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狐系教師警報
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どうしても信用できない三人の為に、先生は自身の保険証を見せてくれた。そこにはきっぱりと、『狐塚雅、性別女』と書かれていた。
「ま、まさじゃなかったんだ……名前……」
「うん、名前のこともあるし、この顔と声もあって、よく間違えられたんだ、昔から」
困ったように笑みを浮かべた先生に、こっそり罪悪感がわく。あたしも完全に間違えてたし、かける言葉が見つからない。
「じゃあ、どうして、そんな紛らわしい振る舞いを……」
シバケンの疑問は最もだ。綺麗な顔立ちをしているんだし、スカートを穿いたり、メイクを変えたり、声をもう少し高く出すよう心がければ、今よりも女らしくなるんじゃないか。
「いやあ、あまりにも間違えられるもんだから、いっそ騙してやろうと思ってね? 種明かしをした時の相手の顔がとても滑稽で滑稽で」
「……」
ああ、神様。どうしてあたしの周りには性格に難がある人ばかり集まるのでしょうか。猫馬鹿俺様だったり、セックス依存症だったり、性格歪んでたり!?
「それに、こんな顔だからか、今まで恋愛がうまくいったためしがなくてね。恋人より女性にモテてしまうことなんてざらにあったし」
「……ちょっと想像ができてしまう」
こんなにかっこいいんだもんなぁ、と、先生の顔をまじまじと見ながら考えてしまう。すると、目が合った先生が、あたしに向けて自虐的な笑みを見せた。
「だから、君たちを見ていたら少し恨めしくなってしまってね。少しからかってやろうかと思ったんだよ。私になびかない子ってなかなか居ないし」
「ケッ……ふざけやがって」
タマが顔を歪ませた。すっかり騙されていたこと──ひいては、自分が『女性に』ヤキモチをやいていたことが相当ショックだったのだろう。さっきから険しい顔ばかりしている。
「──でも」
「でも?」
「菜月さんは、なんだかんだ言って君に夢中みたいだからね。無駄だったよ」
「ちょっ……! 先生、何言って!? 調子に乗るんで、やめてください!」
「本当のことだろう?」
そう言われると、とっさに返す言葉がない。一瞬言葉を詰まらせると、案の定調子に乗ったタマがにやにやとあたしを見た。さっきまで不機嫌そうだったのに、単純すぎるやつ。
「にしても、何でマトさんはわかったんですか、先生が女性だって」
話題はマトさんへ。マトさんは「逆に何でわからなかったの?」と言わんばかりの顔であたしたちを見ている。
「普通、ぱっと見でわからない? この人とは子どもが作れる、この人とはセックスできるって。本能で」
「思いのほか最低だった」
「マトさんが最低なんてわかりきったことじゃない……」
やれやれ、とため息をつく。でも、今回はその最低な面のおかげで助かった節もあるので、何とも言いがたい。すると、マトさんの包み隠さない物言いに、先生がもじもじとし始めた。
「君……名前は」
「僕は宇佐美真兎といいます」
「そうか……マトくん」
すると、先生は、マトさんの手をがっちりと両手で掴んだ。そして、意を決したように、マトさんを見る。
「私を……女にしてくれないか?」
「──待って、先生!?」
話の流れが意味わからない方向になってきたことに動揺を隠せない。先生は、少しだけ頬を紅潮させながら、マトさんに迫る。
「私とも……その、セ、セックスが出来ると言ったね?」
「はい、勿論です」
「マトさんも普通に答えない! 何この会話!?」
「さっきも言ったが、私は恋愛経験があまり豊富ではない。その、恥ずかしながら、この年になっても、まだ未経験なんだ」
「先生!! ストップ!」
あたしの突っ込みなんて聞こえていない。先生は、至って真剣に、マトさんに『お願い』をしている。
「正直、今日会ったばかりでなんだが、私を女と見抜いた君にえも言われぬ感情を抱いている……。頼めるのは君しか居ない。頼む、私を女にしてくれ」
ああもう、完璧に置いてけぼり。先生、大人だ、素敵だって思っていたけど、化けの皮を脱げば、こんなにも、余裕ゼロの、少女のような人。こんなお願い、マトさんが断るわけない。今すぐにでもホテルか、例の部屋に行って……ってなるに違いない。それは、いろいろと、公序良俗的にも、よくない!
「いいですよ」
──ああ、やっぱり!
