【本編完結】番殺しの黒オメガが背負う愛は

小池 月

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Ⅵ 避難路

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 発情期を過ぎて一週間が経ち、やっとジリスとアルが平穏を取り戻したある日。

 ジリスの手元にゾッとするものが届いた。

「アル、これは、開けなきゃ、だよね」
「……そうですね。開けないわけには、いきません」
 顔を青くしたアルが頷く。

 ジリスの手元にはネモス殿下からの封書がある。侍女がこれを運んで来た時は驚愕して固まってしまった。機械的な動作で立ち去る侍女を無言で見送った。

 暗い気持ちで封書を開ければ『明日の午後二時に王家管理地区の西南十五地区に来るように』と示されていた。一緒に読んでいたアルと目を合わせる。アルの顔色が一層青くなる。

「ネモス殿下は、きっと何か企んでいます。発情期を不貞なく乗り越えていることが、刺激になったのかもしれません」

 ジリスは下を向いた。発情期を不貞なく過ごせているのは、アルの屈強な精神のおかげだ。ジリスは気が狂ったように性行為を求めた。ネモスを求めて淫らに暴れた。その情けなさは断片的に覚えている。

「ごめん」
 申し訳なさに謝罪が口から零れた。

「いえ、ジリス様は苦しめられて、辛い思いをされています。謝ることなどありません」
 優しい言葉にコクリと頷いて、書状を見つめた。

 今は感傷に浸っている暇はない。発情期の事を思い出してはいけない。

「アル、この西南十五地区ってどこ?」
「はい。獣馬車を使い王都から三時間で到着する、神の山と呼ばれる場所です」

「神の山、か。僕がそこに呼ばれる意味はわかる?」
「神の山は許可なく立ち入ることを禁じられた王家所有地のひとつです。神に捧げる奉納行事が行われる場所です。今回のお呼び出しは、献上物を収穫するためでしょうか」

「それは、僕が出席するべきなの?」
「いえ。王と王妃は必ず神への献上をするのですが、王太子と王太子妃はご体調で参加できないことがありますので」

 アルの遠回しな言い方にピンときた。

 王妃の発情期を避けて日程を組めば、王太子妃の発情期に当たってしまうことがある。王と王妃を優先しなければならないため、王太子妃の出席は必須ではないと言う事だ。

「何となく分かった。それに、ネモス殿下なら僕を表に出したくないはずだからな」
 ジリスはふと思いついた。

「もし、僕がこんな扱いで過ごしているって国王陛下にバレたらどうなるの?」
 アルが肩をすくめた。

「王太子としては非常にマズイでしょう。オメガ王妃を大切に扱うのは、白国王としての心得であり、神への敬愛でもあるのです。だからこそネモス殿下は、王位につくまでに、ジリス様が不貞を行うふしだら人間であり、不当な扱いをするのは当然なのだ、という事実を作りたいのです」

「ふうん。じゃ、次に国王陛下や王妃殿下に会った時に、僕が言っちゃえば良いよね」

「それが通じるのであれば、俺が先に直訴しております。しかし、ネモス殿下は国王陛下にとって愛する可愛い息子です。我々の言葉より、ネモス殿下の言葉を信じるでしょう。場合によっては、こちらの立場を悪くするかもしれません」

 現状を訴えたい思いはあるが、これ以上ネモスを優位にしたくはない。

「何か手を打てるチャンスかと思ったのに。ダメか」
 ジリスは大きく伸びをした。真剣に考え過ぎて肩に力が入っていた。

「今回のネモス殿下の呼び出しの目的が読めない以上、下手に動かないほうがいいと思います」
 それはもっともだ。ジリスはアルに同意を示し、互いに明日の準備に取りかかった。


 翌日の朝食後。ジリスはアルと共に西南十五地区に向けて出発した。王都から出るのは初めてだった。変わりゆく景色を楽しみたいが、ネモスと会うことを考えて気持ちが沈んでいる。

 侍女がジリスに準備した服は、黒のセットアップだ。形は黒国の正装に似ている。しかし、ジリスが持参したものでは無い。
 新しく作られた物だった。闇のような黒であるが、白銀のレースで装飾されている。

「アル、服はアルが作ってくれたの?」
「いえ。そちらはネモス殿下が指示したようです。今回は外出のため、周囲から見られる事を考えて、でしょうか」

「ま、そうだよな。ネモス殿下はいつも自分の事ばっかだ」
 そんな話をしていると、獣馬車は神の山に到着した。窓から見れば侍従が数名、出迎えに来ている。

「ジリス様、ここからは気を引きしめていきましょう」
「うん。分かってる」

 ジリスは前を見据えて歩みを進めた。
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