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45.【番外編】レティシアとオーブリー その2
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宮中において冷遇されているフレデリックとレティシアだが、その一方で次期国王候補として脚光を浴びているのが、第二王子ジョエルだった。フレデリックとは母親が違う。
フレデリックの生母である前王妃は、彼を生んですぐに亡くなり、その数年後に嫁いできた現王妃が宮廷で権力を握っている。国王は置き物のような存在だ。
レティシアの輿入れから三年目、国王は次期後継者としてジョエルを指名した。
レティシアとフレデリックの立場はますます悪くなり、一日のほとんどを部屋にこもって過ごした。
フレデリックは相変わらず優しかったが、確実に精神を病んでいた。
「せっかく嫁いできてくれたのに、こんな目に遭わせてごめんね」
そう何度も謝られた。レティシアの心も限界だった。
とうとうレティシアは、オーブリーの前で涙をこぼしてしまった。毎朝顔を合わせ、とりとめのない話をするうちに、彼こそもっとも信頼の置ける人物になっていた。
最初はひどく戸惑っていたオーブリーだが、レティシアがフレデリックの病状に関して話し出すと、表情を一変させた。怒りとも恐怖ともつかぬものを顔いっぱいに浮かべ、ぶつぶつとつぶやき始める。
「微熱と倦怠感がひたすら続く……。食欲はあり、痩せてはいない。温室に入ると体調が悪化する……」
「オーブリー?」
おずおずと声をかけると、彼は意を決したように強い口調で言った。
「恐れながら、わたしにフレデリック様の診察をさせていただけないでしょうか」
だが、フレデリックを診察できるのは担当医だけだ。オーブリーが命じられているのは、レティシアの健診のみ。許可なき者は、フレデリックの寝所へ近づくことさえできない。
それでもレティシアはオーブリーを信じ、危険な橋を渡ることにした。彼を寝室のクローゼットに隠し、フレデリックを呼んだ。
「フレデリック様は、魔法使いの才がおありです」
たった一目見ただけで、オーブリーはそう断じた。
「体内に強い魔法力を秘めていらっしゃる。それを放出せずに溜め込んでいるせいで、身体に様々な不調が起こってしまっているのです。こんなこと、担当医もしくは宮廷魔法使いの誰かしらが気づいてもよかったのに……」
オーブリーがフレデリックの身体に触れ、魔力を吸い取ると、倦怠感にぐったりしていたフレデリックが目を見開いた。それからすっくと立ち上がり、ベッドへ飛び込んでゴロゴロと転げ回る。
「すごい、身体が軽い!」
と、けらけら笑いながら子どものように大はしゃぎする。
唖然としていたレティシアも、楽しそうな夫の姿を見て、自然と笑みをこぼした。だがやがて頬に涙が伝う。まごうことなき、歓喜の涙だった。
「レティシア!」「フレデリック!」
どちらからともなく名を呼び合い、強く抱き合う。健康を取り戻した夫のぬくもりを堪能しながら、ひたすら感涙に咽ぶ。フレデリックも泣いているようだった。
喜びの涙はやがて、自分たちをこのような境遇に追いやった者たちへの怒りへと変わっていく。
今までの辛い日々は、いったいなんだったのだろう。オーブリーに診察を任せてたった数分ですべてが解決してしまった。彼が言った通り、担当医や他の宮廷魔法使いが気づかなかったはずがない。
「僕たちをこんな目に遭わせた者たちへ、同じものを返す番だ」
フレデリックが凄絶な笑みを浮かべる。レティシアもまったく同じ気持ちだった。傍らに黙って控えているオーブリーへ視線を向けると、覚悟を決めたようにこくりと頷いた。
***
それから二年も経たぬうちに、王宮から数人の廷臣と、王妃が消えた。第二王子ジョエルは国王の子ではないと判明し、自ら宮廷を去った。
王妃に与していた宮廷魔法使いたちを罪に問うことはできなかった。彼らの結束はあまりに強固で、付け入る隙がなかったのだ。
