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本編
15 ハロウィンが幕を閉じました
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大学の中を走り回って、ようやく華鈴を見つけた。学食で友達とおしゃべりをしているところだった。一瞬怯んで、聞き耳を立てる。居酒屋に行く算段を立てているようだった。でも、ここで怯んでたらどうにもならないよな。俺はずんずんと華鈴に近づいていく。
「……華鈴」
「……先ぱ、あ」
華鈴は俺に気づいて、いつものように手を振りかけて──思い出して、その手を下げた。さっと目をそらし、俯いてしまう。
たった数日顔を見なかっただけなのに、すごく久しぶりに華鈴を見た気がする。久しぶりに見た華鈴はやっぱり可愛くて──って思うのは、『人生惚れたもん負け』ってやつだろうか。相変わらず、こっちは向いてくれないんだな。わかってたけど。覚悟してきたけど。
「あのさ、話あるんだ。今時間いい?」
「むりです」
きっぱりと断られる。華鈴はこう見えて頑固だ。まぁ、俺がいくら言ってもカボチャ頭を諦めなかったくらいだから、そんなの予想してた。
「じゃあ、今日の講義終わったら、一緒に帰ろう」
「……むりです。講義終わったら、みんなとお酒を飲みに行くので」
さっきの算段はこの後のことだったのか。ちょっとしたハプニングだが、そんなことで俺の気持ちは揺るがない。
「じゃあ、それが終わったらでいいから。少し話そう」
「いやです」
「待ってるから。終わるまで、駅前の広場で」
華鈴が俺の話を聞いてくれるまで、待ってやる。恋する男の執念を舐めるなよ。俺は華鈴の返事を聞かず、「そういうことだから」と言い残してその場から立ち去った。一緒にいた女の子達はやれ「告白だ」だのやれ「行ってやれ」だの言っていたが、渦中の華鈴だけが、ぎゅっと硬く口を噤んでいた。
* * *
──寒い。
10月末の夜の寒さを舐めていた。気温は昼に比べてグッと下がり、薄っぺらいパーカーなんかじゃ心もとなかった。
華鈴はまだ来ない。俺は植え込みに座り込んだまま、ポケットに手を突っ込んだ。気がつけば、もうすぐ日付が変わりそうな時間だ。今時の大学生女子の飲み会ってこんな時間かかるものなのか。女子会ってやつなのか。女子恐ろしい。そこまで考えて、ハッとした。いや、これはこんなに時間がかかってるってわけではないんじゃないか。
「……避けられた、かな」
華鈴は電車通学だし、帰るにはここを通らなきゃいけないはずだけど、この終電間際の時間になっても来ないってことは──俺を避けるために友達の家に泊まりか、もしくは別ルートで反対側の改札を抜けたか、どっちか。考えてて虚しくなってきた。そこまでされるか。へこむわ。
へこむけど……俺は待つって決めた。ここで諦めてしまっては、この長年の思いも、宝条さんの気持ちさえも、無駄になってしまうんだから。
「──萩原先輩」
「……っ、華鈴……!」
ふわ、となにか温かいものに包まれた。それがストールであることを確認するよりも先に、俺はその名を呼んでいた。酒が入っているからか、少し頬が赤い。眉を寄せて俺を見ている。あぁ、本当に華鈴だ。
「来て、くれたのか」
「……通り道ですっ」
ツン、と横を向いてしまう。そうだな、確かにそうなんだけど。こうして声をかけて、ストールを被せてくれたことに、俺は期待してしまうぞ。そういうところはやっぱり分かってないんだよな。
「もういないと思ったからお店を出たのに、いるんですもん……。こんなに寒いのに、先輩って、案外おバカさんなんですか?」
「……そうかもな」
否定はしない。恋する男なんてみんなバカだ。
「……あのさ、華鈴」
「なんですか?」
「この間は、乱暴にしてごめん。意地悪なこともいっぱい言ってごめん」
華鈴は何も言わなかった。ただじっと、俺のことを見ている。
「でも、好きって言ったのは本当なんだ。あの時勢いで言っちまったけど、その気持ちは嘘じゃないから、だから謝らない」
「……っ」
少しだけ、華鈴の目が見開かれた。心なしか、さっきよりも頬が紅潮している気がする。
「でも、私は、カボチャさんが……」
「カボチャのこと好きでもいいよ、今は。でも、俺、頑張るから。あの時俺に報告してきたみたいに、いつか華鈴が“萩原先輩に恋しました”って言ってくれるように。俺が話したかったのはそれだけ」
「……」
華鈴は何も言わなかった。しかし、やがて途切れ途切れに、目を泳がせながら言葉を紡ぎ始める。
「先輩と会ってなかった数日間……私、カボチャさんとのこと、どうしていいかわからなくて。カボチャさんにも、連絡取れなかったんですよ」
「え?」
「カボチャさんのこと好きでいていいなら……責任とって、この恋の顛末を見守ってくださいよね!」
なんか、無茶苦茶なことを言われている気がする。でも、いいように取れば──俺はまだ華鈴のそばにいてもいいってことだよな?
