猫のハルタと犬のタロウ

小池 月

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春人と虎太郎

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<春人と虎太郎>
 「暑い。焦げそうだ~~」
「俺の日陰に入れば?」
「デカいアピールか。この野郎~」
一緒にいることが自然になった虎太郎君をどつく。雅樹は軽く笑っている。
夏休み。一学期に転校してきた虎太郎君と雅樹と三人で夏期講習に通っている。転校してきてどの塾がいいか分からない虎太郎君と、もともと勉強嫌いで塾に通っていない雅樹。二人とも僕が行っている塾に入った。まだ夏休み始まったばかりなのに、すでに勉強地獄になりそうな予感。志望校どうしようか悩んでいる。雅樹と虎太郎君は頭がいいから都会の有名大学かな。ばらばらになったら寂しい。離れることを考えると胸が痛む。
「虎太郎君は大学決めた?」
「ん? まだ迷っているよ。ギリギリまで考えようかな。ハル、受けるとこ決めたら教えて」
「あ~、頭のいい奴の余裕を感じる。雅樹と一緒に東大受けちゃえば?」
「お、一緒に狙うか?」
時々東大ネタを出すと必ず雅樹が乗ってくる。進学に悩んでいたみたいだけど吹っ切れたようで良かった。
雅樹は少し変わった。もともと勘が鋭くて先読みできる優しい奴だけど、気に食わないモノは切り捨てる鋭いところがあった。最近は柔らかい空気になった。雅樹が大人になったように思える。最近カッコいいと女子が騒いでいるのも知っている。雅樹に彼女が出来たりして。ふふっと笑いが漏れる。
「なに? むっつり笑い?」
「ハルト、欲求不満か~?」
「違うって。あ、そう言えば、虎太郎君の話していた犬と猫の話。あれ、その先が気になって仕方ないんだよ。どこの本の話? ネット?」
「あ~、あれは、どこのだったかな」
「忘れちゃったの? 続きはないの?」
「まだ結末まで分かっていない話なんだ。あれで終わりじゃないよ」
「ハッピーエンドだよ」
雅樹が言い切る。もう一度「ハッピーエンドだから心配しなくていい」と言う。その真剣さに「そうなんだ」と頷いておいた。

 あんまり勉強をしていると眠くなる。塾の後、駅近くのマンションに住んでいる虎太郎君の家に集まっている。食後で程よい疲れにエアコンの心地よい空調。うつらうつらする。
「ちょっと休む?」
「うん。昔から眠気に弱いんだよね。冬のお日様とか午後のあったかい時間とか、朝の二度寝とか」
猫のように、ぐうっと伸びをする。そんな僕を見る虎太郎君は最高に優しい顔をする。
「ベッド使っていいよ」
「いいよ。人んち来て昼寝にベッド使うなんて、どんだけ図々しいんだよ」
「いんじゃね? 三十分したら起こしてやるよ。この間みたいに机に突っ伏して寝るほうが俺らも困るわ」
「それは、迷惑かけてゴメン」
雅樹に謝る。
虎太郎君の布団。ちょっとドキドキする。虎太郎君は安心する匂いがする。近くに居るだけですぐ分かる。この匂いに包まれて昼寝か。涎が出る誘惑だ。
「はい、どーぞ」
掛け布団を持ち上げる虎太郎君。誘惑に勝てず、ふらふらとベッドに入り込む。布団に入り込むと安心する優しさに包み込まれた。ここは大好きな……の場所だ。不思議な幸福感に包まれて目を閉じた。

 あ、この温かさは知っている。守られる安心感。大きくて逞しい身体、大好きな匂い。やっと僕のところに戻ってきてくれた。嬉しくて温かなお腹に寄り添う。もう、どこにも行かないで。独りにしないで……。大好きな名前をつぶやいてみた。懐かしい大好きな……。
途端に、ぎゅ~っと強く抱きしめられる。
「うわ、え? あれ? 何?」
ビックリして覚醒する。緩む拘束。困った顔の虎太郎君。僕は、虎太郎君に抱き着いていた。何の夢を見ていたのか虎太郎君を完全ホールドしている。
「うわ! あの、ゴメン」
すぐに離れて飛び起きる。何してんだ、僕。
「寝ぼけたみたい。ほんと、ごめんね。家で大きなシベリアンハスキーのぬいぐるみに抱き着いて寝てるんだよ。癖で抱きついちゃったのかな。ははは」
あぁ、しまった。焦って余計な事言った。高校生男子が、ぬいぐるみと寝ていることをバラしてしまった。もうだめだ。穴があったら入りたい。
「あ、雅樹は?」
「帰ったよ」
「って一時間もたってるじゃん。起こしてよ~」
「気持ちよさそうだったから。何の夢、見ていたの?」
「あ~、もう覚えてないや。懐かしいような夢かな? 起きるまでは分かっていたんだけど」
伸びをして顔を触ったら濡れていた。僕、泣いていたのか。最近時々ある。寝ている時に泣いていること。だから虎太郎君は夢の事を聞いたのか。
 虎太郎君は優しい。今日なんて抱き枕にしていたのに文句の一つも言わない。どうしてこんなに優しいんだろう。
 勉強はやる気が起こらず、そのまま帰宅した。帰りは断っても虎太郎君が送ってくれた。僕は姫かよ、むず痒い感覚だ。

