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Ⅰ竜になれない竜人皇子と竜人子爵の優愛

優しい愛

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<優しい愛>
 「……ランドール? ここは、僕の部屋? これは、夢?」
肺炎と足の炎症の治療が終わった。長く鎮静をかけて眠らせても体力が落ちてしまうため薬剤を切ることになった。薬を切って半日ほど。輝く金の瞳が瞬きをし、夢うつつに俺の名を呼んだ。声を聴けたことに心が震える思いがした。
「はい。アレク様。お目覚めですか?」
ゆっくり話しかける。
「頭が重い。起き上がれないよ」
「長く、寝ていらっしゃいました」
「……そっか」
刺激をしないように、ゆっくり会話する。起き上がろうとする殿下をお支えし、背中に大きなクッションを入れる。肩に掛物をかける。
「頭が、グラグラする」
「元の姿勢に戻りますか?」
「ちょっと起きたいから、いいよ」
「窓を、開けて」
殿下に頼まれ、窓を開ける。柔らかな風。殿下の黒髪がふわりと揺れる。目を閉じて深呼吸される殿下。少し外を見つめる。
「何か口にしますか?」
「いいよ。お腹、すいてない」
それでも、お白湯を渡す。一口飲まれた。
「……美味しい」
ぽつりとつぶやかれる。もう一口飲まれる。
「やっぱり、もうちょっと寝ていい?」
白湯を受け取り、すぐに窓を閉め、殿下を横にする。身体の骨が手に当たる。痩せてしまわれた。
「お休みになるまで、お傍にいてもいいですか?」
殿下はこちらを見ている。手を差し出された。
「ずっと傍にいて。もう、離れないで」
その言葉に、胸が張り裂けそうになった。殿下の手を丁寧に包み込み、ベッドにひざまずく。
「ずっと、いつまでもお傍にいます。生涯をアレク様とともに。命をかけて、お誓いします」
金の瞳が俺を見つめる。その瞳からホロリと涙がこぼれた。そのままコクリと頷き瞳を閉じられる。
アレク様が眠った後、様子を陰から見ていたオリバー殿下・カイト殿下が顔を出す。
「目が覚めたな。ほっとした」
「ランドール、あとは頼んだ」
「手が必要なら、すぐに言え。全面的に協力する」
「必ず様子は知らせてくれ」
「はい。日々のご様子、お伝えします」
これからしばらくは俺とアレク殿下で過ごすことに決まっている。侍女も侍従も入れない。鎮静剤を外し覚醒すれば嫌なことも思い出すだろう。アレク様にとって苦しい時間になる。落ち着いて過ごし精神状態が安定したら、人と会う時間を徐々にとっていく。それまでは長くを共にしたランドールと二人がいいだろう、このように陛下がお決めになった。

 目が覚めてから数日。ゆっくりとした時間。アレク様は、ボーっと過ごされることが多い。好きな読書も少し読んで手が止まる。アレク様の傍には俺だけ。静かだ。時々、アレク様が一枚の絵になってしまったかのように感じる。
 幼少期のお怪我の後は十年一緒に過ごしてきた。今回は二十年でも一生涯でもいい。どこまでも一緒にいる覚悟はできている。