目眩が起きそうになる。マトさんはにっこり笑って、先生の手を握り返す。
「……でも、一応、菜月ちゃんとの約束があるので──まずはお友達からってことでどうでしょう?」
「!」
その言葉に、誰よりも驚いたのはあたしだ。マトさん、一応、反省はしていたの? マトさんをガン見していると、マトさんがあたしに投げキッスをしてきたので何も言わず目を逸らした。
「雅さん、手があいたら、僕と一緒に回りましょうか?」
「──ああ! よろしく」
先生は、マトさんの言葉にふにゃりと笑った。とりあえず、これで一件落着らしい。
「……というか、俺らもそろそろ戻らないとまずいんじゃ」
「ああっ! 本当だ! もうとっくに始まってる!」
「オラ! てめえらいそげ!」
「誰のせいでこんなに時間食ったと思ってるのよバカ猫!」
「あーん、待ってよ! ケンにーに、用事終わったらユウと回るんだよ!?」
ドタバタと、医務室を後にする。なんだかいろいろあったけれど、あたしたちの文化祭は、まだまだ始まったばかりなのだ。
* * *
「……賑やかな子たちだなぁ」
「ええ、そうですよね」
医務室に残された雅とマトは、去っていった四人の背中を眺めながら呟いた。
「あんな子もいるんだね。真っ直ぐで、人を引き寄せる」
「菜月ちゃんのことですか?」
マトの問いかけに、雅はコクリと頷いた。
「なんだか私が、狐につままれた気分だよ」
そう言ってくすくす笑った顔が、今までで一番女性らしくて素敵だと思ったことを、何となく言いそびれてしまった。
──何であんなことを言ったのだろう。
マトは自分の発言を思い返しては、首を傾げる。女性が──しかも初物が、“抱いてください”と申し出たのだ。据え膳食わぬは男の恥、なのに。鴨がネギ背負ってやってきた、のに。以前の自分だったら、早速と言わんばかりに押し倒していただろうに。
──ああ、そうか。
あの時、僕を見てきた瞳が、あまりに真っ直ぐで、どこか、あの時の菜月ちゃんに似てたんだ。だから、僕も、この人と、真摯に向き合ってみようかなって思えたんだ。そんなことを考えたら、なんだか笑えた。変っていたのは、ユウだけじゃない。こんなに簡単に変るものなのか、と、思うと──
「僕もです」
と言わざるを得なかった。
* * *
狐系教師警報、発令中。
化かした狐も、化かされて。華麗に化かされたのは──もしかしたら、ここにいる全員、だったのかもしれない。
「ま、まさじゃなかったんだ……名前……」
「うん、名前のこともあるし、この顔と声もあって、よく間違えられたんだ、昔から」
困ったように笑みを浮かべた先生に、こっそり罪悪感がわく。あたしも完全に間違えてたし、かける言葉が見つからない。
「じゃあ、どうして、そんな紛らわしい振る舞いを……」
シバケンの疑問は最もだ。綺麗な顔立ちをしているんだし、スカートを穿いたり、メイクを変えたり、声をもう少し高く出すよう心がければ、今よりも女らしくなるんじゃないか。
「いやあ、あまりにも間違えられるもんだから、いっそ騙してやろうと思ってね? 種明かしをした時の相手の顔がとても滑稽で滑稽で」
「……」
ああ、神様。どうしてあたしの周りには性格に難がある人ばかり集まるのでしょうか。猫馬鹿俺様だったり、セックス依存症だったり、性格歪んでたり!?
