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本編
14 本当のことを知りました
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何事かと構えたが、引きずられた時間はそれほど長くなかった。店から少し歩いたところにある休憩所みたいなスペースのベンチに座らされる。そのまま俯いていたが、急に目の前が茶色く染まった。それが差し出された缶コーヒーだと気づくのに時間はかからなかった。
これ、奢ってくれたってことだよな? 小さく礼を言って缶コーヒーを受け取ると、同じ缶コーヒーを持った宝条さんがどさりと隣に腰掛けた。
何がしたくて俺を連れ出したのだろう。宝条さんは一向にしゃべる気配はないし、俺だってさっきのを言い終えたらすぐ帰るつもりだったんだ、話すことなんてない。どうしていいかわからず、手元の缶コーヒーを見やる。じんわりと温かい。もうホットの缶コーヒーが出ている季節なんだな、と思った。10月ももう終わってしまう。同時に、俺の恋も。
「……あの日、」
不意に宝条さんが口を開いた。驚いて顔を上げる。宝条さんはこちらを見ないまま、ポツポツと言葉を紡ぐ。
「公園に、いたか?」
ドキリ、とした。言わずもがな、『あの日』というのは二人がデートした日……そして俺が勢いで華鈴に告白してしまった日。そして『公園』というのはその現場となった公園のことだ。
どうしてそれを。ストーキング行為は完璧なものだったという自負はあった。ましてあの視界の悪い被り物をしていた宝条さんにバレる心配はまずないものだと考えていたのに。この人、そこまで超人なのか? だとしたら怖すぎる。
「い、たらなんだって言うんですか」
諦めると決めたのに、思わず言葉が挑戦的になった。往生際が悪いなぁ、と自分で呆れた。
「やっぱりな」
怒った、か? 恐る恐る顔を見てみると、無表情だったのが少し眉根が寄って、何かを考えるような、難しい顔になっている。バレていたのなら仕方がない。俺は気になっていた質問を投げかけた。
「……何でデートにあんなもの被ってきたんですか」
「……僕はこう見えて恥ずかしがり屋なんだ」
真顔だが、冗談を言っているつもりなのだろうか。判断が出来ず、それ以上そこを追求することが出来なかった。
「いつから気づいてたんですか」
バレていたとしたら、いつからバレていたのか。俺の努力が最初から無駄だったのだとしたら、さすがに報われなさすぎる。
「気づいちゃいないよ。途中から、彼女の様子がおかしかったから。もしかしたら君がいたのかもと思っただけだ」
途中から……? 思い当たる節がありすぎて、俺は口元を手で押さえた。
──告白の、後だ。
『何が』あったのか、宝条さんは華鈴から聞いたのだろうか。だとしたら、やっぱり二人はもう付き合ってるのだろうか。その時の話を聞きたいような、そうでないような。気持ちがぐるぐると脳内を駆け巡って、気持ちが悪くなってきた。
「いつから、ってことは、ずっと見てたのか? 悪趣味だな」
「う、うるさい」
悪趣味なのはそっちだ。デートにあんなもの被ってきて──とは言えない。俺もあれ、被ったし。
「ところで、君は何か勘違いをしているようだが」
「え?」
「僕たちは、付き合ったりはしてないよ」
「……は!?」
嘘だろ? だって、俺はあの時すっぱり拒絶されて。俺を拒絶した華鈴は、真っ先にこの人の元に行ったんだ。
じゃあ何? この人は、据え膳を食わなかったってわけ? あんな目ぇキラキラさせて言い寄られてるのに? そんなの、男の恥だろ?
