僕だけの世界

羽矢 翼

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世界ツアー

社長

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 レイは診断された病名と、幻覚の恐怖に押しつぶされそうな不安を抱えながら、事務所の扉を叩いた。
 重厚なデスクの奥で、口髭を蓄えた社長がふんぞり返っている。レイは意を決して、医師からの診断を告げた。

 しかし、返ってきたのは予想通りの、いや、予想以上に冷徹な言葉だった。

「だからなんだ?」

 社長は葉巻をもてあそびながら、面倒くさそうにそう吐き捨てた。やはりな、とレイは奥歯を噛み締めた。人の心がないのか。

「しかし社長、嘘じゃなくて本当にそんなふうに診断されて……幻覚も見えているんです」
「お前、これからワールドツアーを控えてるのにどうするんだ? しかも……」

 社長は身を乗り出し、机をコンと叩いた。

「DIORの男性初めてのモデル兼アンバサダーになったんだぞ? その契約金と期待値、わかってるのか?」

 レイは湧き上がる怒りを必死に抑えた。レイは持ち前のセンスでDIORの役員サラさんに声をかけられて決まったことだ。
 確かに、最初は嬉しかった。世界的ブランドの顔になることは、SPIRITにとっても自分にとっても名誉なことだと思った。だが、事務所はその契約を盾に、レイの仕事を何倍にも増やしたのだ。撮影、取材、パーティーへの出席、そして楽曲制作。睡眠時間は削られ、精神は摩耗していった。今のこの状態は、明らかにその過重労働が引き金になっている。
 しかも、社長はまるで自分の手柄のように話しているが、正直レイがサラと親密になったり、ほとんど自分のおかげだ。

「しかし、このまま何もしないのは……悪化する一方で……」

 レイが食い下がると、社長はわざとらしく大きなため息をついた。まるで「大事な時期にわがままを言う聞き分けのない子供」を見るような目つきだ。その態度にムッとしたが、ここで爆発しても何も解決しない。レイは拳を握り込んで耐えた。

 しばらく沈黙した後、社長は折れたふりをして言った。

「わかった。薬を支給してやる。専門の医者を手配して、薬で症状を抑え込もう」
「……薬、ですか」
「ああ。それでなんとか乗り切れ。あと、ワールドツアーが終わったら療養させてやる。約束する」

 その言葉が本当の救済なのか、単なる先延ばしなのかは分からなかった。だが、今のレイに拒否権はなかった。
 DIORの看板、世界中のファン、そしてメンバーたちの未来。すべてが自分の双肩にかかっている。

(やるしかない……)

 こうして、レイは精神を蝕む病魔と闘いながら、過酷なワールドツアーを耐え抜かなくてはいけなくなった。

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