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Ⅵ 避難路
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避難路はアルが調べてくれた。
この通路は、地下を通り、馬屋裏の枯れ井戸に出られるようになっていた。
城内にはいくつか枯れ井戸があるそうだが、それぞれ脱出口なのかもしれない。もし貴族の反乱などで城が攻められたときに、王族を逃がすルートなのだろう。
その日の午後に、散歩として馬屋に向かった。出口となっている枯れ井戸を確認した。
石造りの四角い井戸は、内側に頑丈な梯子がついている。一見すると中に入るための梯子だが、ジリスとアルにはその用途が分かった。
「アル、どこが出口なの?」
「梯子のすぐ隣です。こちらからは開かない仕組みです。内側には飛び出ている石があります。それを押しこむと、壁の一部がスライドします。巧妙に作られています」
「飛び出ている石を、押し込むんだね。それで、スライドする、か」
「そうです。出口扉部分は疑似石になっています。内側から実際に見れば分かりますよ」
周囲に人はいないけれど、小声で話した。
「後日、井戸に物を落として、下まで降りてみます。梯子の劣化がないか、確認しておきます」
「うん。ありがとう」
本当は避難路を使うことなど無い方が良い。
けれど、アルを切りつけたネモス殿下を見てしまった以上、万が一の避難路は確保しておきたい。口にはしないけれど、アルも同じ気持ちだと思えた。
けれど、アルは協力するとは言ってこない。ジリスもアルに「助けて。万が一の時には脱走に協力して」と言えない。
アルには侯爵家の跡取り息子として守るべき領地と民がいる。そのために嫌いなネモス殿下に従っている。
アルにはジリスより優先すべきものがある。それを知っているからこそ、「万が一の時には一緒に逃げて」とは言えない。
けれど、アルに「自分一人で大丈夫だ」とも言えない。一人では孤独で無力なことをジリスは知っている。
だからこそアルの優しさに寄りかかっていたいと思う。自分は甘ったれているのかもしれない。そう分かっていても、アルを突き放すことが出来ない。
冷たい風が吹く。肌寒さに身体が震えた。風が馬屋の匂いを運ぶ。
「ヒヒ~~ン」
馬の鳴き声にアルと顔を見合わせた。
「馬、見ていきますか?」
「うん。見たい」
何事もなかったかのように、二人で馬屋内を見て歩いた。世話係は驚いて平伏しようとしたが、仕事を続けるように指示した。
ジリスをエスコートするアルを見ると、夜会を思い出す。アルの背中が切り裂かれ、逞しい肉体が倒れる場面が脳に蘇り、ジリスの身体がブルリと震えた。
「ジリス様、お寒いでしょうか?」
気が付いたアルが声を掛けてくれる。青い瞳がキラキラ輝いている。
――優しいアルを、これ以上、巻き込んではいけない。
「そうだね。戻ろうか」
ジリスは王太子宮殿を見上げ、唇をキュッと噛んで足を進めた。
(もしここから逃げることがあるのなら、独り、だ。アルに頼らずに、何とかしなきゃいけない)
胸に決意を秘めて、ジリスは前に進んだ。
それから二週間後。
ジリスに三回目の発情期が来た。
前回と同じように、ジリスの部屋にアルと閉じ込められた。
アルはジリスを苦しい顔で慰めた。ジリスはネモスを求めて泣き叫び、アルはずっと謝罪していた。
せめてネモスの服だけでも欲しい、とジリスはねだった。アルは「できません」と言いながら、ひたすら泣いていた。
気が狂ったような発情期だったが、アルは一線を越えることは無かった。アルの強さと、背負うものの大きさを実感した。
ジリスは苦しい発情期に、ここで生きることの限界を感じていた。
(このまま、ここにいたら、僕は壊れる)
そう思った。
この通路は、地下を通り、馬屋裏の枯れ井戸に出られるようになっていた。
城内にはいくつか枯れ井戸があるそうだが、それぞれ脱出口なのかもしれない。もし貴族の反乱などで城が攻められたときに、王族を逃がすルートなのだろう。
その日の午後に、散歩として馬屋に向かった。出口となっている枯れ井戸を確認した。
石造りの四角い井戸は、内側に頑丈な梯子がついている。一見すると中に入るための梯子だが、ジリスとアルにはその用途が分かった。
「アル、どこが出口なの?」
「梯子のすぐ隣です。こちらからは開かない仕組みです。内側には飛び出ている石があります。それを押しこむと、壁の一部がスライドします。巧妙に作られています」
「飛び出ている石を、押し込むんだね。それで、スライドする、か」
「そうです。出口扉部分は疑似石になっています。内側から実際に見れば分かりますよ」
周囲に人はいないけれど、小声で話した。
「後日、井戸に物を落として、下まで降りてみます。梯子の劣化がないか、確認しておきます」
「うん。ありがとう」
本当は避難路を使うことなど無い方が良い。
けれど、アルを切りつけたネモス殿下を見てしまった以上、万が一の避難路は確保しておきたい。口にはしないけれど、アルも同じ気持ちだと思えた。
けれど、アルは協力するとは言ってこない。ジリスもアルに「助けて。万が一の時には脱走に協力して」と言えない。
アルには侯爵家の跡取り息子として守るべき領地と民がいる。そのために嫌いなネモス殿下に従っている。
アルにはジリスより優先すべきものがある。それを知っているからこそ、「万が一の時には一緒に逃げて」とは言えない。
けれど、アルに「自分一人で大丈夫だ」とも言えない。一人では孤独で無力なことをジリスは知っている。
だからこそアルの優しさに寄りかかっていたいと思う。自分は甘ったれているのかもしれない。そう分かっていても、アルを突き放すことが出来ない。
冷たい風が吹く。肌寒さに身体が震えた。風が馬屋の匂いを運ぶ。
「ヒヒ~~ン」
馬の鳴き声にアルと顔を見合わせた。
「馬、見ていきますか?」
「うん。見たい」
何事もなかったかのように、二人で馬屋内を見て歩いた。世話係は驚いて平伏しようとしたが、仕事を続けるように指示した。
ジリスをエスコートするアルを見ると、夜会を思い出す。アルの背中が切り裂かれ、逞しい肉体が倒れる場面が脳に蘇り、ジリスの身体がブルリと震えた。
「ジリス様、お寒いでしょうか?」
気が付いたアルが声を掛けてくれる。青い瞳がキラキラ輝いている。
――優しいアルを、これ以上、巻き込んではいけない。
「そうだね。戻ろうか」
ジリスは王太子宮殿を見上げ、唇をキュッと噛んで足を進めた。
(もしここから逃げることがあるのなら、独り、だ。アルに頼らずに、何とかしなきゃいけない)
胸に決意を秘めて、ジリスは前に進んだ。
それから二週間後。
ジリスに三回目の発情期が来た。
前回と同じように、ジリスの部屋にアルと閉じ込められた。
アルはジリスを苦しい顔で慰めた。ジリスはネモスを求めて泣き叫び、アルはずっと謝罪していた。
せめてネモスの服だけでも欲しい、とジリスはねだった。アルは「できません」と言いながら、ひたすら泣いていた。
気が狂ったような発情期だったが、アルは一線を越えることは無かった。アルの強さと、背負うものの大きさを実感した。
ジリスは苦しい発情期に、ここで生きることの限界を感じていた。
(このまま、ここにいたら、僕は壊れる)
そう思った。
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