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番外編3
聖なる夜の贈り物(5)
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翌朝。
「遅い。いつになったらアイツ、起こしに来るんだ?」
習慣には逆えず、いつもと同じ時間に目を覚ました。
しばらくユリアのベッドで彼がやって来るのを待つが、
さっぱり気配がない。
昨晩、ベッドでオレを寝かしつけながら、
ユリアは「朝になったら着替えを手伝いに来ます!」とはりきっていたのだが……
寝坊か?
オレは仕方なく、寝巻きのまま自分の部屋へと向かった。
別に着替えなんて自分で出来るけれど、
服を取り上げられていたせいで、着替えようがないのだ。
「おい、ユリア」
見慣れた扉をノックする。
しばらく待っても返事はない。
「おーい、ユリア!」
躊躇なく、扉を開ければ、
「ば、バンさんっ!?」
ベッドに突っ伏してもぞもぞしていたユリアが、
弾けたように顔を上げた。
「おはよ。着替え手伝うっつーから待ってたのに、
全然来ねぇから来ちまったよ」
ベッドに近づけば、
彼はあたふたと上掛けを胸の辺りまで引っ張った。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
使用人のベッドで寝るなんて、
腰でも痛くしたのではと心配になる。
「だだ、大丈夫です!
その、枕がいい匂いで、つい……」
「つい?」
首を傾げれば、ユリアの顔が赤く染まった。
え。なんで赤くなるんだよ?
「あは。あははははは。
……なんでもないです」
「いや、オレの枕で何してたんだよ!?」
「それより、今日は僕が世話係なんですから。
バンさんが僕のこと起こしに来たらダメじゃないですか!」
ユリアがベッドを下りて、オレの肩を掴む。
「いや、だから、何を……」
「早く部屋に戻りましょう。
着替え、手伝いますから」
部屋に押しやられながら、後ろを振り返ったオレは、
「おい、何で前屈みになってんだお前!?」
ユリアの前傾姿勢に、問いを口にせずにはいられなかった……
* * *
そんなこんなもあり、
無事、ユリアの部屋に戻ったオレは、
自分用に仕立てて貰った服に着替えることになったわけだが……
に……似合わねぇ。
特にこのヒラヒラした首元が。
オレは、鏡の前で途方に暮れていた。
「凄く素敵ですよ」
「お前、ちゃんとオレのこと見えてるか?
どう見ても、服に着られてるだろ」
「ええっ!? そんなことありませんよ。
バンさん綺麗ですから何だって似合います。
少し肌が焼けてるから、赤いジャケットがまた凄く良い味出してますよ」
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「次、この翡翠色のジャケット着てみてください!
キュロットはそうだなあ、こっちかな……」
そう言ったユリアは、ハンガーラックに向かった。
それは、彼の奥の部屋の衣装部屋から運ばれてきたもので、
オレは今日初めて彼の部屋に衣装部屋なるものがあるのを知った。
オレが屋敷に来たばかりの頃、
そのスペースは本棚だった気がするのだが……
「……そういえばさ、なんでこんなオレのサイズにぴったりの服があるんだ?」
「実はいろいろ繕って貰ってるんですよ」
「なに……?」
「ジャケット、ベスト、コート、キュロット、帽子……
って、見て貰った方が早いか。バンさん、こっちに来て」
腕を引かれて、オレは衣装部屋に踏み込んだ。
「ユリア……これ……もしかして……」
全部……?
いやあ、さすがにそんなことは……
「はい、全部バンさんのです!
僕の好みで作って貰っちゃってるから、お気に召すか不安なんですけども」
ツ、と背中に冷たい汗が流れる。
「あとは……今、ちょうどメイド服を作って貰ってます」
「メイド服!?」
「バンさんって華奢だから、
スカートも似合うと思うんですよね」
目の問題じゃない。
これは完全に頭の問題だ。
いや、それよりも重大な問題がある。
オレの知らない間に、
作られたであろう、この物凄い量の服のことだ。
「なあ。これ……金、結構かかってるだろ……?」
どの服の生地も厚みがあり、しっかりとした作りだ。
肌触りも極上。金銀の刺繍は緻密で、美しい。
「お金……?」
ユリアが不思議そうな顔をする。
不安は更に膨らんで、オレは問いを重ねた。
「その金は何処から払ってるんだ?」
貴族に対して、こんな質問はナンセンスだとは分かってはいるけど。
これは明らかに「浪費」の部類なわけで。
「メイドさんたちが繕ってくれたんですよ」
「いやいや、布とか糸とか、その材料費とかはどうしてるんだって話だよ」
「ざいりょうひ……?」
「……」
オレは唇を引き結んだ。
「……ユリア。昨日の夜、お前はオレに聞いたよな?
