カボチャ頭と三角形

天乃 彗

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本編

02 カボチャ頭と対峙しました

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「あの人です、あの人」

 駅から徒歩5分という好条件にある大学を、今日ほど呪ったことはない。ろくに会話もないまま、駅に着いてしまった。
 どれもこれも、カボチャ頭のせいだ。そう考えれば、このもやもやした気持ちも少しは晴れ……るわけがない。嬉しそうに物陰から駅前の広場を眺めるこいつを見れば、憎さがじゃんじゃん湧いて出る。

「先輩っ! ちゃんと見ていただかないと!」
「あーはいはい分かってるよ」

 めんどくさそうに(というか実際めんどくさい)、俺はこいつが指差す方向を見た。そこは想像したとおり人の往来が激しい。その行き交う人々に何かを配っている仮装集団が目についた。
 ある人は魔女の三角帽子をかぶっているし、ある人は頭にネジが刺さっている。ある人は尖った耳に鋭い牙を持っているし、極めつけは、オレンジ色でバカに目立っているジャックオランタン。仮装の種類にはばらつきがあるものの、その仮装集団はみんな店名入りの黒いマントを羽織っていて、お揃いのカゴを持ってお菓子を配っている。

──きめぇ……。

 俺は思わず脳内で呟いた。何がきめぇって、そりゃもうカボチャ頭だ。他の店員は、マントの下もちゃんと仮装をしている。ドラキュラ役の人はタキシードっぽい服を着ているし、魔女役の人だってテカテカした黒いワンピースを着ている。チープな作りだし、おそらくそこいらのデパートで買ったんだろうけど、そこにはまぁ違和感はない。
 けど、カボチャ頭は違う。サイズのあっていないカボチャ頭の被り物の下──首から下、思いっきり成人男性のそれなんですけど!? 英語のロゴが入ったTシャツにジーンズ。もろに『普段着!!』って格好にマントを羽織っただけのカボチャ頭は、あの中では悪い意味で目立っている。中の人の身長が高いからか、存在自体がかなり不気味だ。

「……あのさ、あれで間違いないんだよな」
「はい! バッチリあのお方です!」

 なるほど、こいつのバカは筋金入りなんだな。

「本当にバカなのなお前は」
「え!? どうしてですか?」
「あれ明らかに人間だし。しかも、かなり変人の部類の」
「カボチャさんは変人なんかじゃないですよっ!」

 あれを見ても変人じゃないと言える神経がわからん。そして、そんな変人に恋をしたというのがなんとも腹立たしい。

「絶対変人だ……。まぁ、話してみりゃ分かるか」
「えっ、えっ。先輩?」
「どんな奴か見なきゃだろ」

 こいつの腕を引っ張って、ツカツカとカボチャ頭の前に歩いていく。なんとか俺の腕から逃れようとしていたらしいが、カボチャ頭の前に来るとその気を無くしたらしい。カボチャ頭はというと俺らに気づいたらしく、こちらをじいっと見ている(ように見える。何せ被り物だから表情が読めない)。近づくとかなりの迫力だ。180以上はあるよな……? 

「あっ、あの、昨日は、飴ありがとうございました!」
「……」
「わ、私っ! あそこの大学に通ってる工藤華鈴と申します……! こちらは、サークルの先輩の萩原さん!」
「……」

 何故、カボチャに名乗っている。テンパってわけわかんなくなってるな、あいつ。そして俺のことまで紹介するな。カボチャなんかに。カボチャなんかに! 

「あっ、あのっ! いきなりなんですけどっ、私……!」

 こいつ──華鈴は、緊張のあまり目をウルウルとさせてカボチャ頭を見上げている。ていうか、こいつ、何を言い出そうと……。

「あなたのことが、すっ、好──もごっ!」
「華鈴! ほら、アレだ! 仕事の邪魔になるからそろそろ行かないとな!」

 俺は慌てて華鈴の口を後ろから塞ぐ。何をいきなり告白しようとしてんだよ! 中身もわからないのに! カボチャの中身も、人間としての中身も! 腕の中でジタバタする華鈴を押さえつけて、カボチャ頭をもう一度見た。このカボチャ頭は、さっきから何も言わない。喋ると余計に気持ち悪いからか? 
 するとカボチャ頭は、カゴの中をゴソゴソと探り始めた。そして、何かをつかんだと思うと、ポトリ、と華鈴の手の中にそれを落とした。

「……クッキー……」

 少し大きめの、今度はお化けの形をしたクッキーだった。カボチャ香料が使われてるのか、ほんのりとオレンジ色のそれは美味しそうだけど。華鈴はクッキーとカボチャ頭を交互に見やりながら、やがて「えへへ」と笑った。

「また、もらっちゃいました」

 おい。なんて幸せそうな顔してんだよ。店の宣伝用クッキーだぞ。お前だけにじゃないんだぞ。なのに、なんだよ、その顔。お前一度だって、俺にそんな顔したことあるかよ。
 色んな思いが頭の中を駆け巡って、華鈴を押さえつける手の力を緩めてしまうと、俺の腕にもポトリ、と何かが落とされた。見てみると、華鈴が昨日もらったとかいう飴とまんま一緒の飴だった。思わずカボチャ頭を見上げると、カボチャ頭はしばらく俺を見下ろした後、仕事に戻って行った。
 なんだか全体的に、バカにされたような気がした。ショックを受けたタイミングでお菓子を渡されたことも。俺に渡して来たのが昨日華鈴に渡したのと同じものだったことも。それなのに、華鈴に渡したのが昨日と違うものだったことも、全部。

「……っ」
「先輩、もう食べちゃうんですか?」

 俺は乱雑に、もらったばかりの飴を口に含んだ。苛立って仕方なかったから、ガリガリと噛む。そしたら奥歯に挟まってしまって、なんだか余計にイライラした。飴の甘みとこのもやもやが、いつまでも口に残ってる気がした。
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