「だって、華鈴はあんたのこと……」
「好きだって? 見てたのに、わからなかったのか?」
見てたから、わかったんだろうが! この人も随分挑戦的な言い方をしてくる。俺が何も言わず宝条さんを睨みつけていると、宝条さんは小さくため息をついた。説明したくないが、と囁き、俺を見る。
「……彼女は、一度も『被り物を取ってくれ』と言わなかった」
「……はぁ」
「『名前を教えてくれ』とも、『声を聞かせて』とも言わなかった。彼女は僕をカボチャさんと呼んで、中身を知ろうとしなかった」
だって、あんたが「カボチャさん」なんだから当たり前だろう。それに、この人自身が言っていたじゃないか、「顔も名前も知らないのに言い寄られて嬉しかった」って。首を傾げていると、まだ分からないのかというようなことがひしひし伝わってくる目で宝条さんが俺を睨んだ。
「それが恋であるなら、中身を知りたいと思うのが当然だろ。君はそうじゃないのか」
そんなわけない。好きな子──華鈴のことはどんな些細なことでも知りたいに決まっている。
「でも、彼女はそうではなかった。彼女は、彼女が作り上げた『カボチャさん』という偶像を崇めていたいだけ……恋に恋してるだけだよ」
「そんなこと……」
「ないって言えるか? だったら君も試してみるといい。カボチャの被り物を被って会えば、彼女はたぶん戸惑うよ」
──実証済み、とはとても言えない。
確かにあの時、華鈴は俺と宝条さんを間違えたけど……でも、そんなことって。そんなバカみたいなことって……いや、華鈴ならあり得るのか? じゃあ──それが恋じゃないんだとしたら。まだ俺にもチャンスはある?
「ついでに、教えてあげるよ」
宝条さんは、もうぬるくなってしまった缶コーヒーを一気に飲んで、空になった缶をゴミ箱に捨てた。
「彼女は気づいてなかったみたいだけど──彼女はデート中ずっと、君の話ばかり僕にしてきたよ。すごく楽しそうにね。彼女は君のことよく知っているんだな」
「……っ!」
楽しそうに、何かを話してるなとは思っていたけど。あれ、全部──。
「……っコーヒーご馳走さまでした!」
一気にコーヒーを流し込んで、ゴミ箱に投げ入れる。ガコンと気持ちのいい音が響いた。そのまま駆け出す。あんなことを知ってしまったら、行くしかないじゃないか。
行かなくちゃ、華鈴のとこへ。バカで可愛い、あいつのとこへ。
これ、奢ってくれたってことだよな? 小さく礼を言って缶コーヒーを受け取ると、同じ缶コーヒーを持った宝条さんがどさりと隣に腰掛けた。
何がしたくて俺を連れ出したのだろう。宝条さんは一向にしゃべる気配はないし、俺だってさっきのを言い終えたらすぐ帰るつもりだったんだ、話すことなんてない。どうしていいかわからず、手元の缶コーヒーを見やる。じんわりと温かい。もうホットの缶コーヒーが出ている季節なんだな、と思った。10月ももう終わってしまう。同時に、俺の恋も。
「……あの日、」
不意に宝条さんが口を開いた。驚いて顔を上げる。宝条さんはこちらを見ないまま、ポツポツと言葉を紡ぐ。
「公園に、いたか?」
ドキリ、とした。言わずもがな、『あの日』というのは二人がデートした日……そして俺が勢いで華鈴に告白してしまった日。そして『公園』というのはその現場となった公園のことだ。
どうしてそれを。ストーキング行為は完璧なものだったという自負はあった。ましてあの視界の悪い被り物をしていた宝条さんにバレる心配はまずないものだと考えていたのに。この人、そこまで超人なのか? だとしたら怖すぎる。
「い、たらなんだって言うんですか」
諦めると決めたのに、思わず言葉が挑戦的になった。往生際が悪いなぁ、と自分で呆れた。
「やっぱりな」
怒った、か? 恐る恐る顔を見てみると、無表情だったのが少し眉根が寄って、何かを考えるような、難しい顔になっている。バレていたのなら仕方がない。俺は気になっていた質問を投げかけた。
