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エピソード19:3部スタート
うたかたの(1)
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ジルベール・アヴェリンは、目を見張るほど美しい男だ。
真白の僧服を身に纏った姿は神々しく、
教会で人々のために祈りを捧げる彼を一目見れば、
男も女も瞬く間に心を奪われる。
ジルベールの肌は、透き通るように白く滑らかだ。
瞳は凪いだ海を思わせる、澄んだ青色をしている。
彼の目を縁取る白銀の睫は長く影を落とし、
同色の髪は真っ直ぐと腰まで流れ、
肩口でゆるやかに編んでいる。
年の頃は、分からない。
一見、十代の青年のようにも見えるが、
彼の穏やかな話ぶりは、長い時間を生きた老人のようでもあり、
一方で、彼の学問に対する姿勢は、壮年の力強さに溢れている。
「みなさん、私の手元が見えますか?」
研究室に処刑官の候補生たちを招き入れたジルベールは、
慈愛の微笑みを浮かべて、振り返った。
緊張に強張っていた生徒たちの頬が、
彼の美しさを前に、知れず上気する。
彼は生徒ひとりひとりとアイコンタクトを取ってから、
優美な手付きで、処置台に拘束された男の
開かれた胸部に目線を落とした。
「ここが、心臓――ヴァンパイア、及び、その眷属の弱点です」
ジルベールは穏やかに告げると、
近くに並べられていた幾つもの道具のうち、大型の鉄槌を手に持った。
処置台の上で、男が目を大きく見開く。
ふぅふぅと荒い呼吸が猿ぐつわの合間から漏れ出し、
しんと静まり返る部屋に響く。
「ですが、ここを、このハンマーで潰したとしても――
あまり意味がありません」
言葉が終わると同時に、彼は振り上げた腕を躊躇なく下ろした。
ぐちゃっと音が立ち、赤い肉片が勢い良く飛び散る。
台の上で、男が激しく痙攣した。
「1、2、3、4……」
ジルベールは正確な速度で、カウントを始める。
すると粉々に潰れた肉塊が、まるで生きているかのように動きだし、
集まって、盛り上がり……
「……9、10」
やがて、心臓は元の形に戻った。
白磁の肌をべたりと赤く染めたジルベールは、
先ほどと同じ表情で、生徒を振り返る。
「このように平均10秒で自己治癒をしてしまう。
ところが、銀製のもので同じことをした場合、」
ジルベールは鉄槌を台に置くと、代わりに銀のナイフを手にして、
台に向き直った。
男は喉奥で絶叫して暴れようと試みるが、
拘束は強固で、ガタガタと台座が音を立てるだけだ。
ジルベールは気にせず、同じ箇所をナイフで突き刺した。
その瞬間、男は石化したように動きを止めた。
「ほら、よく見てご覧なさい。
いつまで経っても治癒が始まらないでしょう?
これが、貴方たちが銀の武器を使っている理由です」
勢い良く赤が噴き上がり続ける。
ジルベールはナイフから手を離すと、
懐から手巾を取り出し、頬や手を濡らした血を拭った。
「銀は、ヴァンパイアやその眷属にとって猛毒に他なりません。
彼らは、銀が体内に入り込むことによって、その異端の力を失うのです」
ついで、生徒に変わらない聖母の微笑みを向けた。
「それでは、今日の講義はここまで。
慈悲深き神に感謝し、本日も健やかに過ごしましょう」
彼は手巾で汚れたナイフの柄をくるむと引き抜いた。
男の体は1度大きく跳ねると、
やがて……灰になった。
* * *
――怒らないということは、優しさとイコールではない。
「ええと、なになに……
『月の満ち欠けにしたがい、人が狼に変身することがある。
彼の人物は大罪人であり、神の裁きを受けたなれの果てであり』……」
ある日の午後。
オレは屋敷の書斎で、本を読み漁っていた。
ユリアの人狼化を封じる手立てを見つけるためだ。
だけど、ぶっちゃけ、オレは彼から力を取り上げていいものかどうか、
迷い続けていた。
ユリアは人を傷つけない。
傷つけることを、恐れている。
それは、彼の持つ強大な力ゆえと思ってはいたけれど、
それにしても極端だった。
病的と言ってもいい。
――1年ほど前、屋敷に異端処刑官が強襲してきた。
彼らが去った後に残っていた血痕は、
ほとんどユリアのものだった。
彼は抵抗せずに切り刻まれていた。
あの時は、人狼の意識が顕在して処刑官たちを追い払うことが出来たけれど、
もしも力を封じてしまったら、今度こそ彼は……火の粉を振り払う術を持たない。
ユリアはそれでいいと思っている。
だが、オレは嫌だ。
「…………この本は、ちょっと違うな」
オレは穏やかならぬ気持ちに蓋をして、読んでいた本を閉じた。
続いて、デスクに山と積んでいた別の本を上から取り、開く。
目をすがめ、オレは引き続き指で文字列を追いながら、
読み進めていく。
「ぐ……なんだこの単語。見たことねぇぞ。
辞書、辞書……
………………
……だあああ、載ってねえ!」
屋敷に来てからというもの、ユリアに読み書きを教えて貰ってはきたが、
付け焼き刃で読めるほど、この書斎にある本は簡単でなかった。
なんせゴリゴリの学術書ばかりなのだ。
ああ、あとガチガチの恋愛小説が棚3つ分あったが。
……どういうチョイスだ。
