異世界に行ったら記憶がなくなってここがどこだかわかりません。

シンカイ

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名も知らぬ世界

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 気がつけばそこにいた。見渡す限りの緑の絨毯があり、柔らかな風に撫でられさわさわと揺れている。その先には特徴となるものは一切見当たらない。
 ──強いて言えば地平線が見えるか。
 その場所には俺に見覚えは一切ない。上を見上げると限りなく澄みわたる青空が、下に目を向ければやはり足をくすぐるように触れる緑の絨毯が。因みにそれ以外の目立ったものは一切ありゃしない。

 「本当にここどこだよ?」

 誰に伝えるでもなく呟いてみる。
 サァァァァァ‥‥‥

 ──風に返事されてもなぁ‥‥‥

 しっかしどういうことだろう。俺はいつも通りに平凡な日常を送っていたはずだ──
 ズキッ

 「いたッ」

 急な偏頭痛に右手で頭をつい押さえた。痛みの理由は分からない。しかし、同時に何かの違和感を感じた。痛みは幸いにも直ぐに治まった。

 また偏頭痛が襲ってくるんじゃないかと思っていたが、それ以上異変はなかった。
 ほっと安堵の息をつき、次に今まで何をしていたのかを思い出そうとする。そこで初めて俺はつい先程の違和感に気づく。それは──

 「あれ?俺は今まで何をしていたんだっけ?」

 ‥‥‥

 「あれ!?待て待て待て!今日は何月何日?俺の誕生日は!?俺の親の名前は!?というか親っていたのか!?友達は!?兄弟とかいたか!?あれ!?そもそも俺は今まで何をしていたんだ!?嘘だろ?マジかよ!なんだこれ!?」

 ──これは一体?

 「‥‥‥何も思い出せない」

 身体の力が一気に抜けた。
 俺を襲った違和感の正体─それは記憶の消失だった。

 ──まさか、そんな、あり得ない!

  ‥‥信じたくなかった。認めたくなかった。こんなどこともしれない場所にいつの間にか立っていて、同時に記憶も失っている。こんな状況を受けいられる訳がない!
 俺から身体中の力がフッと抜け出るように失われた。膝から崩れ落ちて、柔らかい草の上に手をつく。俺は必死に思考を巡らせこの状況を否定できる根拠僅かな記憶の海から探す。そんなものはないと分かっていながら──。

 どのくらいの時間が過ぎていったのだろう。いつの間にか周りが暖かい夕陽に照らされていた。周りの様相が変化したのに気づき、ふと顔を上げた。見れば太陽が力強い光の閃光を振り撒くのをやめ、ゆらゆらとその色を橙色へと変えていく途中だった。
 ──綺麗だなぁ。
 常人にとって、太陽は普通東から西へと沈むものだと思う。だが、この太陽は初めに見た位置から微動だにせず、ただ色だけを変えているのだ。常人ならば我が目を疑ってもおかしくない。なぜなら、受け入れてしまえば、ここは自分の知らない異世界だと結論付けることになるからだ。
 だが、俺は今現在常人では無かった。記憶を失っているのだから正しいのはどちらかなど分かる筈もない。
 それに、今までフルに頭を使っていたからだろう、少し突っ込んだ考え事など今の俺には出来なかった。
 そして、長い間頭を使っていたもんだから、急に思考を放棄したことにより、妙に頭がスッキリとしている。
 ──これも不幸中の幸いとかいうやつか。
 そう勝手に理解して、周りを見回す。ひたすら茜に彩られた草原が風に靡いてほんのりと温かみのあるウェーブを作り出す。しばらくの間俺は、その光景を眺めていた。

 さて、おんなじ格好をしていたものだからついつい身体が固くなってしまった。俺はそこで軽い柔軟体操を始める。新鮮な景色を見たからだろうか。俺の心には少しだけ、別のことに配慮出来るくらいの余裕が生まれていた。
 入念に身体をストレッチしていると、ふと己の身体に気になる紋様があるのに気付いた。

 「なんだ?これ」

 俺の右腕には奇妙な文字が描かれていた。
 【壱】 【弐】 【参】
 俺にはよく分からないが、こんな感じで描かれていた。擦ったりしてみてもそれらは消えることも、色褪せることもなかった。
 ──ん~、よくわかんないけどカッケェ!
 記憶にないが俺が自分の意思で書いたりしたんだろうか。
 ──ナイス、俺!
 そう過去の俺に賛辞を送った。だって格好よくね?読めないけどカッコよくね?俺センス良くね?いや俺じゃないけど。いや、ある意味俺だけど。ってなんかややこしくなってきたな。やめよ。
 瞬時に頭を切り替える。そう、切り替えなきゃいけない。何故なら!