オーブリーが間諜の役目を果たせてさえいれば、容易に事が進んだだろう。だが、男社会に溶け込めず孤立しているオーブリーにそんなことができるはずがなかった。
フレデリックは程なくして王位を手に入れたが、副目的である宮廷魔法使いの解体は成し遂げられなかった。
そして、それから二十余年の時が経ち……。
***
「帝国の魔法使い協会からの抗議文は、実に好都合でしたね」
レティシアが問い掛けると、そばに控えていたオーブリーが「はい」と応じた。レティシアは執務机に肘をついて、記憶を手繰り寄せながら続ける。
「たしか、『貴国の宮廷における魔法使いの男女比に著しい偏りがみられることに対する遺憾の意を表して』とかいう題目でしたね」
「一言一句間違いございません」
「ひどく回りくどい文面で、もっと女性を雇用するようにと通達してきた……。『聞き入れられない場合、貴国の学生の帝国魔法学校への受け入れを停止する』と締め括ってありましたね」
「あまりの憤ろしさに、危うく文書を破り捨てるところでした。ですが、レティシア様のおっしゃるとおり非常に好都合でした。その抗議文のおかげで、セラ・ヴァロンをスムーズに宮廷入りさせることができましたゆえ」
「ええ、ロズリーヌにはぜったいに女性魔法使いを付けてやりたかった。かつてのわたくしのような思いをしてほしくはなかった……」
「レティシア様……」
気遣わしげに声をかけてくるオーブリーに微笑んで見せてから、レティシアはごく軽い調子で彼へ問う。
「貴方は、セラ・ヴァロンについてどう思っているのですか?」
すると、オーブリーは心底不愉快そうに眉根を寄せ、小さく嘆息してから答える。
「凡庸でないことは認めます。気が強くはきはきと物を言うところも悪くない。ただ、使える魔法は少ないし、発動は遅い。若輩ゆえの浅慮さも目立つ」
「浅慮……ですか」
「ロズリーヌ様の身体を調べるために帝国人を招こうなどと気安く口にして。挙げ句、シルヴァン様が不妊であるかのように声高に言う。母君であるレティシア様を前にして……」
「まだ『あの時』のことを気に病んでいるのですか?」
「それは……」
オーブリーは気まずそうに押し黙った。
かつてオーブリーは、フレデリックに対しこう言った。
『長い間、肉体が強い魔力に苛まれた影響で、子種がなくなっている可能性があります』
健康を取り戻して以来、レティシアの前で笑顔を絶やさなかったフレデリックが、そのときばかりは強い絶望を顔いっぱいに浮かべた。
オーブリーは、ただ事実を淡々と述べただけで、これっぽっちも悪気はなかった。それはレティシアも理解している。だが、『相手を著しく傷つけるような告知をする際は、細心の注意を払うように』と師から言い含められていたオーブリーにとっては、痛恨の極みだった。
幸い、レティシアは二回妊娠することができた。最初の子は喪ったが、シルヴァンは健やかに育った。帝王切開が二度続いたため、これ以上の妊娠は避けることにした。
「あの者を見ていると、未熟だったころの自分を思い出してイライラするのです……。ロズリーヌ様と良好な関係を築いていることは高く評価しますが」
謹厳実直な男が、ここまで私情をあらわにするとは……。レティシアは少なからず驚いた。だが、それだけセラという若い魔法使いに期待を寄せているのだろう。
「これからも、彼女を援けてあげてくださいね」
「承知しております」
オーブリーは粛然と頷いてくれた。なんだかんだ、彼はセラをきちんと教育してくれるだろう。
生半可な人物をロズリーヌのそばへ置いておくわけにはいかないので、レティシアもセラへは厳正な態度で臨んだ。
つい先日は、兵士を使って尋問のような真似をした。
だが、同席させた宮廷魔法使いの男たちの態度を見て、セラも宮廷の実状を痛いほど理解したのではないだろうか。
そのあと、セラの身になにが起こったかオーブリーから報告を受けた。さぞ恐ろしかっただろうと思う。
それでも宮廷から逃げることなく、ロズリーヌへの忠義を示してくれた彼女には、感謝の念に堪えない。いつか、なんらかの形で報いたい。