この屋敷の主人になったら、したいことはないかって」
「はい! 何か浮かびましたか!?」
ユリアが目を輝かせる。
オレは胸に去来する不安を握り潰すように拳を作ると、宣言した。
「帳簿管理だ!!」
「遅い。いつになったらアイツ、起こしに来るんだ?」
習慣には逆えず、いつもと同じ時間に目を覚ました。
しばらくユリアのベッドで彼がやって来るのを待つが、
さっぱり気配がない。
昨晩、ベッドでオレを寝かしつけながら、
ユリアは「朝になったら着替えを手伝いに来ます!」とはりきっていたのだが……
寝坊か?
オレは仕方なく、寝巻きのまま自分の部屋へと向かった。
別に着替えなんて自分で出来るけれど、
服を取り上げられていたせいで、着替えようがないのだ。
「おい、ユリア」
見慣れた扉をノックする。
しばらく待っても返事はない。
「おーい、ユリア!」
躊躇なく、扉を開ければ、
「ば、バンさんっ!?」
ベッドに突っ伏してもぞもぞしていたユリアが、
弾けたように顔を上げた。
「おはよ。着替え手伝うっつーから待ってたのに、
全然来ねぇから来ちまったよ」
ベッドに近づけば、
彼はあたふたと上掛けを胸の辺りまで引っ張った。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
使用人のベッドで寝るなんて、
腰でも痛くしたのではと心配になる。
「だだ、大丈夫です!
その、枕がいい匂いで、つい……」
「つい?」
首を傾げれば、ユリアの顔が赤く染まった。
え。なんで赤くなるんだよ?
「あは。あははははは。
……なんでもないです」
「いや、オレの枕で何してたんだよ!?」
「それより、今日は僕が世話係なんですから。
バンさんが僕のこと起こしに来たらダメじゃないですか!」
ユリアがベッドを下りて、オレの肩を掴む。
「いや、だから、何を……」
「早く部屋に戻りましょう。
着替え、手伝いますから」
部屋に押しやられながら、後ろを振り返ったオレは、
「おい、何で前屈みになってんだお前!?」
ユリアの前傾姿勢に、問いを口にせずにはいられなかった……
* * *
そんなこんなもあり、
無事、ユリアの部屋に戻ったオレは、
自分用に仕立てて貰った服に着替えることになったわけだが……
に……似合わねぇ。
特にこのヒラヒラした首元が。
オレは、鏡の前で途方に暮れていた。
「凄く素敵ですよ」
「お前、ちゃんとオレのこと見えてるか?
どう見ても、服に着られてるだろ」
「ええっ!? そんなことありませんよ。
バンさん綺麗ですから何だって似合います。
少し肌が焼けてるから、赤いジャケットがまた凄く良い味出してますよ」
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「次、この翡翠色のジャケット着てみてください!
キュロットはそうだなあ、こっちかな……」
そう言ったユリアは、ハンガーラックに向かった。
それは、彼の奥の部屋の衣装部屋から運ばれてきたもので、
オレは今日初めて彼の部屋に衣装部屋なるものがあるのを知った。
オレが屋敷に来たばかりの頃、
そのスペースは本棚だった気がするのだが……
「……そういえばさ、なんでこんなオレのサイズにぴったりの服があるんだ?」
「実はいろいろ繕って貰ってるんですよ」
「なに……?」
「ジャケット、ベスト、コート、キュロット、帽子……
って、見て貰った方が早いか。バンさん、こっちに来て」
腕を引かれて、オレは衣装部屋に踏み込んだ。
「ユリア……これ……もしかして……」
全部……?
いやあ、さすがにそんなことは……
「はい、全部バンさんのです!
僕の好みで作って貰っちゃってるから、お気に召すか不安なんですけども」
ツ、と背中に冷たい汗が流れる。
「あとは……今、ちょうどメイド服を作って貰ってます」
「メイド服!?」
「バンさんって華奢だから、
スカートも似合うと思うんですよね」
目の問題じゃない。
これは完全に頭の問題だ。
いや、それよりも重大な問題がある。
オレの知らない間に、
作られたであろう、この物凄い量の服のことだ。
「なあ。これ……金、結構かかってるだろ……?」
どの服の生地も厚みがあり、しっかりとした作りだ。
肌触りも極上。金銀の刺繍は緻密で、美しい。
「お金……?」
ユリアが不思議そうな顔をする。
不安は更に膨らんで、オレは問いを重ねた。
「その金は何処から払ってるんだ?」
貴族に対して、こんな質問はナンセンスだとは分かってはいるけど。
これは明らかに「浪費」の部類なわけで。
「メイドさんたちが繕ってくれたんですよ」
「いやいや、布とか糸とか、その材料費とかはどうしてるんだって話だよ」
「ざいりょうひ……?」
「……」
オレは唇を引き結んだ。
「……ユリア。昨日の夜、お前はオレに聞いたよな?
この屋敷の主人になったら、したいことはないかって」
「はい! 何か浮かびましたか!?」
ユリアが目を輝かせる。
オレは胸に去来する不安を握り潰すように拳を作ると、宣言した。
「帳簿管理だ!!」
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