74 / 102
74話 好きと言ってほしい。
しおりを挟む
「レオン、あなたどうかしちゃったの? 正気とは思えない」
いつか起こるかもしれない(起こらないかもしれない)危機のために、今から策を回らす?
酔狂がすぎる。
(転地療養が必要なレベルじゃない?)
備えは大事だとはいうけれど、ちょっと突飛すぎやしないか。
何十年、何百年後がどのような世界になっているかなど、誰もわからないと言うのに。
(でも、何が起こってもきっと“カディス”は残るわ)
実際にこの五百年で何度も王朝が変わっても残ってきたではないか。
「言われなくてもわかってるよ。構えすぎだってね。でもね、フィリィ」
レオンは優しく私の手に指を絡ませる。
「この大陸でカディスの置かれた立場というものはとても危ういんだ。これまで戦乱に巻き込まれていないのはただ幸運だっただけだよ」
ここ数十年で産業技術が飛躍的に進歩し諸国の勢力バランスが崩れた昨今。
新興国が新しい産業で勢力を増し、大国が伸び悩む……そんな情勢に乗じて、蔑まれていた国々がこれまで望むことすら許されなかった領土拡大の夢を叶えつつあった。
その最中にあってカディスはあえて存在感を消すことで何とか生き延びているのだ。
「でもレオン。幸運も実力のうちというでしょう? カディスは祝福された国なのよ」
「祝福か……厄介な伝承だよね」
そんな不確かなものに頼るわけにはいかないんだとレオンは苦笑する。
「おかげで政府は慢心してしまっている。気づけば兵力は近隣諸国以下だ。いつ併合されてもおかしくない。僕はね、カディスの現王朝がどうなろうと構わない。けどね、大切なものが失われるのは避けたいんだよ」
「……そのために備えてるの?」
「うん。そのためだよ。僕にとっては何より優先される。カディスが滅んでもサグントが生き残るための術は作っておかねばならないんだ」
レオンは熱く語る。
(でも、国が滅んでも領は残るわ)
例え国が滅亡したとしても、土地と民は生き残る。レオンが手を打たなくても残るのだ。
サグントは滅びてしまうかもしれないが。
民が生きていけるのならばそれでいいではないか。
「国が無くなって他国に支配されても、サグント家だけは生き残るの? そんなのひどい。他の地域はどうなるの?」
「さぁね。領主がいるんだ。彼らが何とかするさ」
レオンは関心がないらしい。
ひどく冷めた表情だ。
「ね。そんな勝手は陛下がきっと許さないわ」
「陛下は老獪だからね。現段階では無理だろうね。次世代はわからないけれど。……フィリィ、僕はすぐにどうこうするとは言っていないよ。きみ、色々考えているようだけどマンティーノスのことに集中するべきじゃないか?」
「だって、レオンが不穏なこと言うから……」
言いたくもなるじゃないか。
婚約者が訳のわからないことを口走っているのかと思うと不安にもなる。
レオンは本当に申し訳なさそうに両肩を上げ、「ごめんね。でもきみが知りたがっていたからね。包み隠さず話したんだよ」とヘーゼルの瞳を曇らせた。
「レオンのその……計画、知っている人いるの?」
「信頼のおける部下達と親友が何人か、かな。あと僕の両親。それとフェリシア、きみだ」
どうやら信用してもらっているようだ。
でも何だかモヤモヤする。
下腹の奥から怒りのような悲しみのような……全てが混ざり合ったドロドロとした感情が湧き上がってくる。
「フェリシア・ルーゴはレオンに信頼してもらっているようで良かったわ。だってマンティーノスを支配下に治めるために娶る花嫁ですものね」
「は? フィリィ、そんな言い方は良くないよ?」
「そうでしょ? 間違っていないわ。だって政略結婚なんだもの。あなたは私がルーゴの私生児なのにヨレンテの相続人であるってわかったから婚約したのよ。来るべき未来の為に、マンティーノスを良いようにするために!」
(ちょっと? 私、何言ってるの??)
口走りながらも突っ込んでしまう。
これはダメだ。やってはいけないことだ。
わかっている。
なのに感情的になってしまう。
(レオンは何も間違っていないわ)
貴族のそれも高位貴族ともなれば、条件の揃った(と言うよりも条件しかない)結婚は当然だ。
それなのに納得がいかないと駄々をこねているのは私なのだ。
私がいいと言ってもらいたい。
それだけなのだ。
(幼稚だってわかってる……。でも)
どうやって心の安寧を見つければいいのかわからない。
エリアナもフェリシアも一人の女性として必要とされたことなどなかったのだから。
取り決めによって成された関係であるのに、それ以上を期待してしまった自分が悪い。
「ごめんなさい。取り乱しちゃった。頭では理解してると思ってたんだけど……」
レオンは小さく首を振る。
「いや。僕も悪かったんだよね。政略からの縁だったけれど、きみのことを女性として気に入ってしまったのにはっきりしなかったからね」
「え?」
「きみが好きなんだ。特別なんだよ、フェリシア」
いつか起こるかもしれない(起こらないかもしれない)危機のために、今から策を回らす?
