80 / 102
閑話 レオンの謀は巡る。
80話 お前は誰だ?
しおりを挟む
事故後すぐに王都から呼び寄せた医師によれば『フェリシアの外傷は頭の傷だけであり意識が戻らない理由は分からない』のだという。
「一時間後に目覚めるかもしれませんし、三年後かもしれません。もしかしたら明日には無くなってしまう可能性もあります。今の医術ではそれを予測する術はございません」
どうにもできない。
全ては神の思し召しのままにということらしい。
何とも不確かで非科学的だ。
腹ただしいが仕方がない。
それから無力感を抱いたままに七日が過ぎただろうか。
息苦しいほどの絶望に包まれたある日の午後のことだ。
今日も変わらぬままに過ぎるのだろうと思われたその日。
フェリシアが目覚めた。
「子爵様!!」
離れの一間(ここはルーゴ伯爵家から俺の控室として当てがわれたのだ)にビカリオ夫人が血相を変えて飛び込んできた。
「ビカリオ夫人?? 一体どうした?」
俺は書き物をしていた手を止める。
「フェリシア様が……! お嬢様が!! 子爵、お…お嬢様がっ」
ビカリオ夫人は慌てふためき全く要領を得ない様子だ。
「頼むから落ち着いてくれ」
と俺は夫人を椅子に座らせた。
フェリシアの乳母は背中を丸め両手で顔を覆う。ひどく動揺しているようだ。
「夫人、何があった?」
「は……はい」
ビカリオ夫人は深呼吸し、
「清拭の支度をして部屋へ戻りましたら……お嬢様の頭の向きが変わっていたのです。お嬢様がお目覚めになられたのかもしれません。奇跡です。あぁ奇跡ですよ!」
(この十日間、ピクリともしなかったフェリシアが……?)
意識を取り戻したのか。
これは希望が見えてきたのではないか?
確認せねばならない。
自身の目で。
俺と夫人はフェリシアの寝室へ急いだ。
フェリシアは静かに寝台の上に横たわっていた。
痩せた頬には相変わらず色はなく目は閉じられたままだ。だが、真っ直ぐに上を向いていた顔と体の位置が明らかに変わっている。
「フェリシア」
俺は声をかける。
フェリシアの乾いた唇が微かに震える。
(これは……!)
覚醒も近いのか?
「あぁ! 神よ! 感謝いたします!!」
感極まったビカリオ夫人が絶叫する。
「夫人??!!」
何て大袈裟な仕草なんだ。思わず苦笑する。
だがビカリオ夫人は誰からも顧みられないフェリシアのことを手塩にかけて親代わりに育ててきたのだ。
フェリシアは我が子と変わらない。
子が生きていたのだ。
さぞ嬉しかろう。
「う……」
ビカリオ夫人の声に反応したのかフェシリアは小さな呻き声をあげゆっくりと瞼を開けた。
大きく開いた瞳孔は焦点が定まらないままに静かに天井を見つめている。
「フェリシア」
もう一度、呼びかける。
フェリシアの瞳にゆっくりと生命力が宿っていく。
戻ってきた。
生還したのだ。
「お嬢様がお目覚めになられるなんて。本当に、本当にようございました」とビカリオ夫人は嬉し涙にくれ床に崩れ落ちた。
「……お願い。静かにして。声が頭に響くの」
若い女性のものとは思えないほどに掠れた、そして冷たい声……。
さらに高圧的で威圧感に満ちているではないか。
(なんだ?)
この違和感。
フェリシアは何事にもおどおどとしていた。そもそも生きていることに自信が持てずに人の顔色を伺う癖がある娘だ。
こんな風に人を見下した態度は取らない。
頭を打つと性格が変わる者もいると聞くが……。
(もしかしてフェリシアも事故で人格が変わってしまったのか?)
断定はしてはいけない。
まだ分からないのだ。
ビカリオ夫人はただ喜ばしいらしい。さらに号泣する。
「あぁぁ! お嬢様! 本当にご無事でよろしゅうございました。神はお嬢様をお見捨てにはならなかった。神に感謝いたします」
大袈裟、ではある。
だがここが善良なビカリオ夫人の良いところだ。
知ってか知らずかフェシリアは大きく息をつき、
「あなた、下がってくれる? 静かに過ごしたいの」
「お……お嬢様??!!」
その一言で俺は確信した。
これはフェリシアではない。
誰なんだ?
