46 / 100
Ⅵ 避難路
⑤
しおりを挟む
発情期を過ぎて一週間が経ち、やっとジリスとアルが平穏を取り戻したある日。
ジリスの手元にゾッとするものが届いた。
「アル、これは、開けなきゃ、だよね」
「……そうですね。開けないわけには、いきません」
顔を青くしたアルが頷く。
ジリスの手元にはネモス殿下からの封書がある。侍女がこれを運んで来た時は驚愕して固まってしまった。機械的な動作で立ち去る侍女を無言で見送った。
暗い気持ちで封書を開ければ『明日の午後二時に王家管理地区の西南十五地区に来るように』と示されていた。一緒に読んでいたアルと目を合わせる。アルの顔色が一層青くなる。
「ネモス殿下は、きっと何か企んでいます。発情期を不貞なく乗り越えていることが、刺激になったのかもしれません」
ジリスは下を向いた。発情期を不貞なく過ごせているのは、アルの屈強な精神のおかげだ。ジリスは気が狂ったように性行為を求めた。ネモスを求めて淫らに暴れた。その情けなさは断片的に覚えている。
「ごめん」
申し訳なさに謝罪が口から零れた。
「いえ、ジリス様は苦しめられて、辛い思いをされています。謝ることなどありません」
優しい言葉にコクリと頷いて、書状を見つめた。
今は感傷に浸っている暇はない。発情期の事を思い出してはいけない。
「アル、この西南十五地区ってどこ?」
「はい。獣馬車を使い王都から三時間で到着する、神の山と呼ばれる場所です」
「神の山、か。僕がそこに呼ばれる意味はわかる?」
「神の山は許可なく立ち入ることを禁じられた王家所有地のひとつです。神に捧げる奉納行事が行われる場所です。今回のお呼び出しは、献上物を収穫するためでしょうか」
「それは、僕が出席するべきなの?」
「いえ。王と王妃は必ず神への献上をするのですが、王太子と王太子妃はご体調で参加できないことがありますので」
アルの遠回しな言い方にピンときた。
王妃の発情期を避けて日程を組めば、王太子妃の発情期に当たってしまうことがある。王と王妃を優先しなければならないため、王太子妃の出席は必須ではないと言う事だ。
「何となく分かった。それに、ネモス殿下なら僕を表に出したくないはずだからな」
ジリスはふと思いついた。
「もし、僕がこんな扱いで過ごしているって国王陛下にバレたらどうなるの?」
アルが肩をすくめた。
「王太子としては非常にマズイでしょう。オメガ王妃を大切に扱うのは、白国王としての心得であり、神への敬愛でもあるのです。だからこそネモス殿下は、王位につくまでに、ジリス様が不貞を行うふしだら人間であり、不当な扱いをするのは当然なのだ、という事実を作りたいのです」
「ふうん。じゃ、次に国王陛下や王妃殿下に会った時に、僕が言っちゃえば良いよね」
「それが通じるのであれば、俺が先に直訴しております。しかし、ネモス殿下は国王陛下にとって愛する可愛い息子です。我々の言葉より、ネモス殿下の言葉を信じるでしょう。場合によっては、こちらの立場を悪くするかもしれません」
現状を訴えたい思いはあるが、これ以上ネモスを優位にしたくはない。
「何か手を打てるチャンスかと思ったのに。ダメか」
ジリスは大きく伸びをした。真剣に考え過ぎて肩に力が入っていた。
「今回のネモス殿下の呼び出しの目的が読めない以上、下手に動かないほうがいいと思います」
それはもっともだ。ジリスはアルに同意を示し、互いに明日の準備に取りかかった。
翌日の朝食後。ジリスはアルと共に西南十五地区に向けて出発した。王都から出るのは初めてだった。変わりゆく景色を楽しみたいが、ネモスと会うことを考えて気持ちが沈んでいる。
侍女がジリスに準備した服は、黒のセットアップだ。形は黒国の正装に似ている。しかし、ジリスが持参したものでは無い。
新しく作られた物だった。闇のような黒であるが、白銀のレースで装飾されている。
「アル、服はアルが作ってくれたの?」
「いえ。そちらはネモス殿下が指示したようです。今回は外出のため、周囲から見られる事を考えて、でしょうか」
「ま、そうだよな。ネモス殿下はいつも自分の事ばっかだ」
そんな話をしていると、獣馬車は神の山に到着した。窓から見れば侍従が数名、出迎えに来ている。
「ジリス様、ここからは気を引きしめていきましょう」
「うん。分かってる」
ジリスは前を見据えて歩みを進めた。
ジリスの手元にゾッとするものが届いた。
「アル、これは、開けなきゃ、だよね」
