、頷いた。
「よく言われる」
「そのこと、ユリアは知ってるわけ?」
「どうだろうな。
アイツは鼻が利くから、気付いてるかも」
「……それってさ、隠してるってことでしょ」
「わざわざ話してないってだけだ。聞かれたらちゃんと話す」
「ユリアって純情っぽいから、
そんなの聞いたら卒倒しちゃうかもよ?」
「かもな。でも、しゃーない。
それがオレだから」
肉汁で濡れた口の端を親指の腹で拭う。
ぺろりとそれを舐めれば、セシルが呆れたように口を開いた。
「振られるかもとか考えないの」
「まあ、振られたからってオレがユリアのこと嫌いになる訳じゃねえし」
「……意味分かんない」
セシルはポツリと呟くとジョッキを勢いよく傾ける。
それから、空になったそれを店員に向けて掲げた。
「おかわりちょうだい」
「……セシル。もう少しゆっくり飲め」
「うるさい。平気だってば。
……ありがとう、お姉さん」
セシルは余所行きの笑顔で店員に礼を言うと、新しいジョッキを受け取る。
それを再び煽ってから、ピシリとオレに指を突きつけた。
「……ってかさ、今の愛されてるアピール? だよね」
「はあ?
なんでンなアピールをお前にしなきゃならないんだよ」
「お前の頭は鳥並みなの?
ボク、ユリアの恋人候補に立候補してたはずだけど」
ズイとテーブルに身を乗り出して、
セシルが眉根を持ち上げる。
オレは目を瞬いた。
「本気じゃなかったろ?」
「は? 本気だし!
本気で恋人になりたいって思ってたし!」
「マジか。
オレはてっきり、お前はヴィンセントのことが好き……」
「わあぁぁああああっ!?」
セシルは突然席を立ったかと思うと、オレの言葉を遮るように絶叫する。
トランプをした時も思ったが……分かりやす過ぎるヤツだ。
「なっ、なんで、そんなことになるわけ!?
ボクらのどこ見てそう思うの!??
お前、バカだろ! バーカ! バーーーーカ!!」
口早にそう言うと、セシルは先ほど運ばれてきたばかりのジョッキを空にした。
それから、ダンッとテーブルにジョッキを叩きつける。
「ヴィンセントはね、荷物持ちなの。
それ以上でもそれ以下でもない。ボクはこ、こんなヤツ好きじゃないし、
そもそも好みでもないから。
利用できるから利用してるだけれ、どーーーでもいいから」
酔いが回ってきたのか、だんだんと呂律が怪しくなっていく。
彼はヴィンセントを睨みつけると、荒い呼吸を吐き出した。
「ヴィンセント。聞いてる? いい?
お前なんてね、ボクにはどうれもいいんらからねっ」
羞恥心のせいで口を滑らせたとしても、さすがに言い過ぎな気がして、
オレはセシルを止めようと口を開く。
「お、おい、それくらいに……」
「分かってる」
いつもと変わらない様子で、ヴィンセントが頷く。
すると、何故かセシルの方が傷ついた顔をした。
「分かった、って……なんで分かっちゃうんらよ」
少しの間、相方を見てから、
彼は脱力するように椅子に腰掛ける。
「……ヴィンセントのバカ」
そう呟くやいなや、ガクリと頭が落ちて、
食器に突っ伏せかけた。
それをヴィンセントが紙一重で止める。
「お、おい? セシル!?」
「……心配するな。コイツは酒に弱いんだ」
そう言って、彼はセシルの華奢な体を椅子の背もたれに寄りかからせた。
「……死徒も酔うんだな」
「コイツの体質だろう。いくら歳を重ねても、体は14才のままだ。
もっとも死徒になったおかげか、酒が抜けるのも早いが」
寝息を立て始めたセシルに微笑をこぼすと、
ヴィンセントは再び食事に戻る。
「それーーセシルが死徒って話。ぶっちゃけ、未だに信じらんねぇよ。
オレの知ってる死徒ってのは、もっとこう、生気の無い相手ばかりだから」
屋敷のメイドたちを思い出して、オレは言った。
彼女たちは優秀だった。感情に左右されることなく、ユリアのために……
いや、忠実にユリアの祖父の命令を聞き、
毎日、身を粉にして働いている。
彼女たちとセシルを同列に語るのは無理があった。
「俺もコイツと出会った時は驚いた。
今まで見てきた死徒たちとは明らかに異なっていたからな」
「……待てよ。それって、アンタはセシルと出会う前から、
死徒のことを知ってたってことか?」
「ああ、昔は処刑官をしていたから」
オレはまじまじとヴィンセントを見ると、
噛み切れずに口の中で持て余していた肉の欠片をゴクリと飲み下した。
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