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10.「文化祭(2)」

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アイビン兄弟が実行委員会の事務室に戻ると、山のような資料やファイルに囲まれた実行委員会メンバーが鬼気迫る表情で働いていた。


文化祭まで残り3週間。
この1年かけて準備してきた集大成がすぐそこまで迫ってきている。


図らずして国内外の注目を浴びてしまうこの文化祭イベントは、失敗は許されない。

完璧なまでの運営と成功が求められる。
かくして実行委員会に膨大な作業量と肉体的・精神的負担を課すことになってしまったのだが……。


張り詰めた緊張感はそこに居るだけでも胃が痛くなりそうである。


わぁ、納期直前2徹中のプログラマー位殺気立ってるわ……。


エマは軽いデジャブ感に襲われた。

中堅IT企業の営業職だった前世ゆうな
納期直前に急に取引先からの仕様変更の要望があったりすると、死相が出ている製作課に伝えるのも気が重かったものだ。


高校生にここまでやらすってのも、すごいよね。
どんだけ即戦力作ろうとしてるんだか。


この異世界はある意味、日本よりも厳しいところなのかもしれない。


時々怒号が飛び交う中、イビスとエマは事務所の最奥まで進んだ。


そこは生徒会と委員会兼任のテオフィルスのためのスペースである。
他のメンバーより遥かに多い案件を処理するために設えられたらしい。


スペースの主は、崩れ落ちそうになるほど積まれたファイルを横に、淡々と処理をしていた。


絶え間なくキーボードを叩いているが、処理能力よりも追加される案件の量の方が上回るらしい。
書類の山はなかなか減った様子はみられなかった。


「ねぇ、ソーンくん」


イビスはエマから奪い取った荷物を作業中のテオフィルスの眼前に置いた。


「うちの妹のこと良い様に使うのやめてもらえる? 自分の所有物かなんかと思ってない?」


口から出る言葉の辛らつさのわりに、その口調は軽い。
軽く微笑んでいるところをみると、幼馴染に本気で怒ってはいないのだろう。
 

プレッシャーのなか取り仕切る実行委員会メンバーには優先的に進めねばならない事案がある。
些事に構っていては最重要な運営が滞ってしまうが、どうしても細々とした雑務がたまっていってしまう。


無論、外部の業者を雇って運営してはいる(これも教育の一環と位置づけられている)。
が、それでも雑務を行う人手は慢性的に不足していた。


実際のところ委員会メンバーからすれば、エマのように雑用を担ってくれる存在はありがたかった。

委員会に名を連ねるイビスも本音のところではエマが望むのであれば構わないと考えてはいたのだが……。


最近、テオフィルスがエマに対して急に距離を詰めて来ている感じが気に入らない。


「……ねぇテオ。あからさまだよね? と何度か話したよね?」

「元よりイビスのものでもないだろ?」
 

テオフィルスは相手をする時間も惜しいのか、イビスを一瞥もせず一心に手元の書類の文字を追ったまま応えた。


「ああ、そうだ。アイビン先輩。ここのステージの担当でしたよね? 若干ですがステージ設営スケジュールに不備がありますよ。明日、業者が来るので再度打ち合わせをお願いしますね」

「はぁ?! それ完璧にあげてたはずなんだけどっ」


大量の書類束をイビスに押し付け、テオフィルスはしれっと言った。


「……俺ね、重箱の隅をつつくのは得意だよ。イビスなら知ってると思うけど」


いい笑顔だ。
嫌がらせをするときのテオフィルスは最高にいい顔するヤツだよな、とイビスは思い出した。


「エマ。戻ってきたばっかりで申し訳ないんだけど、職員棟に間違って荷物が届いたらしい。とってきてくれないかな? あ、ついでにこの資料を職員棟3階の倉庫に戻しておいてもらってもいい?」

「ちょ、テオ、話し聞いてた? エマに無理させないでくれる? 一応女子なんだからさ」


イビスの抗議も華麗にスルーする。
テオフィルスは机の上の段ボールを抱えると、


「ちょっと重いけど。いける?」

「あ~余裕かも」


エマはからりと笑った。


「私に出来ることは手伝うよ。デスクワークは難しいけど、力仕事は得意だし!」


果たして正式に雑用係を任命されたエマは、文化祭までの期間、獅子奮迅の働きをみせるのである。

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