 「とりあえず俺はどうすればいいんだ!」

 今後のことを考えなければいけないからだ!流石に俺に方角が分からない、それどころかここが何処かさえ分からない、正真正銘のココドコー状態でいつまでも気楽にいられる道理はない!
 考えてみてほしい。何一つ自分自身の手がかりも帰る手段も見つからない状況で、辺りが暗くなり、何の生物なのか特定出来ないものの鳴き声が聞こえてくるんだ。そんな状態で平静でいられる訳ナイヨネ!
 となれば、この状況を打破するために行動しなくてはいけないわけで。

 「ひたすら歩くしかないでしょう!まる」

 半ばヤケクソ気味に叫んでみた。まぁ、ヤケクソというか自らに不安を感じさせないよう騒がしくしていただけなんだが。
 しかし、というかなんというか。自分の声以外聞こえてくるものは、不安を掻き立てるような鳴き声ばかりだった。

 ‥‥‥‥ああぁ超こえぇし、クッソ寂しい!誰か反応しておくれ!

 辺りには既に闇が広がっている。そしてどうも俺はこの闇が大嫌いらしい。なんで大嫌いらしいという言い回しをしたのかというと、記憶がないから確固たる自信をもって証明できないからであり。さっきから鳥肌が立ってきているから、恐らくそうなのだろうと勝手に解釈しただけだからなのです。

 「俺は~夜なんて~怖くないのさ~♪」

 ほら、もうよくわかんない曲を条件反射で歌っちゃうし!足ちょっと竦んでるし!段々駆け足になってるし!しまいにゃ──

 「あーーーテンション上がって来たかもなぁぁぁ!!!」

 とか言い始める涙目の俺、全力に近い速度で走り始める。具体的に理由を述べるとすれば、それはやっぱり怖かったからでした。俺は背後にいるかもしれない架空に造り出したナニかに怯えながら、暗闇の中をただひたすらに爆走し続けた。


 「ゼェ、ハァ、ゼェ‥‥‥ッハァァァ」

 息継ぎが辛くなった頃、ようやく足が止まった。自分の身体なのにいうこと聞かないとか、色々と末期なんじゃないかと思った。そのぐらい走っていた。
 止まった理由はそれとは別にもうひとつある。それは──

 「あ、灯りだ‥‥オゥエッ」

 ──あっぶねぇリバースするとこだった‥‥‥
 俺は息も絶え絶えな己の身体を引きずるように灯りの方へと歩き出す。見れば灯りのそばに人影も見える。

 「はぁ、走っといて、はぁ、良かった、なぁ」

 荒い息を吐きつつ人影へと近づいて行く。すると人影もこちらに気付いたようで、こちらへと歩き出した。

 「あ、ハァ、あのう、ッハァ、こんばんは」

 「(ビクッ)こ、こんにチは」

 「ちょぉっと、ハァ、待って、下さい、ふぅ」

 「は、はぁ」

 「ふぅぅぅ、よしオッケー!あの、ここから人がいる場所に行くにはどちらに行けばいいですかね?」

 「あ、ハイ、えートそうでスね。南西の方角にあルいていけバ街にいケますよ」

 「あ、そうですか、ありがとうございました、では!」

 「あー、ちょっとモしよろしケればご一緒シませんカ?」

 「え、いいんですか?それなら是非お願いします!」

 「いえ、こちラこそよろしクお願いシマす」

 ラッキーだ!色んな意味でラッキーだった!一人でいくのは心細いけど迷惑かけたくないと思って、同行を持ちかけなかったのに向こうから持ちかけてくれるなんて!まさに僥倖!
 「でハ、早速むかイまショウ」

 「はい!」

 満面の笑みでその人の背中を追いかけて歩き出す。孤独に怯えなくてすむ!そう思って──。
 だが、この判断を間違いだったと後悔することになろうとはこの時の脳天気過ぎた俺は思ってもみなかった。
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