人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

文字の大きさ
209 / 224
エピソード30

別れの詩(10)

しおりを挟む
* * *

 古城の奥の居住区画の一室で、
 オレはクッションを抱えてぼんやりしていた。

『何があってもここからでないように。
 分かったね、バン?』

 ハルからしつこく言い含められたが、
 その理由はオレが1番よく分かっている。

 オレが死んだら――オレの中の心臓が潰されたら、ユリアが死ぬ。
 オレたちの事情を分かっている1月が、
 誰を優先的に殺しに来るかなんて、分かりきっている。

 オレはクッションを握りしめる腕に力を込めた。

 今頃、ユリアたちは1月と戦っているだろう。
 事は計画通りに運ばれているんだろうか。

 胸に手を当てた。
 トクントクンといつも通りの鼓動が手のひらに伝わってきて、
 オレはホッと溜息をついた。

 ……何もせず、待つのは苦手だ。
 祈ることしか出来ないなんて、性に合わない。

「……無茶すんなよ、ユリア」

 愛する人がケガをしませんように。
 みんなが無事でありますように。
 1月を倒して、それから……

「……セシル」

 結局、アイツを助ける方法は見つけられなかった。
 ハルと話をする機会を持てたものの、
 何も答えてもらえず今日を迎えてしまった。

 夕方に会ったセシルは、いつも通りで、
 オレたちは別れらしい言葉を交わさなかった。

 全てを終えても、
 昨日までの日常が戻ってくるわけではないことを認めたくなかったからだ。

――そんなことを考えていた時だ。

「……っ」

 心臓の鼓動が速度を上げた。
 全身の毛穴がブワリと開いて、冷や汗が噴き出す。

 この感覚はよく知っていた。
 ユリアが大きなケガをした時の悪寒だ。

 よくない何かが起こっている。

 ……オレは奥歯を噛み締めた。
 出て行くわけにはいかない。
 出て行って、オレが殺されたら元も子もない。

――でも。

 もし、オレの血を吸わせる時間があったら?
 ここでこのままぶっ倒れるよりも、
 ずっといいんじゃないか?

 それに、辿りつく頃にはもう戦闘は終わっているかもしれない。
 ヴィンセントがケガをしているなら、
 オレなら応急処置くらいできるし……

 いや、何を考えているんだオレは。
 ダメに決まってるだろ。
 だが。
 しかし。

 心臓が痛む。
 キリキリと悲鳴を上げている。
 感じる……ユリアのケガが増えていく……

「………………ああ、くそっ!」

 結局、オレはクッションをソファに放ると立ち上がった。

 無責任な行動だ。オレのせいで事態は悪化するかもしれない。
 なのに、抗えない直感が告げているのだ。
 今すぐユリアの下へ行けと。

 やっぱり――待つのは性に合わない。

* * *

「どーしたの、青年。
 さっきまでの威勢は何処行っちゃったの?」

 セシルの身体を乗っ取った1月は、そう言ってケタケタと笑った。
 ちろりと小さな舌を出し、血に濡れた鋭い爪先を舐める。

「はぁ、はぁっ、くっ、ぅ……」

 1月からなんとか距離を取っている僕は、
 満身創痍の体たらくだった。

 血を流しすぎたせいで足元が覚束ない。
 このままではダメだと頭の中で警鐘が鳴っている。
 でも、僕にはセシルの身体を傷付けることが出来なかった。

『ユリアさん、僕たち友達になりましょう!』

 初めて彼に出会った時のことを、僕は今でも鮮やかに覚えている。
 セシルは初めて出来た友達なのだ。

「おいおい、防戦一方だぞ!」

 1月が地を蹴る。
 突き出された爪を僕は剣で受け止める。

「セシルの、中から……出て行って、ください……!」

 間髪入れずに繰り出される爪を、なんとか弾いた。
 しかし全てを防ぐことなんて出来ず、
 じりじりと追い詰められていく。

「それはもう断っただろー?
 バカのひとつ覚えみたいに、出てけ出てけってさ」

 僕の大切な友達の皮を被ったヤツは、
 似ても似つかない下卑た笑みを浮かべた。

 飛び退れば、血に足を取られてズルリと滑った。
 視界がズレて、床に倒れるヴィンセントさんの姿が視界の端に映る。

 まだ息があった。
 早く手当てをすれば助かるかもしれない。

 でも。ああ、僕はどうしたら……!