「シルヴァンとロズリーヌの代になる頃には、わが国の宮廷がより良いものになっていればいいのですが」
レティシアの言葉に、オーブリーが無言で頭を下げた。
彼へも、いつかなんらかの形で報いたい。
ずっとそばにいてくれた、かけがえのない魔法使いなのだから。
フレデリックの生母である前王妃は、彼を生んですぐに亡くなり、その数年後に嫁いできた現王妃が宮廷で権力を握っている。国王は置き物のような存在だ。
レティシアの輿入れから三年目、国王は次期後継者としてジョエルを指名した。
レティシアとフレデリックの立場はますます悪くなり、一日のほとんどを部屋にこもって過ごした。
フレデリックは相変わらず優しかったが、確実に精神を病んでいた。
「せっかく嫁いできてくれたのに、こんな目に遭わせてごめんね」
そう何度も謝られた。レティシアの心も限界だった。
とうとうレティシアは、オーブリーの前で涙をこぼしてしまった。毎朝顔を合わせ、とりとめのない話をするうちに、彼こそもっとも信頼の置ける人物になっていた。
最初はひどく戸惑っていたオーブリーだが、レティシアがフレデリックの病状に関して話し出すと、表情を一変させた。怒りとも恐怖ともつかぬものを顔いっぱいに浮かべ、ぶつぶつとつぶやき始める。
「微熱と倦怠感がひたすら続く……。食欲はあり、痩せてはいない。温室に入ると体調が悪化する……」
「オーブリー?」
おずおずと声をかけると、彼は意を決したように強い口調で言った。
「恐れながら、わたしにフレデリック様の診察をさせていただけないでしょうか」
だが、フレデリックを診察できるのは担当医だけだ。オーブリーが命じられているのは、レティシアの健診のみ。許可なき者は、フレデリックの寝所へ近づくことさえできない。
それでもレティシアはオーブリーを信じ、危険な橋を渡ることにした。彼を寝室のクローゼットに隠し、フレデリックを呼んだ。
「フレデリック様は、魔法使いの才がおありです」
たった一目見ただけで、オーブリーはそう断じた。
「体内に強い魔法力を秘めていらっしゃる。それを放出せずに溜め込んでいるせいで、身体に様々な不調が起こってしまっているのです。こんなこと、担当医もしくは宮廷魔法使いの誰かしらが気づいてもよかったのに……」
オーブリーがフレデリックの身体に触れ、魔力を吸い取ると、倦怠感にぐったりしていたフレデリックが目を見開いた。それからすっくと立ち上がり、ベッドへ飛び込んでゴロゴロと転げ回る。
「すごい、身体が軽い!」
と、けらけら笑いながら子どものように大はしゃぎする。
唖然としていたレティシアも、楽しそうな夫の姿を見て、自然と笑みをこぼした。だがやがて頬に涙が伝う。まごうことなき、歓喜の涙だった。
「レティシア!」「フレデリック!」
どちらからともなく名を呼び合い、強く抱き合う。健康を取り戻した夫のぬくもりを堪能しながら、ひたすら感涙に咽ぶ。フレデリックも泣いているようだった。
喜びの涙はやがて、自分たちをこのような境遇に追いやった者たちへの怒りへと変わっていく。
今までの辛い日々は、いったいなんだったのだろう。オーブリーに診察を任せてたった数分ですべてが解決してしまった。彼が言った通り、担当医や他の宮廷魔法使いが気づかなかったはずがない。
「僕たちをこんな目に遭わせた者たちへ、同じものを返す番だ」
フレデリックが凄絶な笑みを浮かべる。レティシアもまったく同じ気持ちだった。傍らに黙って控えているオーブリーへ視線を向けると、覚悟を決めたようにこくりと頷いた。
***
それから二年も経たぬうちに、王宮から数人の廷臣と、王妃が消えた。第二王子ジョエルは国王の子ではないと判明し、自ら宮廷を去った。
王妃に与していた宮廷魔法使いたちを罪に問うことはできなかった。彼らの結束はあまりに強固で、付け入る隙がなかったのだ。
オーブリーが間諜の役目を果たせてさえいれば、容易に事が進んだだろう。だが、男社会に溶け込めず孤立しているオーブリーにそんなことができるはずがなかった。
フレデリックは程なくして王位を手に入れたが、副目的である宮廷魔法使いの解体は成し遂げられなかった。