「……何でデートにあんなもの被ってきたんですか」
「……僕はこう見えて恥ずかしがり屋なんだ」
真顔だが、冗談を言っているつもりなのだろうか。判断が出来ず、それ以上そこを追求することが出来なかった。
「いつから気づいてたんですか」
バレていたとしたら、いつからバレていたのか。俺の努力が最初から無駄だったのだとしたら、さすがに報われなさすぎる。
「気づいちゃいないよ。途中から、彼女の様子がおかしかったから。もしかしたら君がいたのかもと思っただけだ」
途中から……? 思い当たる節がありすぎて、俺は口元を手で押さえた。
──告白の、後だ。
『何が』あったのか、宝条さんは華鈴から聞いたのだろうか。だとしたら、やっぱり二人はもう付き合ってるのだろうか。その時の話を聞きたいような、そうでないような。気持ちがぐるぐると脳内を駆け巡って、気持ちが悪くなってきた。
「いつから、ってことは、ずっと見てたのか? 悪趣味だな」
「う、うるさい」
悪趣味なのはそっちだ。デートにあんなもの被ってきて──とは言えない。俺もあれ、被ったし。
「ところで、君は何か勘違いをしているようだが」
「え?」
「僕たちは、付き合ったりはしてないよ」
「……は!?」
嘘だろ? だって、俺はあの時すっぱり拒絶されて。俺を拒絶した華鈴は、真っ先にこの人の元に行ったんだ。
じゃあ何? この人は、据え膳を食わなかったってわけ? あんな目ぇキラキラさせて言い寄られてるのに? そんなの、男の恥だろ?
「だって、華鈴はあんたのこと……」
「好きだって? 見てたのに、わからなかったのか?」
見てたから、わかったんだろうが! この人も随分挑戦的な言い方をしてくる。俺が何も言わず宝条さんを睨みつけていると、宝条さんは小さくため息をついた。説明したくないが、と囁き、俺を見る。
「……彼女は、一度も『被り物を取ってくれ』と言わなかった」
「……はぁ」
「『名前を教えてくれ』とも、『声を聞かせて』とも言わなかった。彼女は僕をカボチャさんと呼んで、中身を知ろうとしなかった」
だって、あんたが「カボチャさん」なんだから当たり前だろう。それに、この人自身が言っていたじゃないか、「顔も名前も知らないのに言い寄られて嬉しかった」って。首を傾げていると、まだ分からないのかというようなことがひしひし伝わってくる目で宝条さんが俺を睨んだ。
「それが恋であるなら、中身を知りたいと思うのが当然だろ。君はそうじゃないのか」
そんなわけない。好きな子──華鈴のことはどんな些細なことでも知りたいに決まっている。
「でも、彼女はそうではなかった。彼女は、彼女が作り上げた『カボチャさん』という偶像を崇めていたいだけ……恋に恋してるだけだよ」
「そんなこと……」
「ないって言えるか? だったら君も試してみるといい。カボチャの被り物を被って会えば、彼女はたぶん戸惑うよ」
──実証済み、とはとても言えない。
確かにあの時、華鈴は俺と宝条さんを間違えたけど……でも、そんなことって。そんなバカみたいなことって……いや、華鈴ならあり得るのか? じゃあ──それが恋じゃないんだとしたら。まだ俺にもチャンスはある?
「ついでに、教えてあげるよ」
宝条さんは、もうぬるくなってしまった缶コーヒーを一気に飲んで、空になった缶をゴミ箱に捨てた。
「彼女は気づいてなかったみたいだけど──彼女はデート中ずっと、君の話ばかり僕にしてきたよ。すごく楽しそうにね。彼女は君のことよく知っているんだな」
「……っ!」
楽しそうに、何かを話してるなとは思っていたけど。あれ、全部──。
「……っコーヒーご馳走さまでした!」
一気にコーヒーを流し込んで、ゴミ箱に投げ入れる。ガコンと気持ちのいい音が響いた。そのまま駆け出す。あんなことを知ってしまったら、行くしかないじゃないか。
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