「それに、こんな顔だからか、今まで恋愛がうまくいったためしがなくてね。恋人より女性にモテてしまうことなんてざらにあったし」
「……ちょっと想像ができてしまう」
こんなにかっこいいんだもんなぁ、と、先生の顔をまじまじと見ながら考えてしまう。すると、目が合った先生が、あたしに向けて自虐的な笑みを見せた。
「だから、君たちを見ていたら少し恨めしくなってしまってね。少しからかってやろうかと思ったんだよ。私になびかない子ってなかなか居ないし」
「ケッ……ふざけやがって」
タマが顔を歪ませた。すっかり騙されていたこと──ひいては、自分が『女性に』ヤキモチをやいていたことが相当ショックだったのだろう。さっきから険しい顔ばかりしている。
「──でも」
「でも?」
「菜月さんは、なんだかんだ言って君に夢中みたいだからね。無駄だったよ」
「ちょっ……! 先生、何言って!? 調子に乗るんで、やめてください!」
「本当のことだろう?」
そう言われると、とっさに返す言葉がない。一瞬言葉を詰まらせると、案の定調子に乗ったタマがにやにやとあたしを見た。さっきまで不機嫌そうだったのに、単純すぎるやつ。
「にしても、何でマトさんはわかったんですか、先生が女性だって」
話題はマトさんへ。マトさんは「逆に何でわからなかったの?」と言わんばかりの顔であたしたちを見ている。
「普通、ぱっと見でわからない? この人とは子どもが作れる、この人とはセックスできるって。本能で」
「思いのほか最低だった」
「マトさんが最低なんてわかりきったことじゃない……」
やれやれ、とため息をつく。でも、今回はその最低な面のおかげで助かった節もあるので、何とも言いがたい。すると、マトさんの包み隠さない物言いに、先生がもじもじとし始めた。
「君……名前は」
「僕は宇佐美真兎といいます」
「そうか……マトくん」
すると、先生は、マトさんの手をがっちりと両手で掴んだ。そして、意を決したように、マトさんを見る。
「私を……女にしてくれないか?」
「──待って、先生!?」
話の流れが意味わからない方向になってきたことに動揺を隠せない。先生は、少しだけ頬を紅潮させながら、マトさんに迫る。
「私とも……その、セ、セックスが出来ると言ったね?」
「はい、勿論です」
「マトさんも普通に答えない! 何この会話!?」
「さっきも言ったが、私は恋愛経験があまり豊富ではない。その、恥ずかしながら、この年になっても、まだ未経験なんだ」
「先生!! ストップ!」
あたしの突っ込みなんて聞こえていない。先生は、至って真剣に、マトさんに『お願い』をしている。
「正直、今日会ったばかりでなんだが、私を女と見抜いた君にえも言われぬ感情を抱いている……。頼めるのは君しか居ない。頼む、私を女にしてくれ」
ああもう、完璧に置いてけぼり。先生、大人だ、素敵だって思っていたけど、化けの皮を脱げば、こんなにも、余裕ゼロの、少女のような人。こんなお願い、マトさんが断るわけない。今すぐにでもホテルか、例の部屋に行って……ってなるに違いない。それは、いろいろと、公序良俗的にも、よくない!
「いいですよ」
──ああ、やっぱり!
目眩が起きそうになる。マトさんはにっこり笑って、先生の手を握り返す。
「……でも、一応、菜月ちゃんとの約束があるので──まずはお友達からってことでどうでしょう?」
「!」
その言葉に、誰よりも驚いたのはあたしだ。マトさん、一応、反省はしていたの? マトさんをガン見していると、マトさんがあたしに投げキッスをしてきたので何も言わず目を逸らした。
「雅さん、手があいたら、僕と一緒に回りましょうか?」
「──ああ! よろしく」
先生は、マトさんの言葉にふにゃりと笑った。とりあえず、これで一件落着らしい。
「……というか、俺らもそろそろ戻らないとまずいんじゃ」
「ああっ! 本当だ! もうとっくに始まってる!」
「オラ! てめえらいそげ!」
「誰のせいでこんなに時間食ったと思ってるのよバカ猫!」
「あーん、待ってよ! ケンにーに、用事終わったらユウと回るんだよ!?」
ドタバタと、医務室を後にする。なんだかいろいろあったけれど、あたしたちの文化祭は、まだまだ始まったばかりなのだ。
* * *
「……賑やかな子たちだなぁ」
「ええ、そうですよね」
医務室に残された雅とマトは、去っていった四人の背中を眺めながら呟いた。
「あんな子もいるんだね。真っ直ぐで、人を引き寄せる」
「菜月ちゃんのことですか?」
マトの問いかけに、雅はコクリと頷いた。
「なんだか私が、狐につままれた気分だよ」
そう言ってくすくす笑った顔が、今までで一番女性らしくて素敵だと思ったことを、何となく言いそびれてしまった。
──何であんなことを言ったのだろう。
マトは自分の発言を思い返しては、首を傾げる。女性が──しかも初物が、“抱いてください”と申し出たのだ。据え膳食わぬは男の恥、なのに。鴨がネギ背負ってやってきた、のに。以前の自分だったら、早速と言わんばかりに押し倒していただろうに。
──ああ、そうか。
あの時、僕を見てきた瞳が、あまりに真っ直ぐで、どこか、あの時の菜月ちゃんに似てたんだ。だから、僕も、この人と、真摯に向き合ってみようかなって思えたんだ。そんなことを考えたら、なんだか笑えた。変っていたのは、ユウだけじゃない。こんなに簡単に変るものなのか、と、思うと──
「僕もです」
と言わざるを得なかった。
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