そして、それから二十余年の時が経ち……。
***
「帝国の魔法使い協会からの抗議文は、実に好都合でしたね」
レティシアが問い掛けると、そばに控えていたオーブリーが「はい」と応じた。レティシアは執務机に肘をついて、記憶を手繰り寄せながら続ける。
「たしか、『貴国の宮廷における魔法使いの男女比に著しい偏りがみられることに対する遺憾の意を表して』とかいう題目でしたね」
「一言一句間違いございません」
「ひどく回りくどい文面で、もっと女性を雇用するようにと通達してきた……。『聞き入れられない場合、貴国の学生の帝国魔法学校への受け入れを停止する』と締め括ってありましたね」
「あまりの憤ろしさに、危うく文書を破り捨てるところでした。ですが、レティシア様のおっしゃるとおり非常に好都合でした。その抗議文のおかげで、セラ・ヴァロンをスムーズに宮廷入りさせることができましたゆえ」
「ええ、ロズリーヌにはぜったいに女性魔法使いを付けてやりたかった。かつてのわたくしのような思いをしてほしくはなかった……」
「レティシア様……」
気遣わしげに声をかけてくるオーブリーに微笑んで見せてから、レティシアはごく軽い調子で彼へ問う。
「貴方は、セラ・ヴァロンについてどう思っているのですか?」
すると、オーブリーは心底不愉快そうに眉根を寄せ、小さく嘆息してから答える。
「凡庸でないことは認めます。気が強くはきはきと物を言うところも悪くない。ただ、使える魔法は少ないし、発動は遅い。若輩ゆえの浅慮さも目立つ」
「浅慮……ですか」
「ロズリーヌ様の身体を調べるために帝国人を招こうなどと気安く口にして。挙げ句、シルヴァン様が不妊であるかのように声高に言う。母君であるレティシア様を前にして……」
「まだ『あの時』のことを気に病んでいるのですか?」
「それは……」
オーブリーは気まずそうに押し黙った。
かつてオーブリーは、フレデリックに対しこう言った。
『長い間、肉体が強い魔力に苛まれた影響で、子種がなくなっている可能性があります』
健康を取り戻して以来、レティシアの前で笑顔を絶やさなかったフレデリックが、そのときばかりは強い絶望を顔いっぱいに浮かべた。
オーブリーは、ただ事実を淡々と述べただけで、これっぽっちも悪気はなかった。それはレティシアも理解している。だが、『相手を著しく傷つけるような告知をする際は、細心の注意を払うように』と師から言い含められていたオーブリーにとっては、痛恨の極みだった。
幸い、レティシアは二回妊娠することができた。最初の子は喪ったが、シルヴァンは健やかに育った。帝王切開が二度続いたため、これ以上の妊娠は避けることにした。
「あの者を見ていると、未熟だったころの自分を思い出してイライラするのです……。ロズリーヌ様と良好な関係を築いていることは高く評価しますが」
謹厳実直な男が、ここまで私情をあらわにするとは……。レティシアは少なからず驚いた。だが、それだけセラという若い魔法使いに期待を寄せているのだろう。
「これからも、彼女を援けてあげてくださいね」
「承知しております」
オーブリーは粛然と頷いてくれた。なんだかんだ、彼はセラをきちんと教育してくれるだろう。
生半可な人物をロズリーヌのそばへ置いておくわけにはいかないので、レティシアもセラへは厳正な態度で臨んだ。
つい先日は、兵士を使って尋問のような真似をした。
だが、同席させた宮廷魔法使いの男たちの態度を見て、セラも宮廷の実状を痛いほど理解したのではないだろうか。
そのあと、セラの身になにが起こったかオーブリーから報告を受けた。さぞ恐ろしかっただろうと思う。
それでも宮廷から逃げることなく、ロズリーヌへの忠義を示してくれた彼女には、感謝の念に堪えない。いつか、なんらかの形で報いたい。
「シルヴァンとロズリーヌの代になる頃には、わが国の宮廷がより良いものになっていればいいのですが」
レティシアの言葉に、オーブリーが無言で頭を下げた。
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