長瀬萬請負 其の一 〜紅い髪の探偵〜

岡倉弘毅

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覚悟

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 十分ほど歩いた頃、勇一郎の怒鳴り声が聞こえた。押し黙っていた圭が、無言のままに振り向く。

「今、警察が高林に向かった」

「山科はどうなった?」

「一網打尽だ。

 女中は庇っておいたから、安心しろ。不本意でも手を貸した以上は、罪を一切負わぬ訳にはいかないが、進んで証言すれば、ある程度の温情は得られるだろう。

 圭ちゃん、頼みがあるんだ」

「新聞の記事ですね」

「あぁ、今なら明日に間に合う。圭ちゃんが傷付いてるだろうってことは、見当付くんだけど」

「書いて下さい」

 圭の声は、上擦っていた。感情が昂ぶっているのだろうし、涙を堪えてもいるのだろう。

「この事件を、最も詳しく知る記者は、中里さんですから、どうか、書いて下さい」

 言葉の終わらぬ内に、勇一郎は圭の頭を、手の平で乱暴に撫で回した。腰のある艷やかな髪が、暴れるだけ暴れて、しかし、すぐに元通りに整った。

 映子が妬んだ若さ、美しさが、こんなに細い繊維一本一本にも表れていた。

「書き上げたら、すぐに帰るからな」

 圭が頷くのを見届けてか勇一郎は駆け出した。草履なのによくぞ、あれだけ速く走れるものだと、感心させられる。

 勇一郎を見送るとまた、圭はとぼとぼと歩き始めた。いつもの姿勢の良さはどこへやら、夢遊病者を思わせる力の無さは、衝撃の大きさを物語っていた。

 夕焼けが近付いている。一秒一秒、時が闇に侵されていく。一番星は空で輝き、夕陽は山の端に沈みながら、空を紫色に染めていた。

 言葉を交わさずに歩き続け、あと僅かで家に辿り着くその時、圭は突然立ち止まった。圭の視線の先には、コスモスが五輪、揺れていた。



 家に入り、圭を食卓の前に座らせ、薬箱を用意したまでは良かったのではあるが、あいにく消毒液が無い。

 隼人は怪我をしても、よほどのことが無ければ、傷口を舐めて終わりなのでなんとも思っていなかったが、包帯一巻と傷薬一ビン、胃の薬一箱では寂しいやら、心許ないやら。

 明日にでも調達してこよう。と反省しつつ、臨時の消毒液を求めて、台所へ向かう。到底清潔とは言えないカミソリで切られたのだから、消毒は不可欠である。

 一月前、父親から貰ったロシアの酒、ウォッカがあった。無色透明で、澄んだ水のように見えるが、酒精アルコール度数六〇の、かなり強い酒だから、消毒も可能。お猪口に注ぐと、零さぬように、食卓まで運ぶ。
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