 毎日、居眠りしながら勉強ばかりしている夏休みが終わった。僕の学力は上がらず平均並み。志望校は県内の私立大学を第一志望にした。虎太郎君が志望校を教えてと毎日言っていたから進路については伝えている。雅樹と虎太郎君はかなり悩んでいるみたいだ。頭が良いと悩む幅も広いのかな。
夏休みから不思議な眠気が付きまとう。気が付くと寝てしまうことが多くて自分でも怖い。受験ストレスってすごいのだと実感している。一度、雅樹の家で虎太郎君の膝の上で寝ていた時には驚いた。厚い胸板に寄りかかっていた。とんでもなく恥ずかしかった。どうしてそうなったのか覚えていない。そして虎太郎君も雅樹も僕を起こさない。たたき起こして怒っていいよ、と伝えても柔らかく笑うだけ。世の中には眠気に襲われる病気もあるとネットに書いてあった。一回病院行こうかと真剣に考えている。

 「今日先に帰っていて。僕、先生と二者面談。進路相談なんだよ」
「待っているよ」
「いいよ。終わったら塾向かうね。また塾でね」
虎太郎君と雅樹に伝える。県内の私立大学と隣県の大学を受ける。できたら三校受けてみようかと思っている。そこまで決めているから進路相談も直ぐに済むはず。ついでに保健室の先生に眠気について相談しようかと思っている。
 暑さが残る九月。暑いなぁと廊下を歩く。一階の進路指導室に向かわなきゃ。暑くてめまいがする。違う、コレは眠気か?
「危ない!」
虎太郎君の声。まだ残っていたのか。眠くて平衡感覚が狂う。あっという間に階段を半分転げ落ちていた。痛みで目が覚める。
「いたぁ~」
あちこちぶつけた。起き上がれずうずくまると、駆け付けた虎太郎君に抱き起される。
「ハル! 大丈夫か? 痛いとこは?」
「う~、すぐ、分かんない……」
その場で頭や手足を触られる。触れられると痛いところがあった。
「うん。頭は打ってないね。あと、手足の骨も大丈夫かな。これなら運べる。保健室行くけど途中痛かったら我慢しないで教えて」
急に持ち上げられる。お姫様抱っこ。
「わ、いいよ。歩いていくから」
「だめ。どこケガしてるか分からないから」
見上げる虎太郎君が真剣な少し怖い顔。迫力に負けて抵抗するのをやめた。ズンズン運ばれると少数残っている生徒たちに注目される。一階の端の保健室まで汗が止まらなかった。
 保健室で診てもらうが腕や足の打撲だけで済んだ。ベッドに横になっているうちに虎太郎君が荷物を取りに行ってくれる。進路指導は別日になった。ベッドにいると、また眠くなる。ウトウトすると大きな手が頭を撫でる。知っている名前を呼んだ。夢の中で沢山呼んでいる名前。耳元で泣き声がする。
「ハル、無事でよかった。心臓が止まるかと思った。もう痛そうなハルの姿は見たくないんだ。少しの怪我もしないでよ。ハルが倒れるのも、死ぬのも、もう見たくないよ。怖いんだ。辛いんだ。ハル、ハルタ。そろそろ戻ってきて」
ゾクリとした。僕の横で不安そうに泣いている。虎太郎君が、タロが悲しんでいる。凛としたかっこいいタロが寂しそうに涙をこぼしている。途端に頭に光が差した。

 そうだ。僕、猫のハルだった。

タロのことが大好きなハルタ。ハル、タロウが泣いているよ。そっと心に声をかける。僕の中で飛び起きたハルがタロを慰めなきゃと、にゃ~にゃ~鳴く。そうだね。僕は春人でハルタだよ。半分が寝ていたから眠くて仕方なかったんだ。タロに、虎太郎君に会いに行こう。僕の中のハルを抱きしめる。
 「タロ」
呼びながら、目を開けた。虎太郎君は泣いていた。カッコいい顔をゆがませて涙を流していた。その頬をそっと手で覆う。涙を拭きとり、そのまま首に腕を回し抱き着く。
「ハル……?」
信じられないとゆう顔をしているタロ。
「タロ、大好き。泣かないでタロ」
唇をそっと重ねる。すぐに覆いかぶさるように深いキスをするタロ。口の中を嘗め回されると犬のタロが猫のハルにしていた毛づくろいを思い出す。タロも虎太郎君も気持ちいい舌だ。懐かしくて嬉しくて、口の中の存在に吸い付いて嘗め回してみる。ゾクリとする快感。心臓がトクトク走り出す。無我夢中でしゃぶりついてタロと唾液まみれになる。虎太郎君の興奮した顔が色っぽい。急に上着を捲り上げられ首や鎖骨、脇腹を手でさすられる。タロの熱を肌で感じる。「ふぅっ」と小さな声を上げてしまった。途端に胸の小さな突起に食いつかれる。あまりに突然の強い刺激に「い~~!」と身体を反らせて駆け抜ける震えをこらえる。気持ちいい。この先を期待して互いに目を合わせてゴクリと唾をのむ。
「か、帰ろうか……」
声をかけると、はっとしたように僕の服を元に戻すタロ。こんなことをしている場所を思い出し二人でこっそり笑った。

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