「バンさん! 此処にいたんですね。捜しちゃいました」
書斎の扉が開いたかと思うと、
足取り軽く、ユリアがやってきた。
真白の僧服を身に纏った姿は神々しく、
教会で人々のために祈りを捧げる彼を一目見れば、
男も女も瞬く間に心を奪われる。
ジルベールの肌は、透き通るように白く滑らかだ。
瞳は凪いだ海を思わせる、澄んだ青色をしている。
彼の目を縁取る白銀の睫は長く影を落とし、
同色の髪は真っ直ぐと腰まで流れ、
肩口でゆるやかに編んでいる。
年の頃は、分からない。
一見、十代の青年のようにも見えるが、
彼の穏やかな話ぶりは、長い時間を生きた老人のようでもあり、
一方で、彼の学問に対する姿勢は、壮年の力強さに溢れている。
「みなさん、私の手元が見えますか?」
研究室に処刑官の候補生たちを招き入れたジルベールは、
慈愛の微笑みを浮かべて、振り返った。
緊張に強張っていた生徒たちの頬が、
彼の美しさを前に、知れず上気する。
彼は生徒ひとりひとりとアイコンタクトを取ってから、
優美な手付きで、処置台に拘束された男の
開かれた胸部に目線を落とした。
「ここが、心臓――ヴァンパイア、及び、その眷属の弱点です」
ジルベールは穏やかに告げると、
近くに並べられていた幾つもの道具のうち、大型の鉄槌を手に持った。
処置台の上で、男が目を大きく見開く。
ふぅふぅと荒い呼吸が猿ぐつわの合間から漏れ出し、
しんと静まり返る部屋に響く。
「ですが、ここを、このハンマーで潰したとしても――
あまり意味がありません」
言葉が終わると同時に、彼は振り上げた腕を躊躇なく下ろした。
ぐちゃっと音が立ち、赤い肉片が勢い良く飛び散る。
台の上で、男が激しく痙攣した。
「1、2、3、4……」
ジルベールは正確な速度で、カウントを始める。
すると粉々に潰れた肉塊が、まるで生きているかのように動きだし、
集まって、盛り上がり……
「……9、10」
やがて、心臓は元の形に戻った。
白磁の肌をべたりと赤く染めたジルベールは、
先ほどと同じ表情で、生徒を振り返る。
「このように平均10秒で自己治癒をしてしまう。
ところが、銀製のもので同じことをした場合、」
ジルベールは鉄槌を台に置くと、代わりに銀のナイフを手にして、
台に向き直った。
男は喉奥で絶叫して暴れようと試みるが、
拘束は強固で、ガタガタと台座が音を立てるだけだ。
ジルベールは気にせず、同じ箇所をナイフで突き刺した。
その瞬間、男は石化したように動きを止めた。
「ほら、よく見てご覧なさい。
いつまで経っても治癒が始まらないでしょう?
これが、貴方たちが銀の武器を使っている理由です」
勢い良く赤が噴き上がり続ける。
ジルベールはナイフから手を離すと、
懐から手巾を取り出し、頬や手を濡らした血を拭った。
「銀は、ヴァンパイアやその眷属にとって猛毒に他なりません。
彼らは、銀が体内に入り込むことによって、その異端の力を失うのです」
ついで、生徒に変わらない聖母の微笑みを向けた。
「それでは、今日の講義はここまで。
慈悲深き神に感謝し、本日も健やかに過ごしましょう」
彼は手巾で汚れたナイフの柄をくるむと引き抜いた。
男の体は1度大きく跳ねると、
やがて……灰になった。
* * *
――怒らないということは、優しさとイコールではない。
「ええと、なになに……
『月の満ち欠けにしたがい、人が狼に変身することがある。
彼の人物は大罪人であり、神の裁きを受けたなれの果てであり』……」
ある日の午後。
オレは屋敷の書斎で、本を読み漁っていた。
ユリアの人狼化を封じる手立てを見つけるためだ。
だけど、ぶっちゃけ、オレは彼から力を取り上げていいものかどうか、
迷い続けていた。
ユリアは人を傷つけない。
傷つけることを、恐れている。
それは、彼の持つ強大な力ゆえと思ってはいたけれど、
それにしても極端だった。
病的と言ってもいい。
――1年ほど前、屋敷に異端処刑官が強襲してきた。
彼らが去った後に残っていた血痕は、
ほとんどユリアのものだった。
彼は抵抗せずに切り刻まれていた。
あの時は、人狼の意識が顕在して処刑官たちを追い払うことが出来たけれど、
もしも力を封じてしまったら、今度こそ彼は……火の粉を振り払う術を持たない。
ユリアはそれでいいと思っている。
だが、オレは嫌だ。
「…………この本は、ちょっと違うな」
オレは穏やかならぬ気持ちに蓋をして、読んでいた本を閉じた。
続いて、デスクに山と積んでいた別の本を上から取り、開く。
目をすがめ、オレは引き続き指で文字列を追いながら、
読み進めていく。
「ぐ……なんだこの単語。見たことねぇぞ。
辞書、辞書……
………………
……だあああ、載ってねえ!」
屋敷に来てからというもの、ユリアに読み書きを教えて貰ってはきたが、
付け焼き刃で読めるほど、この書斎にある本は簡単でなかった。
なんせゴリゴリの学術書ばかりなのだ。
ああ、あとガチガチの恋愛小説が棚3つ分あったが。
……どういうチョイスだ。
「バンさん! 此処にいたんですね。捜しちゃいました」
書斎の扉が開いたかと思うと、
足取り軽く、ユリアがやってきた。
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