生きることが許されますように

小池 月

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Ⅳ章 リリアに幸あれ

7 新国王戴冠式典とルドの狙い③

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 「リリア国王! 覚悟ぉ!」

咆哮のような雄叫びと共に空から二頭の雌獅子の襲撃。王族の白き羽を持つ大きな雌獅子二頭。

一頭がルーカス様とタクマ様のオープン馬車に体当たりして馬車を横転させる。もう一頭がミーとロンの乗るオープン馬車を横転させる。

馬車が横転する前に、ルーカス様はタクマ様を横抱きにして大きく飛躍した。ロンは、驚きで身体を固くするミーを抱きかかえ馬車の横転に巻き込まれないよう回避していた。

「きゃー!」
「いやぁ! ルーカス国王!」
「ちょっと! 押さないで!」

沿道の人々がパニックになっている。パレードの護衛がすぐさま二頭の獅子を取り囲む。

「リリアの国王よ! 我々はルドの皇女だ!」

二頭の雌獅子が獣人の姿になる。二人とも二十代ほどに見える若さ。

腕の中の身体を固くしているミーが「お姉さま……」と言葉を漏らす。顔は青ざめガタガタ震えるミーをギュッと抱きしめる。ロンはミーを抱きかかえたままルーカス様の傍に行く。

ルーカス様はタクマ様を抱きかかえたままだ。ルーカス様と襲撃者の間には護衛が数名入り物理的な距離をとる。このスタンスを確保できて少し安堵する。

実は襲撃の可能性を考慮して訓練してきた。まさか本当に襲撃に会うとは思わなかったが、想定道理の対処が出来ている。あとは、沿道の国民がパニックに陥らなければいい。

「ルドの王族か。何用だ? 俺が国王のルーカスだ。まさか、この護衛の中で俺の首を取れるとは思っていないだろう?」

タクマ様を腕から降ろし、後ろに隠してルーカス様が立つ。ルーカス様の凛とした声に周囲の皆がシンと静まる。

「フン。当たり前だ。私たちの目的はお前なんかじゃない。ついでに首でも取れれば万歳だったがな」

ルドの皇女は憎らしそうにこちらを睨んでいる。

「ミゴ! 父上が戻れと言っているのに、なぜ命令に逆らう!? 偉大な我がルド国王の命令に背くとは何事か!!」

急にミーに向かい大声で怒鳴るルドの皇女。途端に身体をビクっと大きく震わせるミー。ガタガタと震えがロンに伝わってくる。「ミー、大丈夫だ。俺の後ろに隠れていればいい」そっと囁き、ミーを降ろし背後に隠す。

「ミーは我がリリア国の神の子である! ルドの命令に従うことなど、ない!」
ルーカス様が皇女に応える。一触即発の空気に緊張が続く。

「ミゴよ! お前がルドに帰るまで、一日一名の小型獣人の獣耳を落としている! お前が戻らないならば、ルドの小型獣人は皆お前を恨むであろうな。お前の代わりに罰を受ける小型は哀れだなぁ! リス獣人から罰を受けているぞ! ほれ! 見るがいい」

一人の皇女が、ガラスの瓶を取り出し高く掲げる。中身、中身は――。

「見るな! ミー、だめだ!」
背後から様子を見ていたミーの目線を遮る。

「キャー!」「嘘だ!!」「いやぁ!」と周囲の悲鳴が聞こえる。掲げられた瓶の中身、それは、切り落とされた獣耳。

「それから、これはルド国王の命令だ!」

「ミゴ、貴様が戻らないがために、我らは死ぬことを命じられた! ミゴ、貴様のようなゴミのために、高貴な我らが死ぬなど、悔しくてたまらんわ! ゴミのミゴよ! 貴様の罪をしかと見よ!」

二人の皇女が小瓶を取り出す。

「ダメだ! 死なせるな! 止めろ!」

ルーカス様の声と、皇女たちが液体を口に入れたのは同時だった。

護衛兵士が直ぐに吐き出させようと近寄るが、あっという間に皇女たちはその場に倒れた。一瞬のうちに口から多量に血を吐き、目を剥いたまま絶命した。悲鳴を上げることもなく。あまりの一瞬な事に周囲の誰もが見ている事しか出来なかった。

徐々にざわめきと悲鳴が沸き上がる。護衛と警備にその場を任せて、ルーカス様とタクマ様、ロンとミーは城に撤収した。戴冠式パレードと祝賀会は中止となった。新国王と神の子の安全が最優先だった。

ミーは青ざめて、ただ震えていた。


 「ミー、大丈夫?」
気分が悪いとベッドに横になったミーをそっと撫でる。昼間の出来事にショックが大きいのだろう。夕食をとることなどできず、震え続けるミー。ベッドに横になっているが眠れていないのは分かる。ロンはミーの傍に寄り添っている。

「ねぇ、ロン。姉様たち、本当に死んでしまったの?」
震える声。

「残念だけれど、即死だった」
しばらく沈黙。震えるミーの背中をさする。

「ねぇ、僕の、僕のせい、かな?」
泣き声になるミー。

「それは、違う。絶対にミーのせいじゃない。死を選んだのは彼女たち自身だ」

「だけど、あの獣耳は? あれは、本物の切り取られた耳、だよね? 罪のない、小型獣人の、耳だよね……」

現場に残された瓶も調べた。確かに獣人の獣耳で間違いなかった。正直に「本物」とは言わないほうがミーのためかもしれない。答えに迷って、返事が出来ずにいた。

「いいよ。分かっている。ルドってそういう国だから。僕がそうされてきたから、分かるよ。きっと、本当に一日一人の獣人が犠牲になっているんだ……。ねぇ、ロン。僕が、僕が空を飛んでルドに帰ったら、もう犠牲になる獣人はいなくなる、のかな?」

小さな震える声に、頭が熱くなる。

「それは違う! いいか、ミー。これはルド国の政治的考えの問題であって、ミーが帰ったとしても何も解決しない! 自分のせいとか考えたら絶対ダメだ! 欲しいものを暴力で脅して手に入れるなんて間違っているんだ!」

声を荒げるロンに驚いたミーがこちらを見る。大きな瞳から涙がほろりと流れている。

「あ、大きな声を出してゴメン。ミー、今日は疲れたよね。ゆっくり休もう。ほら、眠れるように尻尾を梳かすよ」
「……うん」

力なく頷くミー。優しくミーを横向きにして、そっとそっと尻尾を梳かす。艶やかな茶色の愛らしい尻尾。そっと尻尾にキスをして、透かし彫りのつげ櫛で丁寧に。震える小さな身体が寝息をたてるまで、ロンは尻尾を撫で続けた。



ミーが寝入ってから、ルーカス様の部屋にうかがった。
「失礼します」と入室するとタクマ様も起きていた。

「国王陛下、夜分に申し訳ありません」
「いいさ。ミーが寝たら来るように命じたのは俺だ。ロン、楽にしろ。俺たちだけだ。いつものようにして構わない」
「はい」
膝をついた姿勢から体を起こす。

タクマ様を見れば青い顔。この場にいて大丈夫か心配になる。

「ロン君、僕のことは気にしないで。こんな時だから一緒に考えたいんだ。大丈夫だから」
ロンの心配を見抜いたようなタクマ様の言葉。有難くて鼻がツーンとする。

「ほら、ロン。こっちに座れ。茶くらいは用意してある」
ルーカス様に促されて豪華なソファーセットに座る。温かいお茶と茶菓子を用意して侍女が退出する。室内にはルーカス様とタクマ様とロンのみ。

「さあ、これからどうするかを考えるか。まず、俺の考えから話していいか?」
「はい。お願いします」

ロンが返事をする。タクマ様はコクリと頷いていた。

「今日のルドの皇女たちのことだが。死を強要されて、意に添わなくてもそれを実行していた。そのことからルド王の精神的支配の大きさが分かる。洗脳しきっているのだろうな。そして、そんなルドといつかは対局する時が来る。それを確信した。戦争も視野に入れておくべきだと感じた。そして、ルドが求めるものはミーだ。ルド王が欲しているのはタクマではなく、ミーだ。やはり王家の白き羽が目を引くのだろうな」

ロンは嫌な予感がしてたまらずに声を立てる。

「ルーカス様! ミーは渡さない! ミーは俺が守ります! ルドになど、絶対に渡したくない!」

横でタクマ様がコクコク頷いているのが見える。

「ミー君は、これまでの辛いことを言ったことがありません。自分に起きたことを口にしません。それはミー君の抱えるモノが大きすぎて表に出せないだけだと思います。そこを刺激したらミー君の心が壊れてしまわないか心配です。これ以上の苦痛はミー君に経験させてはいけないと思います。ルドになんか、帰したらだめです!」

珍しく自己主張をするタクマ様を見つめた。手が震えている。タクマ様も何か抱える思いがあるのだろうか?

「大丈夫だよ。分かっているよ、タクマ」
タクマ様の震える手をそっと手で包むルーカス様。見つめ合う二人から大きな愛を感じた。

「さて、ロン。もしルドが我が国に攻めてきたとして、支配できると思うか?」

支配? そう問われると考える。天の川で分断された二国。攻めることが出来ても、その後の支配統制はどうしても無理がある。広大な互いの領土。川を挟んで全て遠隔で支配するなど無理だ。

「出来ないですね。逆にルドを我々が支配することは出来ない、と思います」

「その通り。今、ルドがしていることはお子様の癇癪みたいなもの、と俺は思う」

かんしゃく?

「後先考えずその時の感情で動いている愚かな行為にすぎん」

「ただ、ミー君を欲しいだけってことですか?」

「おそらく、な。そこにどんな意図があるのか分からないが」

大きく息をついてお茶を飲むルーカス様を見る。

「俺たちはミーを渡さない。ルドからはミーと我が国を守る。そのために沿岸警備の強化と防衛のための対策をしよう。それがこの場で共有したい方向性だ」

凛とした発言に背筋がピンとなる。ゾクリと走る何か。ロンはルーカス様こそが国王であると感じた。この方は国王の素質が備わっている。

「御意」

自然と床に膝をついて返事をした。はっきりと方向を示していただけて嬉しかった。
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