長瀬萬請負 其の二 〜祈れる乙女達〜

岡倉弘毅

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暴力 ニ

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 百合子の顔色が悪いのは、育夫のせいばかりではあるまい。いかなる理由があろうとも、暴力的な態度をとった隼人が怖くないわけがない。

 そう理解して、隼人は努めて穏やかな態度でソファに腰かけた。

「頂いても?」

 シュー・ア・ラ・クレームを手で示し、笑いかける。百合子は今にも泣きだしそうな表情ながら、はっきりと頷いた。

「美味しそうだ」

 もう一度笑いかけると、シュー・ア・ラ・クレームを手に取り、大きく一口齧り付いた。柑橘系のさわやかな香りが広がる。

「素敵な香りがしますね。これは、檸檬?」

「は……はい。お酒を入れようと思いましたけれど、お車でいらっしゃると伺いましたので」

「ありがとう。そんなことまで気遣ってくれるなんて」

 百合子は怯えた表情のまま、隼人の隣に座った。

「紅茶も貴女が?」

「はい」

 一口啜ると、馥郁ふくいくたる香りに溜息が出た。

「良い香りだ。

 百合子さんはとても、女らしいのですね。シュー・ア・ラ・クレームもとても美味しい」

 自分の分を平らげると、育夫の分まで取り上げる。百合子はそんな様子に小さく笑うと、自分も食べ始めた。

「美味しい」

 呟くと百合子は、隼人に顔を向けて笑った。

「とても楽しかったのです。家族の為ではなく、長瀬さんに食べて頂く為にお菓子を作るのは。私には叶わぬ夢だと思っておりましたの。殿方のためにお菓子を作るなんて。

 私には……」

 百合子は大きな目に、涙を溜めていた。

「百合子さん、貴女はこんな所にいてはいけない。

 うちに来ませんか?」

 涙が頬を伝った。

「俺の婚約者として。

 女学校を出るまでは、実家に居ればいい。母も喜ぶだろうし」

「でも……」

 百合子の不安はわからないでもない。隼人とはまだ、二度しか会っていないのだから。

 しかし、隼人の両親は平民ながらも社交界に出入りしており、面倒見の良い母正子は、誰からも慕われている。この家で、非常識な義兄の仕事のための道具として生きているよりは、ずっと、良い選択だと思われた。

「心配しなくてもいい、俺は君に触れたりはしないから」

 傷ついた少女への配慮のための言葉だった。

 百合子にとって、一番心配なのは、男の欲望であろう。隼人はその不安を取り除きたい一心で、優しく言った。

 途端に、空気が変わったのが分かった。百合子の顔から、表情が失われた。

「ありがとうございます。でも私、姉を見捨てることはできませんの。

 長瀬様のお気持ちはありがたいのですが、これは私の問題です。どうか、お忘れくださいませ」

 もう、百合子の頬を涙は流れていなかった。
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