 「ねぇ、ランドール。僕は、何か、悪いことをしたのかな?」
ふと、アレク様が口にされた。アレク様の傍に座る。
「アレク様は、何も悪くありません」
「じゃあ、なんで僕にはひどいことばかりなんだろう……」
遠くを見ている金の輝きが潤む。ホロリ、と星が流れる。
「僕は、生きているのが、苦しいよ」
星が流れるのを見つめた。
「アレク様は、優しい人の顔が浮かびますか?」
問いかける。殿下が目線をこちらに向ける。
「アレク様の頭には、優しい人とは、誰が浮かびますか?」
もう一度ゆっくり語り掛ける。
「……ランドール。……オリバー、カイト。……お姉さま……」
ぽつりぽつりと名前が上がる。
「塔から殿下を落とされた、ご兄弟殿下ですよ? 優しいですか?」
「優しいよ。僕は、オリバー達に落とされたけど、当時、僕のためになると思ってしたことだった。そして、僕のためにって、すごく優しくしてくれた。向き合うのを避けた、僕のほうが悪かったし……」
「そうですね。オリバー様、カイト様たちの謝罪の言葉や、行動は、優しさに満ちています。愛情に満ちたことならば、許すことができますよね。アレク様のお心に残るのは、優しいことでいいのです」
黒い髪を優しく撫でる。
「悪意の言葉や行動は、心を蝕みます。何もしていなくても、急に悪意をぶつけられることもあります。悪意は、とても痛い、苦しいものです。忘れることは難しいでしょう。ですが、それらは、心に留めなくて良いのです」
「アレク様のお心を苦しめている出来事には、優しさがありましたか?」
「ないよ!! あんなの! あんなの……」
殿下の声が震える。流れる涙をそっと拭う。
「……怖かった。辛かった。助けてほしかった。逃げることも出来ない自分が嫌だった」
「……はい」
殿下をそっと抱きしめる。
涙する殿下の、痩せた背中を優しくさする。
「アレク様の周りは、優しさであふれています。苦しいときには、優しさで心を満たしてみましょう。悪意にとらわれていると、周りの優しさに気づかないことがあります。ご家族の皆様は、心から殿下を愛しています」
俺の胸に頭を預けたまま、コクリと頷く殿下。
ゆっくりと続ける。どうか、アレク様の心に届きますように。
「私も、アレク様が何より大切です。愛しています。苦しくて死を望むときは、私も一緒に旅立ちましょう。そうすれば、いつまでも一緒です。いつまでも、あなたを愛情で満たしましょう」
アレク様が顔を上げる。金の輝きが俺を見つめる。
「ランドールが死んじゃうのは、嫌だよ……でも」
ふふっと微笑まれる。
「でも、ずっと一緒にいてくれるんだね」
「はい。天国でも地獄でも」
俺の胸にもう一度頭をあずけてくる。
「ランドールは、温かいね」
その言葉に、胸がいっぱいになる。黒髪を撫でる。
「おや、アレク様のためなら、厳しくもなりますよ。お姉さま方の成人の日に向けた、あの訓練をお忘れですか?」
クスリと笑われる。
「覚えているよ。歩き方が良くない、体力をつけましょうって。うん。確かに厳しかった。でも、あれも優しい厳しさだったね」
少し笑いあった。

 その日から、少しずつ苦しい記憶を話されるようになった。俺はすべて受け止めると決めている。
「途中から、よく覚えていないんだ。何がどうなったか。ランドールの顔は見えた気がするんだよ」
「分からないことは、知らなくていいのですよ。アレク様のお心が、ご自分を守ったのです」
黒髪をそっとなでて、抱きしめる。

「部屋が、窓がなくて。外の風も入らなかったんだ」
「すごく寒かった。布団も服も、なかったんだよ」
「水が欲しくても、誰もくれないんだ」
「脚がとっても痛くて。息がゼイゼイ、変な音がしたんだ」
それらの言葉は、静かに傾聴している。涙されることもなく、淡々と口にされる。その言葉のたびに、抱きしめて包み込んで。
口に出して、心からすべて追い出してしまえばいい。俺が全部受け止めるから。

「ねぇ、ランドール。あんなのが、性行為なら、僕は二度としたくないよ」
ポツリと言われる。
「ランドールは誰かとしたことある?」
「私は、まだありません」
「……そっか」
「多くは覚えてないけど、すごく、苦しいんだ。痛くて、気持ち悪い。しないほうがいいよ」
そっと黒髪をなでる。
「それは、殿下の受けたものが愛のある行為ではないからです。殿下が受けた行為は、悪意の暴力です。本当は、肌を重ねる行為は、愛し合う者がお互いを大切な相手だと確かめ合う行為です。慈しむものです。殿下を襲った者たちは、愛を知らない哀れな者たちだったのですよ」
また、殿下の黒い艶髪をなでる。髪に艶も戻っている。少し食べる量が増えた。歩く量も増えている。顔にも身体にも、うっすら肉が戻ってきている。
「あの人たちは、かわいそうだったのかな」
「はい。悪意を相手にぶつける者は、いつか自身の身を滅ぼします。ただ、そういった哀れな存在がいる、と知るだけでいいのです」
「うん。何となく、わかる気がするよ」
アレク様は心が綺麗で素直だ。恨むことをしない。愛おしくて抱きしめる。ふふっと声が漏れる。
「じゃあ、僕もランドールも、まだ愛のある行為はしたことがないんだね。同じだ」
「そうですね。私は、この先アレク様としか愛し合うことを考えていません。ですから、一生、しないでしょう」
「それは、僕が血の絆の相手になっているから?」
こちらを見上げられる。
「違います。血の絆など関係なく、殿下を愛しています。アレク様のすべてを愛しています。アレク様と出会い、心が打ち震える喜びも、胸の張り裂けそうな慟哭もたくさん知りました。自分の全てを捧げられる、このような気持になる相手は、アレク様だけです」
心を込めてお伝えする。みるみるアレク様が真っ赤になられる。
「ランドールの優しさは、えっと、愛、なんだね」
「はい。オリバー様やカイト様たちの家族の親愛とは違う、恋人や伴侶への愛、です」
「うん。僕も。僕もランドールが好きだよ。優しさで溢れているランドールが大好き」
ニコリと笑ったアレク様の瞳から、ジワリと涙がにじむ。光輝くようなその姿に、その言葉に、心が熱くなる。心の熱が、目じりから溢れる。温かい。温かい涙なんて久しぶりだ。
「私も、愛しています。愛しています」
ぎゅっと抱きしめる。そっとささやく。
「アレク様、愛のある行為を試しても、いいでしょうか?」

そっと触れるキス。数回繰り返すうちに深く貪るようなキスになる。かわいらしい声も、甘い唾液もすべて食べてしまいたい。ビクンと跳ねる細い身体。潤む瞳に、吐息に、声に、アレク様の生命を感じる。身体の奥が熱くなる。
深くキスをしながら力の抜けた身体を膝の上に抱き上げる。細い腕が、そろりと俺の背中に回る。応えてくれている。嬉しい。心臓が喜びでバクバク鳴った。
「嫌ではないですか? 辛くはないですか?」
膝の上の殿下に聞く。
「うん。すごく、気持ちいい。ポカポカする。温かい気持ち」
真っ赤になって照れ笑いをされる。
「私も、です。嬉しくて、心臓が耳から飛び出そうです」
「あはは。ランドール、それを言うなら口じゃないの?」
「いいえ。耳です。世間の表現は間違っています。今、私の耳の奥にドクドク心臓が上がってきています」
ぷはっと噴き出す殿下。二人して声を出して笑った。

 それから、毎日たくさん口づけをする。「愛している」とささやき合う。アレク様はニコニコ笑うようになった。ささやくフリをして、俺の耳を少し噛むイタズラもする。キラキラと瞳が金に輝く。楽しそうに笑う。その笑顔からアレク様の心が流れ込んでくる。

 「ランドールと、してみたい」
ちょっと照れながらアレク様が言う。
「嬉しいです。アレク様。ですが、気分が悪くなったら、すぐに教えてください」
「大丈夫だよ。今は、ランドールの愛情で心がいっぱいだから」
ひょいっと抱き上げる。「わっ」と驚くアレク様を横抱きに、ベッドにそっと降ろす。
アレク様の上にまたがり、そっとお顔を手で包む。
「愛しています。」
そう告げて、深い口づけをする。シャツを脱がしながら、丁寧に舐めていく。
「ちょっと、ランドールくすぐったい!」
アレク様がふふっと笑っている。
「愛とは時に、くすぐったいものです」
「なにそれ」
紅潮した顔で、あはは、と笑う。
「アレク様、このまま進めても大丈夫ですか?」
「うん。なんか、ドキドキする。何、これ」
「私は、殿下の色気に頭の中がドクドクしております。鼻血がでそうな興奮とは、このことかと思います」
「あはは。鼻血が垂れたら教えるよ」
おかしそうに笑う。その口に軽く口づけする。そのまま味わうように白く美しい肌を舐める。

愛しむように大切にアレク様を抱く。動きに合わせて美しい嬌声を溢すアレク様。幸福感と満たされる心に涙が零れる。
「アレク様、愛しています」
そっと囁くと一瞬微笑んで殿下は目を閉じた。優しくキスを落とす。


「……ランドール?」
小さな呼び声。すぐにアレク様の寝ているベッドに駆け寄る。
「目が覚めましたか?」
「うん。……おはよう」
行為の最中で意識が飛んでしまったアレク様。翌朝遅くまでゆっくりお休みになっていた。そっと艶のある黒髪を撫でる。
「ふふ」
可愛らしい口から笑いが漏れる。
「何ですか?」
「大好き」
頬を染めて恥ずかしそうな一言に心臓が飛び跳ねる。愛おしすぎる!
「私も、です」
愛を込めてキスをするが、ふと不安が過る。
「アレク様、ひとつお願いがあります」
「なに?」
「実は、私と血の絆を結び合ったことを一緒に陛下にご報告していただきたいのです。本当は、陛下からアレク様が成人するまで待ってほしいと言われていました。しかし、絆を結んでしまいました。アレク様は皆様から愛されております。ご家族の了承前に、絆を結んだと知れたら、城から追い出されてしまいます。いえ、殺されるかもしれません」
陛下にではなく、あのご兄弟殿下に。
「殺されるなんて、大げさだよ。父上はすごく優しいよ」
「ええ、それは、そうですが。そうなのですが……」
何と言って良いのか困り果てる。
「いいよ」
「みんなに、会いたい。もう、大丈夫」
頬を染めて微笑まれる。腕の中に天使がいる。
「みなさま、喜ばれます」
ただ嬉しくて、アレク様の心の強さに感動して、この溢れる思いが伝わるように願いながら抱きしめた。
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