「……そうですね。開けないわけには、いきません」
顔を青くしたアルが頷く。
ジリスの手元にはネモス殿下からの封書がある。侍女がこれを運んで来た時は驚愕して固まってしまった。機械的な動作で立ち去る侍女を無言で見送った。
暗い気持ちで封書を開ければ『明日の午後二時に王家管理地区の西南十五地区に来るように』と示されていた。一緒に読んでいたアルと目を合わせる。アルの顔色が一層青くなる。
「ネモス殿下は、きっと何か企んでいます。発情期を不貞なく乗り越えていることが、刺激になったのかもしれません」
ジリスは下を向いた。発情期を不貞なく過ごせているのは、アルの屈強な精神のおかげだ。ジリスは気が狂ったように性行為を求めた。ネモスを求めて淫らに暴れた。その情けなさは断片的に覚えている。
「ごめん」
申し訳なさに謝罪が口から零れた。
「いえ、ジリス様は苦しめられて、辛い思いをされています。謝ることなどありません」
優しい言葉にコクリと頷いて、書状を見つめた。
今は感傷に浸っている暇はない。発情期の事を思い出してはいけない。
「アル、この西南十五地区ってどこ?」
「はい。獣馬車を使い王都から三時間で到着する、神の山と呼ばれる場所です」
「神の山、か。僕がそこに呼ばれる意味はわかる?」
「神の山は許可なく立ち入ることを禁じられた王家所有地のひとつです。神に捧げる奉納行事が行われる場所です。今回のお呼び出しは、献上物を収穫するためでしょうか」
「それは、僕が出席するべきなの?」
「いえ。王と王妃は必ず神への献上をするのですが、王太子と王太子妃はご体調で参加できないことがありますので」
アルの遠回しな言い方にピンときた。
王妃の発情期を避けて日程を組めば、王太子妃の発情期に当たってしまうことがある。王と王妃を優先しなければならないため、王太子妃の出席は必須ではないと言う事だ。
「何となく分かった。それに、ネモス殿下なら僕を表に出したくないはずだからな」
ジリスはふと思いついた。
「もし、僕がこんな扱いで過ごしているって国王陛下にバレたらどうなるの?」
アルが肩をすくめた。
「王太子としては非常にマズイでしょう。オメガ王妃を大切に扱うのは、白国王としての心得であり、神への敬愛でもあるのです。だからこそネモス殿下は、王位につくまでに、ジリス様が不貞を行うふしだら人間であり、不当な扱いをするのは当然なのだ、という事実を作りたいのです」
「ふうん。じゃ、次に国王陛下や王妃殿下に会った時に、僕が言っちゃえば良いよね」
「それが通じるのであれば、俺が先に直訴しております。しかし、ネモス殿下は国王陛下にとって愛する可愛い息子です。我々の言葉より、ネモス殿下の言葉を信じるでしょう。場合によっては、こちらの立場を悪くするかもしれません」
現状を訴えたい思いはあるが、これ以上ネモスを優位にしたくはない。
「何か手を打てるチャンスかと思ったのに。ダメか」
ジリスは大きく伸びをした。真剣に考え過ぎて肩に力が入っていた。
「今回のネモス殿下の呼び出しの目的が読めない以上、下手に動かないほうがいいと思います」
それはもっともだ。ジリスはアルに同意を示し、互いに明日の準備に取りかかった。
翌日の朝食後。ジリスはアルと共に西南十五地区に向けて出発した。王都から出るのは初めてだった。変わりゆく景色を楽しみたいが、ネモスと会うことを考えて気持ちが沈んでいる。
侍女がジリスに準備した服は、黒のセットアップだ。形は黒国の正装に似ている。しかし、ジリスが持参したものでは無い。
新しく作られた物だった。闇のような黒であるが、白銀のレースで装飾されている。
「アル、服はアルが作ってくれたの?」
「いえ。そちらはネモス殿下が指示したようです。今回は外出のため、周囲から見られる事を考えて、でしょうか」
「ま、そうだよな。ネモス殿下はいつも自分の事ばっかだ」
そんな話をしていると、獣馬車は神の山に到着した。窓から見れば侍従が数名、出迎えに来ている。
「ジリス様、ここからは気を引きしめていきましょう」
「うん。分かってる」
ジリスは前を見据えて歩みを進めた。
111
あなたにおすすめの小説
運命を知らないアルファ
riiko
BL
オメガ嫌いの西条司は女性アルファとしか付き合わない、そんな中やたらと気になるオメガを見つけた。
運命やフェロモンという不確かなモノではなく、初めて本気で惹かれた唯一のオメガにはとんでもない秘密があった!?
オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω
オメガ主人公がお好きな方は『運命を知っているオメガ』をお読みくださいませ。こちらはその物語のアルファ側のお話です。このお話だけでも物語は完結しますが、両方読まれると答え合わせが楽しめます。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。
コメント欄はそのまま載せておりますので、ネタバレ大丈夫な方のみご覧くださいませ。
物語、お楽しみいただけたら幸いです。
陰日向から愛を馳せるだけで
麻田
BL
あなたに、愛されたい人生だった…――
政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。
結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。
ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。
自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。
「好きになってもらいたい。」
…そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。
それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。
いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。
結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…
―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…
陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。
よかったはずなのに…
呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。
◇◇◇
片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。
二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。
セリ (18)
南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵
ローレン(24)
北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵
◇◇◇
50話で完結となります。
お付き合いありがとうございました!
♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。
おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎
また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!
【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ
トオノ ホカゲ
BL
田舎の貧村で暮らすリオンは、幼い頃からオメガであることを理由に虐げられてきた。唯一の肉親である母親を三か月前に病気で亡くし、途方に暮れていたところを、突然現れたノルツブルク王国の獣人の騎士・クレイドに助けられる。クレイドは王・オースティンの命令でリオンを迎えに来たという。そのままクレイドに連れられノルツブルク王国へ向かったリオンは、優しく寄り添ってくれるクレイドに次第に惹かれていくがーーーー?
心に傷を持つ二人が心を重ね、愛を探す優しいオメガバースの物語。
(登場人物)
・リオン(受け)
心優しいオメガ。頑張り屋だが自分に自信が持てない。元女官で薬師だった母のアナに薬草の知識などを授けられたが、三か月前にその母も病死して独りになってしまう。
・クレイド(攻め)
ノルツブルク王国第一騎士団の隊長で獣人。幼いころにオースティンの遊び相手に選ばれ、ともにアナから教育を受けた。現在はオースティンの右腕となる。
・オースティン
ノルツブルク王国の国王でアルファ。
大嫌いなアルファと結婚しまして
リミル
BL
面倒見のいい隠れSなα×アルファから転化したΩ
久世優生と神崎基城はアルファの幼馴染みで、互いのスペックを競い合うライバル同士でもあった。
パーティーの最中、基城は原因不明の体調不良に襲われ、第二性がアルファからオメガに転化したと告げられる。
オメガになったことで、優生に馬鹿にされるかと思えば、何故かプロポーズを申し込まれてしまい──!?
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
大好きな婚約者を僕から自由にしてあげようと思った
こたま
BL
オメガの岡山智晴(ちはる)には婚約者がいる。祖父が友人同士であるアルファの香川大輝(だいき)だ。格好良くて優しい大輝には祖父同士が勝手に決めた相手より、自らで選んだ人と幸せになって欲しい。自分との婚約から解放して自由にしてあげようと思ったのだが…。ハッピーエンドオメガバースBLです。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる