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本編
04 苦くて辛い思いをしました
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ドゥ・ムモンの前に往生してから何分経ったか。未だにその扉を開ける勇気はないが、だからと言ってここにいつまでもいたんじゃ仕方が無い。あのカボチャ頭がイケメンだと分かった以上、何か手を打たないといけない。
「普通にさー買い物するふりしよーぜ。なんならここは俺が持つし」
「そうは言っても対策が……」
「あーもー、めんどくせーな。かりんちゃんとられちゃってもいいのかよ?」
若干イライラした様子の桃山が、腕組みをしながら言った。華鈴がカボチャに取られる。カボチャ頭の印象しかなかった時は不明瞭だったそのイメージが、急に鮮明になる。華鈴の隣にいるのが、あそこにいるイケメンになる? そんなの……。
「いいわけないだろ!」
俺は勢いそのまま、店の扉に手をかけた。チャリンチャリンと入店を知らせるベルの音とともに、何人かの「いらっしゃいませー」の声が聞こえる。俺はずんずん中に進んでいって、カウンターの中にいるカボチャと、今度は素顔で対峙した。
──うわ。
こうして素顔を近くで見ても、やっぱり背は高いしイケメンだ。歳は、俺らよりも上、だろう。なんだっけ。今流行りの爬虫類系って言うのか。奥二重で切れ長の目。通った鼻筋に薄い唇。衛生のためか、帽子を被っている。普通こういう帽子ってしたらださくなるはず(というか、俺がしたら確実にださい)なのに、全然崩れていない。白いワイシャツにこげ茶色のサロンを巻いて、店の外装によく合った制服だと思う。
しかし、客が来店したってのにピクリとも笑わないな、この人? 表情筋ちゃんとあるのかってくらい、無表情。じっと俺のことを見てるのは分かる。俺は最初から敵意を持ってこの人に近づいてるからなおさらかもしれないけど、これは人の反感を買うんじゃないか。
俺は、ちらりと中の人の制服の胸元を確認する。そこには、「A.HOJO」とローマ字で書いてある。
「ほ……じょ、さん?」
「宝条です」
「あぁ、ほうじょうさん……」
って、あぶねぇ。すっかり相手のペースに飲み込まれるところだった。俺はフルフルと首を振って、また中の人──宝条さんに向き直る。
「俺のこと覚えてますか」
「……“サークルの先輩の萩原さん”」
「! や、やっぱり、あんたがカボチャ頭だったんだな」
「それが何か」
話してる間も、宝条さんの表情は変わらない。ただ淡々と、俺の質問に答えている。迷惑だから、こんなにも無表情なのだろうか。まぁ、完全に仕事の邪魔をしているのは俺だが、ここまで来たら後には引けない。
「じゃあ、俺と一緒に来た女の子も覚えてますよね?」
「……“あそこの大学に通ってる工藤華鈴”さん」
華鈴の自己紹介をそのまま繰り返すように言った宝条さんは、やはり無表情だった。あんないい笑顔を向けられといて、華鈴の印象は“あそこの大学に通っている工藤華鈴”なんだ。街ゆく人の一人。背景の一人。それを考えたらやっぱりむしゃくしゃした。華鈴はアレを、特別だと思ってるんだぞ。
「……単刀直入に言いますけど。あの子に近づかないで欲しいんです」
華鈴はまだ“宝条さん”を知らない。なら、まだ──。
「お菓子配んのも、ほかの人に頼むとか……とにかく、辞めて欲しいんです。そしたら──」
「……君は、あの子の恋人?」
「は!?」
初めてそっちから話題提供してきたと思ったら、そんなこと!? 俺は動揺して思わず声を裏返したが、咳払いをして、それに答える。
「違います、けど……」
「じゃあ」
宝条さんは、俺をじっと見下ろした。その目力に思わずビビる。蛇に睨まれたカエルってこんな感じかな、と、頭の何処かでおちゃらけた。そうしないと平静を保てないくらい、冷たい目だった。
「君にそういうことを言う資格はある?」
「……っ」
もし俺が、華鈴の彼氏だったら。浮ついてんじゃねぇって華鈴を叱ることもできるし、俺の女に近づくなって、宝条さんにも胸を張って言える。でも、そうだ。まさに宝条さんの言うとおり。片思いの男ってのは、こんなにも、弱い──。
「……なら、僕がどうしようが君には関係ない」
「……っ、それは……」
言葉が出てこなかった。俺が黙ってしまったタイミングで、宝条さんは息をついて仕事に戻っていってしまった。どうやらカフェ席の方のお客さんに呼ばれたらしい。俺が呆然と立ち尽くしていると、カウンターからおずおずと「お決まりですか?」と女の人の声がした。顔を上げるとそこには何処かで見たことのある女の人が立っていて、それが魔女コスの人だと思い出すのに時間がかかった。
「……その、カボチャのクッキーください。お化けの形のを、二枚」
* * *
店を出ると桃山が心配そうに俺を待っていた。買ったクッキーを一枚差し出すと、嬉しいような、悲しいような複雑な顔をした。外から中の様子を見ていたのだろう。カボチャ頭の中の人がイケメンだというのにも気づいたか。
「……なんか、完敗した気分」
あの時もそうだった。華鈴が嬉しそうにお菓子を受け取っていた時。あの時は負けるかもって思ったけど、今日はもう、負けた。俺は、華鈴の彼氏でもなんでもない、ただの“サークルの先輩”であって。華鈴の恋路も、宝条さんの仕事も、邪魔する資格なんかないんだよな。
「大人だったなー、宝条さん……」
カボチャ頭に恋をしたと告げられた時の、そして、店に入るまでの威勢はなんだったのか。ただのカボチャ頭だったら、そんなもんどうってことないって粋がったんだけど、中身イケメンときちゃな……。
俺はガサガサとクッキーの包装をとって、一口口に含んだ。カボチャの味で甘いはずのクッキーなのに、なんだかとても苦く感じた。
「普通にさー買い物するふりしよーぜ。なんならここは俺が持つし」
「そうは言っても対策が……」
「あーもー、めんどくせーな。かりんちゃんとられちゃってもいいのかよ?」
若干イライラした様子の桃山が、腕組みをしながら言った。華鈴がカボチャに取られる。カボチャ頭の印象しかなかった時は不明瞭だったそのイメージが、急に鮮明になる。華鈴の隣にいるのが、あそこにいるイケメンになる? そんなの……。
「いいわけないだろ!」
俺は勢いそのまま、店の扉に手をかけた。チャリンチャリンと入店を知らせるベルの音とともに、何人かの「いらっしゃいませー」の声が聞こえる。俺はずんずん中に進んでいって、カウンターの中にいるカボチャと、今度は素顔で対峙した。
──うわ。
こうして素顔を近くで見ても、やっぱり背は高いしイケメンだ。歳は、俺らよりも上、だろう。なんだっけ。今流行りの爬虫類系って言うのか。奥二重で切れ長の目。通った鼻筋に薄い唇。衛生のためか、帽子を被っている。普通こういう帽子ってしたらださくなるはず(というか、俺がしたら確実にださい)なのに、全然崩れていない。白いワイシャツにこげ茶色のサロンを巻いて、店の外装によく合った制服だと思う。
しかし、客が来店したってのにピクリとも笑わないな、この人? 表情筋ちゃんとあるのかってくらい、無表情。じっと俺のことを見てるのは分かる。俺は最初から敵意を持ってこの人に近づいてるからなおさらかもしれないけど、これは人の反感を買うんじゃないか。
俺は、ちらりと中の人の制服の胸元を確認する。そこには、「A.HOJO」とローマ字で書いてある。
「ほ……じょ、さん?」
「宝条です」
