長瀬萬請負 其の一 〜紅い髪の探偵〜

岡倉弘毅

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不義 三

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 「何故、夫を裏切ろうなどと思うのでしょうね」

 ひどく沈んだ声だった。

 優しかった父と母。家庭を壊した、父かもしれぬ男。その男も優しかったのなら、子供心に誰を慕い、誰を憎むべきなのか、考えても答えは簡単には出まい。

「不義こそが、本当の愛だと思うのでしょうか。それとも、遊びなのでしょうか。

 遊びだと言うのなら、僕は理解できると思います。でも、本当の愛なのだと言われたなら」

 有朋は頭を抱えると、がたがたと震え始めた。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

「僕は、とんでもないことをしてしまったのかもしれません。彬子さんに」

「夫人がどうしたって?

 まさか、君」

「違います。信じて下さい。僕は決して、不義の罪など犯したりはしません。

 でも彼女は、僕を愛していると言うのです。どんなに僕が拒んでも、彼女は諦めようとしない。だから、つい」

 顔を上げた有朋は、一筋涙を流した。

「貴女が独り身ならば、気持ちを受け入れられたのに。と、言ってしまったのです」

「本気の言葉だったのか?」

「いいえ。僕は彼女に対して特別な感情など持っていません。諦めさせる為に言ったまでです。社長と離縁できないと知っていましたから」

 有朋はまた、頭を抱えた。

「義礼氏を襲ったのは、夫人だと考えているの?」

 有朋は肯定も否定もしなかった。

「俺は、夫人は無関係だと思っている。もし、夫人が手を下したのなら、大した役者だとは思わないか? ちっともうろたえていなかった」

 涙に濡れた目を、隼人に向けた。

「女は役者ですよ」

「もしも夫人が犯人だったら。と、君は後悔しているのか? 高林さんを両親の仇だと思っているのではないの?」

「社長も優しいのですよ。

 まるで、父親のように」

「複雑だね。

 今日分かった事は、暫くは黙っておこう。義礼氏が本調子になるまでは、刺激を与えない方が良いだろう。

 夫人に関しては、それとなく探ってみるから、あまり自分を責めるな」

 硝子窓の向こうに、紅い月が見えた。禍々しさを感じさせる色。血の色にも、炎の色にも見える。美しいが故に、恐ろしかった。

「帰ろうか」

 半分ほど残った珈琲を見捨てて、二人はカフェーを出た。
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