 頭の中は、「でも」と「どうしたら」でいっぱいだった。

 ヴィンセントさんを助けるには、セシルを斬らなくちゃいけない。
 しかし、僕にそれは出来ない。
 この期に及んで……何をしているんだろう。

「考え事なんて余裕だね?」

「ぐっ、ぁっ……!」

 一瞬、意識が逸れた隙を突いて、1月が懐に飛び込んできた。
 胸元に焼けるような痛みが走る。

 下から斜めに斬り上げられたのだ。
 肉を裂き、骨を断たれる不愉快な衝撃。
 僕はこみ上げてきた血塊を吐き出した。

「がはっ……」

 ガクリと膝から力が抜け、身体が後ろに倒れる。
 踏ん張りはきかず、背中を強かに打った。

 踏みつけられる。
 かと思えば、肩口を鋭く伸びた爪で刺し貫ぬかれた。

「……っ!」

「あはは。もう起き上がれない?
 ちょっと根性足りないんじゃないの」

 グリグリと貫く傷を広げるように、爪を動かされる。

「ああっ!」

「どうやって痛めつけてあげようか。
 とりあえず、滅多刺し?
 滅多刺しだね?」

 衝撃、それから死ぬほどの痛み。

「あっ、ぐっ、うぅっ……!」

 その後、自分の身に何が起きているのかは、よく分からなかった。
 何度も突き立てられる爪に身体が跳ねる。

「あは、あははっ……はぁ、いいよ、その苦悶に満ちた表情。
 もっと苦しんでよ。
 悲鳴あげて、ごろごろ転がってよ!」

「あっ……ぅああっ!」

「まだまだ。まだ、俺の怒りはこんなもんじゃないよ。
 さっきはよくも! よくもよくもよくも!!」

 意識が朦朧としてきた。
 頭の中に靄がかかったようで、何も考えられなくなる。

 ダメだ。
 このままじゃ、ダメだ……
 なのにもう……僕は1月を振り払う力もない。

 やがて……どれくらい経っただろうか。
 か細い呼吸を繰り返すだけになった頃、1月は僕の上から退いた。

「はぁ、はぁ、はは……。
 危ない、危ない……こんなことしてる暇なかった。
 君のこと持って帰るなら、
 ちゃんと心臓の方を潰してからの方が安心確実だし」

 踵を返す気配。
 僕は、咄嗟に力の籠もらない右手を伸ばす。

「行かせ、ません……」

 足首を掴んだ。
 血で濡れた指先がブーツの上を滑る。

「離せよ」

「嫌、だ」

「離せ」

「嫌だ……っ!!」

 手を蹴られた。
 続いて、思い切りブーツの厚底で踏みつけられる。

「あぐっ……!」

「俺もさ? 君とはもう少し遊んでいたいんだよ?
 でも、7月が来てからじゃ遅いし、
 君の身体には、どこの欠けもなくお着替えしたいんだよ」

 目がかすんで、もう、1月がどんな顔をしてこちらを見下ろしているのかも分からない。
 それどころか、ヤツの声すら不明瞭に聞こえた。

 踏みつけられた指先の痛みが、
 急速に遠ざかる。
 僕は必死で意識を手繰り寄せる。

 しっかりしろ。

 叔父さんが来てくれる可能性はゼロじゃない。
 少しでもコイツをここに留めなくちゃ。
 だから、しっかりしろ。

 しっかりしろよ。

 食いしばった歯の間から、吐息の代わりに血が溢れ出た。

「セシ、ル…………」

 友達の身体まで冒涜されて、
 なのに、僕はやり返すことすら出来ない。

 僕はちっとも強くなっていなかった。

「――そうそう。諦めて、大人しくしててよ。
 もう、おしまいなんだから」

 追い打ちをかけるように、
 そんな言葉が鼓膜を震わせる。

 潰れた指の上から、足が退けられた。

 身体が重い。
 もう、どこも動かせない。
 目の前が、じわじわと黒く塗り潰されていった。

 強くなりたかったんだ。
『大切な人が誰も傷つかない』ことを選び取れる強さが。

 僕の考えは甘かったのかな。
 そんな強さを得ることなんて……僕には、まだ無理だったんだ。
 
『――貴様の望む強さは、その程度か』

 不意に、不遜な声が頭の中に響く。
 それは良く知った、けれど少しだけ懐かしいような声。
 
『これでは、おちおち消えてもいられない』

 そんな言葉と共に、
 僕は落ちていくように、意識を失った。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?

藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。 なんで?どうして? そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。 片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。 勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。 お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。 少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。 (R4.11.3 全体に手を入れました) 【ちょこっとネタバレ】 番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。 BL大賞期間内に番外編も完結予定です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...