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覚悟
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十分ほど歩いた頃、勇一郎の怒鳴り声が聞こえた。押し黙っていた圭が、無言のままに振り向く。
「今、警察が高林に向かった」
「山科はどうなった?」
「一網打尽だ。
女中は庇っておいたから、安心しろ。不本意でも手を貸した以上は、罪を一切負わぬ訳にはいかないが、進んで証言すれば、ある程度の温情は得られるだろう。
圭ちゃん、頼みがあるんだ」
「新聞の記事ですね」
「あぁ、今なら明日に間に合う。圭ちゃんが傷付いてるだろうってことは、見当付くんだけど」
「書いて下さい」
圭の声は、上擦っていた。感情が昂ぶっているのだろうし、涙を堪えてもいるのだろう。
「この事件を、最も詳しく知る記者は、中里さんですから、どうか、書いて下さい」
言葉の終わらぬ内に、勇一郎は圭の頭を、手の平で乱暴に撫で回した。腰のある艷やかな髪が、暴れるだけ暴れて、しかし、すぐに元通りに整った。
映子が妬んだ若さ、美しさが、こんなに細い繊維一本一本にも表れていた。
「書き上げたら、すぐに帰るからな」
圭が頷くのを見届けてか勇一郎は駆け出した。草履なのによくぞ、あれだけ速く走れるものだと、感心させられる。
勇一郎を見送るとまた、圭はとぼとぼと歩き始めた。いつもの姿勢の良さはどこへやら、夢遊病者を思わせる力の無さは、衝撃の大きさを物語っていた。
夕焼けが近付いている。一秒一秒、時が闇に侵されていく。一番星は空で輝き、夕陽は山の端に沈みながら、空を紫色に染めていた。
言葉を交わさずに歩き続け、あと僅かで家に辿り着くその時、圭は突然立ち止まった。圭の視線の先には、コスモスが五輪、揺れていた。
家に入り、圭を食卓の前に座らせ、薬箱を用意したまでは良かったのではあるが、あいにく消毒液が無い。
隼人は怪我をしても、よほどのことが無ければ、傷口を舐めて終わりなのでなんとも思っていなかったが、包帯一巻と傷薬一ビン、胃の薬一箱では寂しいやら、心許ないやら。
明日にでも調達してこよう。と反省しつつ、臨時の消毒液を求めて、台所へ向かう。到底清潔とは言えないカミソリで切られたのだから、消毒は不可欠である。
一月前、父親から貰ったロシアの酒、ウォッカがあった。無色透明で、澄んだ水のように見えるが、酒精度数六〇の、かなり強い酒だから、消毒も可能。お猪口に注ぐと、零さぬように、食卓まで運ぶ。
「今、警察が高林に向かった」
「山科はどうなった?」
「一網打尽だ。
女中は庇っておいたから、安心しろ。不本意でも手を貸した以上は、罪を一切負わぬ訳にはいかないが、進んで証言すれば、ある程度の温情は得られるだろう。
圭ちゃん、頼みがあるんだ」
「新聞の記事ですね」
「あぁ、今なら明日に間に合う。圭ちゃんが傷付いてるだろうってことは、見当付くんだけど」
「書いて下さい」
圭の声は、上擦っていた。感情が昂ぶっているのだろうし、涙を堪えてもいるのだろう。
「この事件を、最も詳しく知る記者は、中里さんですから、どうか、書いて下さい」
言葉の終わらぬ内に、勇一郎は圭の頭を、手の平で乱暴に撫で回した。腰のある艷やかな髪が、暴れるだけ暴れて、しかし、すぐに元通りに整った。
映子が妬んだ若さ、美しさが、こんなに細い繊維一本一本にも表れていた。
「書き上げたら、すぐに帰るからな」
圭が頷くのを見届けてか勇一郎は駆け出した。草履なのによくぞ、あれだけ速く走れるものだと、感心させられる。
勇一郎を見送るとまた、圭はとぼとぼと歩き始めた。いつもの姿勢の良さはどこへやら、夢遊病者を思わせる力の無さは、衝撃の大きさを物語っていた。
夕焼けが近付いている。一秒一秒、時が闇に侵されていく。一番星は空で輝き、夕陽は山の端に沈みながら、空を紫色に染めていた。
言葉を交わさずに歩き続け、あと僅かで家に辿り着くその時、圭は突然立ち止まった。圭の視線の先には、コスモスが五輪、揺れていた。
家に入り、圭を食卓の前に座らせ、薬箱を用意したまでは良かったのではあるが、あいにく消毒液が無い。
隼人は怪我をしても、よほどのことが無ければ、傷口を舐めて終わりなのでなんとも思っていなかったが、包帯一巻と傷薬一ビン、胃の薬一箱では寂しいやら、心許ないやら。
明日にでも調達してこよう。と反省しつつ、臨時の消毒液を求めて、台所へ向かう。到底清潔とは言えないカミソリで切られたのだから、消毒は不可欠である。
一月前、父親から貰ったロシアの酒、ウォッカがあった。無色透明で、澄んだ水のように見えるが、酒精度数六〇の、かなり強い酒だから、消毒も可能。お猪口に注ぐと、零さぬように、食卓まで運ぶ。
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