酔狂がすぎる。
(転地療養が必要なレベルじゃない?)
備えは大事だとはいうけれど、ちょっと突飛すぎやしないか。
何十年、何百年後がどのような世界になっているかなど、誰もわからないと言うのに。
(でも、何が起こってもきっと“カディス”は残るわ)
実際にこの五百年で何度も王朝が変わっても残ってきたではないか。
「言われなくてもわかってるよ。構えすぎだってね。でもね、フィリィ」
レオンは優しく私の手に指を絡ませる。
「この大陸でカディスの置かれた立場というものはとても危ういんだ。これまで戦乱に巻き込まれていないのはただ幸運だっただけだよ」
ここ数十年で産業技術が飛躍的に進歩し諸国の勢力バランスが崩れた昨今。
新興国が新しい産業で勢力を増し、大国が伸び悩む……そんな情勢に乗じて、蔑まれていた国々がこれまで望むことすら許されなかった領土拡大の夢を叶えつつあった。
その最中にあってカディスはあえて存在感を消すことで何とか生き延びているのだ。
「でもレオン。幸運も実力のうちというでしょう? カディスは祝福された国なのよ」
「祝福か……厄介な伝承だよね」
そんな不確かなものに頼るわけにはいかないんだとレオンは苦笑する。
「おかげで政府は慢心してしまっている。気づけば兵力は近隣諸国以下だ。いつ併合されてもおかしくない。僕はね、カディスの現王朝がどうなろうと構わない。けどね、大切なものが失われるのは避けたいんだよ」
「……そのために備えてるの?」
「うん。そのためだよ。僕にとっては何より優先される。カディスが滅んでもサグントが生き残るための術は作っておかねばならないんだ」
レオンは熱く語る。
(でも、国が滅んでも領は残るわ)
例え国が滅亡したとしても、土地と民は生き残る。レオンが手を打たなくても残るのだ。
サグントは滅びてしまうかもしれないが。
民が生きていけるのならばそれでいいではないか。
「国が無くなって他国に支配されても、サグント家だけは生き残るの? そんなのひどい。他の地域はどうなるの?」
「さぁね。領主がいるんだ。彼らが何とかするさ」
レオンは関心がないらしい。
ひどく冷めた表情だ。
「ね。そんな勝手は陛下がきっと許さないわ」
「陛下は老獪だからね。現段階では無理だろうね。次世代はわからないけれど。……フィリィ、僕はすぐにどうこうするとは言っていないよ。きみ、色々考えているようだけどマンティーノスのことに集中するべきじゃないか?」
「だって、レオンが不穏なこと言うから……」
言いたくもなるじゃないか。
婚約者が訳のわからないことを口走っているのかと思うと不安にもなる。
レオンは本当に申し訳なさそうに両肩を上げ、「ごめんね。でもきみが知りたがっていたからね。包み隠さず話したんだよ」とヘーゼルの瞳を曇らせた。
「レオンのその……計画、知っている人いるの?」
「信頼のおける部下達と親友が何人か、かな。あと僕の両親。それとフェリシア、きみだ」
どうやら信用してもらっているようだ。
でも何だかモヤモヤする。
下腹の奥から怒りのような悲しみのような……全てが混ざり合ったドロドロとした感情が湧き上がってくる。
「フェリシア・ルーゴはレオンに信頼してもらっているようで良かったわ。だってマンティーノスを支配下に治めるために娶る花嫁ですものね」
「は? フィリィ、そんな言い方は良くないよ?」
「そうでしょ? 間違っていないわ。だって政略結婚なんだもの。あなたは私がルーゴの私生児なのにヨレンテの相続人であるってわかったから婚約したのよ。来るべき未来の為に、マンティーノスを良いようにするために!」
(ちょっと? 私、何言ってるの??)
口走りながらも突っ込んでしまう。
これはダメだ。やってはいけないことだ。
わかっている。
なのに感情的になってしまう。
(レオンは何も間違っていないわ)
貴族のそれも高位貴族ともなれば、条件の揃った(と言うよりも条件しかない)結婚は当然だ。
それなのに納得がいかないと駄々をこねているのは私なのだ。
私がいいと言ってもらいたい。
それだけなのだ。
(幼稚だってわかってる……。でも)
どうやって心の安寧を見つければいいのかわからない。
エリアナもフェリシアも一人の女性として必要とされたことなどなかったのだから。
取り決めによって成された関係であるのに、それ以上を期待してしまった自分が悪い。
「ごめんなさい。取り乱しちゃった。頭では理解してると思ってたんだけど……」
レオンは小さく首を振る。
「いや。僕も悪かったんだよね。政略からの縁だったけれど、きみのことを女性として気に入ってしまったのにはっきりしなかったからね」
「え?」
「きみが好きなんだ。特別なんだよ、フェリシア」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
短編集
天冨 七緒
恋愛
異世界の
ざまぁ
逆転劇
ヒロイン潰し
婚約解消後の男共
などの短編集。
一作品、十万文字に満たない話。
一話完結から中編まであります。
長編で読んでみたい作品などありましたら、コメント欄で教えて頂きたいです。
よろしくお願いします。
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる