【本編完結】番殺しの黒オメガが背負う愛は

小池 月

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Ⅴ 黒魔術

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「黒オメガ、いいだろう。そうだよな。やはり見せろと言って、すぐに出来るわけじゃないか。分かった」
 諦めたのだろう、と安堵してジリスは頭を上げた。

「アル、こちらに来い」
 ネモスの矛先が急にアルに切り替わった。

 付き添いであるはずのアルだけを呼び出すなど、このような場では有り得ない。ジリスが不安になってアルを見つめた。アルは『大丈夫』とジリスに目配せをしてから、ネモスの前に出た。

 アルはネモスに膝をついた。

「はい。お呼びでしょうか」
「上着を脱げ。そうだな、シャツ一枚になれ」

「は?」
「聞こえなかったか? 命令だ」

 ネモスのおかしな指示にアルは黙って従い、煌びやかな上着を脱いで腕に掛けた。
 アルは貴族シャツ一枚になる。何をするつもりなのか、ジリスの心臓がバクバク鳴る。

「そうだ。ではオレに背を向けて、立て」
 アルは一度眉をひそめたが、すぐに無表情になり指示に従った。次の瞬間。

「キャー!」
「なんてことを!」

 大きな悲鳴が場内に上がった。

 ジリスは目の前で起きたことが信じられず、一瞬だけ反応が遅れた。倒れるアルがスローモーションのように見えた。

「アルーー‼」

 ジリスは誰よりも大きな悲鳴を上げて、アルに駆け寄った。アルの背中は、ネモスに剣で切り裂かれて、パクリと傷が開いている。見る間に傷から血が溢れ出る。ジリスは慌てて押さえるが、傷が大きすぎる。

「なんてことするんだ! 早く医師を! 救護を早く!」
 必死に叫ぶジリスの後ろで、ネモスが声を上げた。

「救護は必要ない。これから、黒オメガが黒魔術でアルを助けるからな。皆、黒魔術を見ようじゃないか!」

 ネモスのあまりの暴挙に腹の底から怒りが湧き上がった。

「アルが死んでも良いのですか! 魔術より治療が先です!」

「いや、お前が助けろよ。ま、アルが死のうが、オレには関係ない。警護上の殉死でいいからな」

 ネモスが面白そうに椅子に座った。その態度に怒りが大きく渦巻いた。

 だが、ネモスより先にアルだ。ネモスをジリスの意識から除外して、アルに声を掛けた。その間にも出血が続いている。

「アル、意識はある? 大丈夫?」
「じりす、さま。俺は……、だい、丈夫です。俺は騎士です、から……」

 目を閉じたままアルが細い声を出す。顔が白くなっていく。出血が激しい。これは、きっと、このままでは命が尽きる。直感でそう思った。

(アルが死ぬのは、嫌だ!!)
 ジリスの中に熱い気持ちが沸き上がった。

 ジリスは黒を着ている。これならば黒魔術が使える。

 ジリスはまとめ上げていた長い髪をハラリと解いた。髪だけでは代償が済まないかもしれない。爪の手入れをしておいて良かった。

 ジリスは黒魔術の詠唱を唱えた。

『神聖なる闇に休息する御神よ。地からの願いに応え給え。我が願いに神の力を恵み給え。ジリス・イーリーの身体を献上いたします。すべては御心のままに。アル・ダグリーを助け給え』

 ジリスとアルの周囲を黒の輝きが満ちる。

 地から生じる光は、黒いのに煌いているのが分かり、神秘的だ。ジリスは神が応えてくれたことに安堵した。これでアルが助かる。

(御神よ、代償は何でもかまいません。アルが助かるのなら、目でも手でも捧げます)

 感謝を込めてジリスは願った。周囲がどよめいているのが遠くに聞こえていた。

 黒の輝きが地に消えていくと、アルの傷はすっかり無くなっていた。アルの逞しい肌色の背中が見えて、ジリスは嬉しかった。

 そして、周囲の黒が全て消える瞬間、ジリスの長い髪が黒い炎に包まれた。炎の熱さがジリスの背に当たる。悲鳴を上げそうな熱さをジリスは耐えた。

「すごい!」
「黒魔術とは、こんなに凄いのか!」

 人々の声が楽しそうに響く。ジリスは大きな疲労感に膝をついたまま立ち上がることが出来なかった。
 ジリスの頬に焼き切れた髪がハラハラと触れた。
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