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閑話 レオンの謀は巡る。
81話 抑えておこう。この想いは。
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目の前にいる女性がフェリシアでないのならば何だというのか?
皆目分からない。
(見た目はフェリシアだが、こいつはフェリシアじゃない。別の誰かだということは間違いない)
しかし。
この状況をどう理解したらいいのだろう。
事故のせいで人間の人格だけが変わるだなんて都合よく起こるものなのか。
(神の技ではないか)
こんな奇跡が身近で顕われるとは。
「聞こえたでしょう!」
フェリシアが声を荒げる。
ますます強く感じる。
やはり別人か。
以前のフェシリアならばどんな時でもビカリオ夫人にだけは真心を以て対応していた。
夫人はフェリシアの乳母であり唯一の身方で家族だったからだ。
(俺など比べ物にならないくらいに信頼をよせていたのに)
フェリシアらしくない言動だ。
ビカリオ夫人は俺以上にショックを受けていた。
乳母日傘で育てたフェリシアの仕打ちにビカリオ夫人は色を失くし肩を震わせている。
当然だ。
我が子の如くに慈しんだ娘に冷たくされればどれだけの心痛を受けるだろう。
さすがにこれは見逃せない。
「フェリシア。そんな風に言ってはならない。ビカリオ夫人はきみを心から思ってくれているこの家で唯一の人じゃないか。どんな時でも大事にしなければならないよ」
フェリシアは自分の名を呼ばれたというのしっくりこないようだ。
他人事のような表情でこちらを見つめる。
「フェリシア」
もう一度呼びかける。
フェリシアは小さく首を傾げ、
「フェリ、シアって?」
俺はフェリシアの手を握った。
柔らかで小さい。女性の手だ。
事故をきっかけに何かが変わってしまった。だがこの柔らかさは以前と同じだ。
(俺の婚約者だ)
時間はある。
少しずつ戻して行けばいい。
フェリシアが目覚めてから一か月。
俺は王都にも領にも戻らずにフェリシアと過ごした。
フェリシアは人格とともに記憶をも無くしていた。
自らの名もこれまでの人生も全て忘れてしまったかのようだった。
いや。
忘却したというよりも最初からフェリシアという存在など無かったかのように振る舞っていた。
何一つ覚えていないのにカディス貴族の常識を身に付けているのは不可思議なことだが……。
(事故前のフェリシアとはまるで違う)
覚醒後のフェリシアはきちんと躾をうけた貴族令嬢の如く一挙手一投足、言葉の端々にまでも優雅で教養を感じさせるようになったのだ。
食事の時に古典戯曲の話を振れば見事な答えを寄越し、現在の王権に関して訊けば差し障りがない言葉を選び話題を変えてみせまでもした。
しかも全く場の雰囲気を壊すこともなく!
(こんな高等な社交のテクニックなんてフェリシアが持っているはずがない)
勉強嫌いのフェリシアには不可能だ。
不信感は募るばかり。
だが、そんなフェリシアに急激に惹かれ始めた俺もいた。
(自分自身が情けないな)
深いため息をつく。
元々フェリシアの黒髪と碧眼はかなり好みな容姿だ。
ルーゴ伯爵家とは違う生い立ちから発せられる陰な雰囲気も嫌いでは無かった。
ただ知性と向上心に欠けているという大きな欠点によりフェリシアを駒以上に認識できなかっただけなのだ。
それが取り除かれてしまったら?
(色恋に囚われてしまう)
このままでは大望を失ってしまう事になるだろう。俺に感情は必要ない。
フェリシアは道具に過ぎないのだ。
(抑えるんだ)
出来うる限りの努力で。
いつかその時まで心の底に沈めておこう。
きみが許してくれるまで。
皆目分からない。
(見た目はフェリシアだが、こいつはフェリシアじゃない。別の誰かだということは間違いない)
しかし。
この状況をどう理解したらいいのだろう。
事故のせいで人間の人格だけが変わるだなんて都合よく起こるものなのか。
(神の技ではないか)
こんな奇跡が身近で顕われるとは。
「聞こえたでしょう!」
フェリシアが声を荒げる。
ますます強く感じる。
やはり別人か。
以前のフェシリアならばどんな時でもビカリオ夫人にだけは真心を以て対応していた。
夫人はフェリシアの乳母であり唯一の身方で家族だったからだ。
(俺など比べ物にならないくらいに信頼をよせていたのに)
フェリシアらしくない言動だ。
ビカリオ夫人は俺以上にショックを受けていた。
乳母日傘で育てたフェリシアの仕打ちにビカリオ夫人は色を失くし肩を震わせている。
当然だ。
我が子の如くに慈しんだ娘に冷たくされればどれだけの心痛を受けるだろう。
さすがにこれは見逃せない。
「フェリシア。そんな風に言ってはならない。ビカリオ夫人はきみを心から思ってくれているこの家で唯一の人じゃないか。どんな時でも大事にしなければならないよ」
フェリシアは自分の名を呼ばれたというのしっくりこないようだ。
他人事のような表情でこちらを見つめる。
「フェリシア」
もう一度呼びかける。
フェリシアは小さく首を傾げ、
「フェリ、シアって?」
俺はフェリシアの手を握った。
柔らかで小さい。女性の手だ。
事故をきっかけに何かが変わってしまった。だがこの柔らかさは以前と同じだ。
(俺の婚約者だ)
時間はある。
少しずつ戻して行けばいい。
フェリシアが目覚めてから一か月。
俺は王都にも領にも戻らずにフェリシアと過ごした。
フェリシアは人格とともに記憶をも無くしていた。
自らの名もこれまでの人生も全て忘れてしまったかのようだった。
いや。
忘却したというよりも最初からフェリシアという存在など無かったかのように振る舞っていた。
何一つ覚えていないのにカディス貴族の常識を身に付けているのは不可思議なことだが……。
(事故前のフェリシアとはまるで違う)
覚醒後のフェリシアはきちんと躾をうけた貴族令嬢の如く一挙手一投足、言葉の端々にまでも優雅で教養を感じさせるようになったのだ。
食事の時に古典戯曲の話を振れば見事な答えを寄越し、現在の王権に関して訊けば差し障りがない言葉を選び話題を変えてみせまでもした。
しかも全く場の雰囲気を壊すこともなく!
(こんな高等な社交のテクニックなんてフェリシアが持っているはずがない)
勉強嫌いのフェリシアには不可能だ。
不信感は募るばかり。
だが、そんなフェリシアに急激に惹かれ始めた俺もいた。
(自分自身が情けないな)
深いため息をつく。
元々フェリシアの黒髪と碧眼はかなり好みな容姿だ。
ルーゴ伯爵家とは違う生い立ちから発せられる陰な雰囲気も嫌いでは無かった。
ただ知性と向上心に欠けているという大きな欠点によりフェリシアを駒以上に認識できなかっただけなのだ。
それが取り除かれてしまったら?
(色恋に囚われてしまう)
このままでは大望を失ってしまう事になるだろう。俺に感情は必要ない。
フェリシアは道具に過ぎないのだ。
(抑えるんだ)
出来うる限りの努力で。
いつかその時まで心の底に沈めておこう。
きみが許してくれるまで。
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