「一時間後に目覚めるかもしれませんし、三年後かもしれません。もしかしたら明日には無くなってしまう可能性もあります。今の医術ではそれを予測する術はございません」
どうにもできない。
全ては神の思し召しのままにということらしい。
何とも不確かで非科学的だ。
腹ただしいが仕方がない。
それから無力感を抱いたままに七日が過ぎただろうか。
息苦しいほどの絶望に包まれたある日の午後のことだ。
今日も変わらぬままに過ぎるのだろうと思われたその日。
フェリシアが目覚めた。
「子爵様!!」
離れの一間(ここはルーゴ伯爵家から俺の控室として当てがわれたのだ)にビカリオ夫人が血相を変えて飛び込んできた。
「ビカリオ夫人?? 一体どうした?」
俺は書き物をしていた手を止める。
「フェリシア様が……! お嬢様が!! 子爵、お…お嬢様がっ」
ビカリオ夫人は慌てふためき全く要領を得ない様子だ。
「頼むから落ち着いてくれ」
と俺は夫人を椅子に座らせた。
フェリシアの乳母は背中を丸め両手で顔を覆う。ひどく動揺しているようだ。
「夫人、何があった?」
「は……はい」
ビカリオ夫人は深呼吸し、
「清拭の支度をして部屋へ戻りましたら……お嬢様の頭の向きが変わっていたのです。お嬢様がお目覚めになられたのかもしれません。奇跡です。あぁ奇跡ですよ!」
(この十日間、ピクリともしなかったフェリシアが……?)
意識を取り戻したのか。
これは希望が見えてきたのではないか?
確認せねばならない。
自身の目で。
俺と夫人はフェリシアの寝室へ急いだ。
フェリシアは静かに寝台の上に横たわっていた。
痩せた頬には相変わらず色はなく目は閉じられたままだ。だが、真っ直ぐに上を向いていた顔と体の位置が明らかに変わっている。
「フェリシア」
俺は声をかける。
フェリシアの乾いた唇が微かに震える。
(これは……!)
覚醒も近いのか?
「あぁ! 神よ! 感謝いたします!!」
感極まったビカリオ夫人が絶叫する。
「夫人??!!」
何て大袈裟な仕草なんだ。思わず苦笑する。
だがビカリオ夫人は誰からも顧みられないフェリシアのことを手塩にかけて親代わりに育ててきたのだ。
フェリシアは我が子と変わらない。
子が生きていたのだ。
さぞ嬉しかろう。
「う……」
ビカリオ夫人の声に反応したのかフェシリアは小さな呻き声をあげゆっくりと瞼を開けた。
大きく開いた瞳孔は焦点が定まらないままに静かに天井を見つめている。
「フェリシア」
もう一度、呼びかける。
フェリシアの瞳にゆっくりと生命力が宿っていく。
戻ってきた。
生還したのだ。
「お嬢様がお目覚めになられるなんて。本当に、本当にようございました」とビカリオ夫人は嬉し涙にくれ床に崩れ落ちた。
「……お願い。静かにして。声が頭に響くの」
若い女性のものとは思えないほどに掠れた、そして冷たい声……。
さらに高圧的で威圧感に満ちているではないか。
(なんだ?)
この違和感。
フェリシアは何事にもおどおどとしていた。そもそも生きていることに自信が持てずに人の顔色を伺う癖がある娘だ。
こんな風に人を見下した態度は取らない。
頭を打つと性格が変わる者もいると聞くが……。
(もしかしてフェリシアも事故で人格が変わってしまったのか?)
断定はしてはいけない。
まだ分からないのだ。
ビカリオ夫人はただ喜ばしいらしい。さらに号泣する。
「あぁぁ! お嬢様! 本当にご無事でよろしゅうございました。神はお嬢様をお見捨てにはならなかった。神に感謝いたします」
大袈裟、ではある。
だがここが善良なビカリオ夫人の良いところだ。
知ってか知らずかフェシリアは大きく息をつき、
「あなた、下がってくれる? 静かに過ごしたいの」
「お……お嬢様??!!」
その一言で俺は確信した。
これはフェリシアではない。
誰なんだ?
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる