おとぎ日和

天乃 彗

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赤ずきん

02 狼くんの恋心

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「へ? 今日の放課後に?」

 自分の教室に戻る際、4組の教室に立ち寄った。教室の入り口から名前を呼ぶと、とてとてと近づいてきた。

──うーん、確かに、シンタロじゃなくても可愛いって思うかも。

 なんて、変に納得をする。

「うん、5組の教室で。急だけど委員会で集まりがあるらしくて」

 あくまで自然な感じで笑いながら、綾子は嘘の情報を流す。騙せる自信はあった。何故なら──

「うんっわかった! わざわざありがとうおばあちゃん! 放課後にまた会おうねー!」

 素直と言うか、単純というか。茜が人を疑うような娘ではないことは、会話をするようになってすぐにわかった。だから少しくらい無理がある嘘でも、騙されてくれるだろうと思ったのだ。

「うん、じゃあ放課後に」
「ばいばーいっ」

 さて、これで呼び出しは完了だ。
 綾子は5組の方をちらりと見る。綾子の役目はここで終わりだ。ここからは、綾子は手を出せない。すべては慎太郎の頑張りにかかっている。

──うまくやれよ? 

 内心でそう呟きながら、思い出し笑いを隠すために口をへの字にまげて歩いていった。


 * * *

 5時限目、どう頑張ってもソワソワしてしまうから、慎太郎は落ち着くことを諦めた。いつもなら開始5分で眠りにつき、そのままチャイムがなるまで夢の世界に入り浸るのだが、今日はそうもいかない。ゆっくりと、確実に時を刻む秒針を睨み付けながら、ただひたすらに考えを巡らせていた。

──何て言おう。何を言おう。

 伝えたいこともたくさんあるのに、どれもこれも胸の途中でつかえて頭まで届かなかった。これじゃあ、告白なんかできやしない。慎太郎は目の前に開いただけのまっさらなノートがあることに気がつく。

──そうだ。思い出して、書き出して、まとめよう。俺の、江頭に対する気持ち。

 そうすれば、本番にすらすらと言葉が出てくるかもしれない。筆箱からシャープペンシルを取り出して、一番上の行に黒い丸を書いた。

──最初に意識しだしたのは、いつだっただろう──。


 * * *


 親の仕事の都合で、高校からは全く知らない土地で暮らすことになった。友達と別れるのはつらかったが、慎太郎は新しく住む土地の高校に入学を決めた。
 なんせこの顔だ。周りの人と馴染めるかは不安だった。案の定、慎太郎に近づいてくる人はいなかった。笑顔を見せても怯えられ、じゃあどうすりゃいいんだ、と拗ねたように一人でいた。それが、まずかったのだろうか。いつの間にか、「大上慎太郎はまじで危ない奴」「何かをやらかしてこっちに逃げてきた」「先生を病院送りにした」など、根も葉もない噂が流れてきたのである。それが嘘である証明をする知り合いもなく、慎太郎は校内でどんどん孤立していった。
 休み時間は寝たふりをしてやり過ごし、昼休みは教室からそっといなくなって時間を潰した。いよいよ学校の楽しさを見いだせなくなった、そんなある日のことだった。
 いつものように、4限終了のチャイムと共に教室を出ようと、鞄を持って歩き始めたら、後ろから小さい声がした。

「あれっ、大上くん、落としたよ?」

 床から何かを拾い上げた江頭茜が、慎太郎に話し掛けてきたのだった。茜が持っていたのは、慎太郎が小学生の頃から使っている、キャラ物のハンカチだった。いつもいつも、ハンカチとティッシュだけは母親に持たされていたのだが、まさか、クラスメイト(しかも女子)に見られてしまうなんて。慎太郎は慌ててそれを取り返そうとして、つい大声を出してしまう。

「あっ……!」
「これ──可愛いハンカチだね?」

 慎太郎が大声を出して、茜に向き合っている──そんな様子に、クラスメイトは騒めき始めた。茜の友達は茜を取り巻き、すかさず慎太郎と茜の距離を離す。

「バカッ! 何してんの茜! 迂闊に近づいたら何されるかっ──!」
「え? でも……」

 友人が制するのも聞かず、茜はきょとんとした顔で、持っていたハンカチを広げた。クラスメイト全員に見えるように。茜のまさかの行動に、慎太郎は固まった。これ以上、恥ずかしい思いをさせないでくれ──! 

「大上くん、こんな可愛いハンカチ持ってるんだよ? 怖い人は、こんな可愛いハンカチ持ってないと思うなぁ」

 騒ついていた室内が、静まり返った。ハンカチに集まっていた視線が、一斉に慎太郎へと移る。どうしていいかわからず、目を泳がせた。すると、茜は畳み掛けるように、次の言葉を発した。

「それにね? あたし見ちゃったんだけど、大上くんね? 中庭でご飯食べながら、自分のパン鳥さんたちに分けてあげてたよ? 優しい人だなぁって思ったもん!」
「みっ、見て──」

 見てたのか、と言おうとして、慌てて口を塞いだ。それを言ってしまったら、事実を認めることになる。
 しかし、もう遅かった。言い掛けて途中で止めたその様子こそが、それが事実である裏付けになってしまったのだ。室内はまた騒めき始め、慎太郎へと視線が集まる。
 茜はなおも言葉を続ける。彼女にとってはなんてことない──慎太郎にとっての、救いの言葉を。

「きっとね、みんな大上くんのこと誤解してるよ? だってだって、大上くん、よく見るとすっごい綺麗な目してるもん!」

 そう言って茜は、何の汚れもない純粋な笑顔を慎太郎に向けた。人に笑みを向けられたのは、すごく久々で──ぽかんと口を開けたまま、茜を見ていた。
 茜は思い出したように、持っていたハンカチを慎太郎へ差し出した。ぎこちなくそれを受け取る。

「それ、何かのアニメのキャラ? 可愛いねー」

 茜が自分に話し掛けていることにやっと気付いて、慎太郎は小さく言葉を返す。

「……ぁ、昔、やってたアニメの……“それいけ!ゴン太くん”ってやつ……」
「へー! そうなんだっ」

 茜はニコニコと笑いながら、特に怯える様子もなく、慎太郎に話し掛けている。それに驚いていると、クラスメイトから小さく声があがった。

「……それ見てたわ……」
「えっ嘘、お前も?」
「俺も。つか多分、昔あのハンカチ持ってた」
「まだ持ってる奴がいるとは……」

 ぽつりぽつり。クラスに笑いが生まれた。その笑いの中心にいる慎太郎は、わけもわからずハンカチを握り締めていた。

──な、なにが起こって……。

 そのまま立ち尽くしていたら、クラスメイトの一人──最初に、アニメを見ていたと言った男子が、慎太郎の前に歩み寄った。慎太郎は驚いてその男子を睨み付けてしまう。男子は一瞬怯んだが、それを隠すように声をはった。

「……俺、大上のこと誤解してたかも。えと……一緒に飯食わね? ……ゴン太の話でもしながら」

 張り詰めていた空気が、和らいだ。その時やっと、自分はみんなに受け入れてもらえたのだと、気付くことができた。そのきっかけを作った茜を横目で見ると、やっぱり変わらない笑顔で、ニコニコと笑っていた。


 * * *


 思えば、その笑顔に、もう惹かれていたのだろう。その日から徐々に噂もなくなり、クラスメイトも、他のクラスの人たちも、慎太郎と仲良くしてくれるようになった。もちろん、茜も怯えることなく、同じように接してくれた。慎太郎に笑顔を向けてくれた。クラスメイトがそうやって打ち解けてくれるのも嬉しかったが、茜が自分に笑みを向けてくれるのはもっと嬉しかった。もっと茜の笑顔が見たいと思うようになり、もっと仲良くなりたいと思うようになった。それが恋であることには、すぐ気付いた。
 しかし、見た目のわりに、慎太郎は臆病だったのだ。クラスメイトとして、仲良くできるだけでも幸せなのに、告白でもして関係が壊れたら、どうするのか。うまくいかなかったとして、失恋した相手が同じクラスにいる、という状況に、自分は耐えられるのか。そんなことをもんもんと考えている間に進級してしまい、茜とクラスが離れてしまった。ただでさえ接点がなかったのに、余計に関われなくなってしまった。
 しかし、慎太郎は考えた。これは逆にチャンスではないか? “同じクラス”という枷がなくなった。行くなら今しかない。怖いものは何もない。
 何もない、はずなのだが。やっぱり、振られてしまうのが怖くて、2年になってからすっかり時が経ってしまった。ようやく覚悟を決めて、今日に至る。

──俺、チキン……。

 書き出せなかった真っ白のノートを見て、ため息を吐く。結局──。
 慎太郎はノートにさらさらと文字を書く。

──言いたいことって、これだけなのかもな。

 “好きだ。”乱暴な字で書かれた文字。あれこれ考えたって、当たって砕けるしかないのだろう。ぼうっとその文字を眺めて、授業ノートに何をしてるんだ、と慌てて文字を消した。それと同時に終了のチャイムが鳴り、心臓が飛び出るくらい驚いた。

──いよいよだ。


 * * *
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