「あぁ、ほうじょうさん……」
って、あぶねぇ。すっかり相手のペースに飲み込まれるところだった。俺はフルフルと首を振って、また中の人──宝条さんに向き直る。
「俺のこと覚えてますか」
「……“サークルの先輩の萩原さん”」
「! や、やっぱり、あんたがカボチャ頭だったんだな」
「それが何か」
話してる間も、宝条さんの表情は変わらない。ただ淡々と、俺の質問に答えている。迷惑だから、こんなにも無表情なのだろうか。まぁ、完全に仕事の邪魔をしているのは俺だが、ここまで来たら後には引けない。
「じゃあ、俺と一緒に来た女の子も覚えてますよね?」
「……“あそこの大学に通ってる工藤華鈴”さん」
華鈴の自己紹介をそのまま繰り返すように言った宝条さんは、やはり無表情だった。あんないい笑顔を向けられといて、華鈴の印象は“あそこの大学に通っている工藤華鈴”なんだ。街ゆく人の一人。背景の一人。それを考えたらやっぱりむしゃくしゃした。華鈴はアレを、特別だと思ってるんだぞ。
「……単刀直入に言いますけど。あの子に近づかないで欲しいんです」
華鈴はまだ“宝条さん”を知らない。なら、まだ──。
「お菓子配んのも、ほかの人に頼むとか……とにかく、辞めて欲しいんです。そしたら──」
「……君は、あの子の恋人?」
「は!?」
初めてそっちから話題提供してきたと思ったら、そんなこと!? 俺は動揺して思わず声を裏返したが、咳払いをして、それに答える。
「違います、けど……」
「じゃあ」
宝条さんは、俺をじっと見下ろした。その目力に思わずビビる。蛇に睨まれたカエルってこんな感じかな、と、頭の何処かでおちゃらけた。そうしないと平静を保てないくらい、冷たい目だった。
「君にそういうことを言う資格はある?」
「……っ」
もし俺が、華鈴の彼氏だったら。浮ついてんじゃねぇって華鈴を叱ることもできるし、俺の女に近づくなって、宝条さんにも胸を張って言える。でも、そうだ。まさに宝条さんの言うとおり。片思いの男ってのは、こんなにも、弱い──。
「……なら、僕がどうしようが君には関係ない」
「……っ、それは……」
言葉が出てこなかった。俺が黙ってしまったタイミングで、宝条さんは息をついて仕事に戻っていってしまった。どうやらカフェ席の方のお客さんに呼ばれたらしい。俺が呆然と立ち尽くしていると、カウンターからおずおずと「お決まりですか?」と女の人の声がした。顔を上げるとそこには何処かで見たことのある女の人が立っていて、それが魔女コスの人だと思い出すのに時間がかかった。
「……その、カボチャのクッキーください。お化けの形のを、二枚」
* * *
店を出ると桃山が心配そうに俺を待っていた。買ったクッキーを一枚差し出すと、嬉しいような、悲しいような複雑な顔をした。外から中の様子を見ていたのだろう。カボチャ頭の中の人がイケメンだというのにも気づいたか。
「……なんか、完敗した気分」
あの時もそうだった。華鈴が嬉しそうにお菓子を受け取っていた時。あの時は負けるかもって思ったけど、今日はもう、負けた。俺は、華鈴の彼氏でもなんでもない、ただの“サークルの先輩”であって。華鈴の恋路も、宝条さんの仕事も、邪魔する資格なんかないんだよな。
「大人だったなー、宝条さん……」
カボチャ頭に恋をしたと告げられた時の、そして、店に入るまでの威勢はなんだったのか。ただのカボチャ頭だったら、そんなもんどうってことないって粋がったんだけど、中身イケメンときちゃな……。
俺はガサガサとクッキーの包装をとって、一口口に含んだ。カボチャの味で甘いはずのクッキーなのに、なんだかとても苦く感じた。
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