「もちろん」
なんだかとっても癪だが……そばにいれるならなんでもいい。いつか振り向いてくれるまで、俺は絶対に諦めない。決意を新たにしていると、チラリと時計を見た華鈴が、何かを思い出したように俺に向き直った。
「……あ! せんぱい、トリックオアトリートですよ!」
「……は?」
こんな時に? と思って時計を見ると、あと数分で日付が変わるところだった。あと数分でハロウィンが終わる。それを考えて、そういえば、と思い立つ。
「……それさー、俺が“お菓子やるから心寄越せ”って言ったの覚えてて言ってる? あげたらくれんの?」
「あ! そ、それは……保留です!」
保留には、しといてくれるんだな。やっぱり華鈴はアホでかわいい。笑いを堪えながら俺は、ポケットを探って、待ってる間にコンビニで買った飴玉を取り出した。
そうこうしている間に、やっと、今年のハロウィンがひっそりと幕を閉じたのだった。
「……華鈴」
「……先ぱ、あ」
華鈴は俺に気づいて、いつものように手を振りかけて──思い出して、その手を下げた。さっと目をそらし、俯いてしまう。
たった数日顔を見なかっただけなのに、すごく久しぶりに華鈴を見た気がする。久しぶりに見た華鈴はやっぱり可愛くて──って思うのは、『人生惚れたもん負け』ってやつだろうか。相変わらず、こっちは向いてくれないんだな。わかってたけど。覚悟してきたけど。
「あのさ、話あるんだ。今時間いい?」
「むりです」
きっぱりと断られる。華鈴はこう見えて頑固だ。まぁ、俺がいくら言ってもカボチャ頭を諦めなかったくらいだから、そんなの予想してた。
「じゃあ、今日の講義終わったら、一緒に帰ろう」
「……むりです。講義終わったら、みんなとお酒を飲みに行くので」
さっきの算段はこの後のことだったのか。ちょっとしたハプニングだが、そんなことで俺の気持ちは揺るがない。
「じゃあ、それが終わったらでいいから。少し話そう」
「いやです」
「待ってるから。終わるまで、駅前の広場で」
華鈴が俺の話を聞いてくれるまで、待ってやる。恋する男の執念を舐めるなよ。俺は華鈴の返事を聞かず、「そういうことだから」と言い残してその場から立ち去った。一緒にいた女の子達はやれ「告白だ」だのやれ「行ってやれ」だの言っていたが、渦中の華鈴だけが、ぎゅっと硬く口を噤んでいた。
* * *
──寒い。
10月末の夜の寒さを舐めていた。気温は昼に比べてグッと下がり、薄っぺらいパーカーなんかじゃ心もとなかった。
華鈴はまだ来ない。俺は植え込みに座り込んだまま、ポケットに手を突っ込んだ。気がつけば、もうすぐ日付が変わりそうな時間だ。今時の大学生女子の飲み会ってこんな時間かかるものなのか。女子会ってやつなのか。女子恐ろしい。そこまで考えて、ハッとした。いや、これはこんなに時間がかかってるってわけではないんじゃないか。
「……避けられた、かな」
華鈴は電車通学だし、帰るにはここを通らなきゃいけないはずだけど、この終電間際の時間になっても来ないってことは──俺を避けるために友達の家に泊まりか、もしくは別ルートで反対側の改札を抜けたか、どっちか。考えてて虚しくなってきた。そこまでされるか。へこむわ。
へこむけど……俺は待つって決めた。ここで諦めてしまっては、この長年の思いも、宝条さんの気持ちさえも、無駄になってしまうんだから。
「──萩原先輩」
「……っ、華鈴……!」
ふわ、となにか温かいものに包まれた。それがストールであることを確認するよりも先に、俺はその名を呼んでいた。酒が入っているからか、少し頬が赤い。眉を寄せて俺を見ている。あぁ、本当に華鈴だ。
「来て、くれたのか」
「……通り道ですっ」
ツン、と横を向いてしまう。そうだな、確かにそうなんだけど。こうして声をかけて、ストールを被せてくれたことに、俺は期待してしまうぞ。そういうところはやっぱり分かってないんだよな。
「もういないと思ったからお店を出たのに、いるんですもん……。こんなに寒いのに、先輩って、案外おバカさんなんですか?」
「……そうかもな」
否定はしない。恋する男なんてみんなバカだ。
「……あのさ、華鈴」
「なんですか?」
「この間は、乱暴にしてごめん。意地悪なこともいっぱい言ってごめん」
華鈴は何も言わなかった。ただじっと、俺のことを見ている。
「でも、好きって言ったのは本当なんだ。あの時勢いで言っちまったけど、その気持ちは嘘じゃないから、だから謝らない」
「……っ」
少しだけ、華鈴の目が見開かれた。心なしか、さっきよりも頬が紅潮している気がする。
「でも、私は、カボチャさんが……」
「カボチャのこと好きでもいいよ、今は。でも、俺、頑張るから。あの時俺に報告してきたみたいに、いつか華鈴が“萩原先輩に恋しました”って言ってくれるように。俺が話したかったのはそれだけ」
「……」
華鈴は何も言わなかった。しかし、やがて途切れ途切れに、目を泳がせながら言葉を紡ぎ始める。
「先輩と会ってなかった数日間……私、カボチャさんとのこと、どうしていいかわからなくて。カボチャさんにも、連絡取れなかったんですよ」
「え?」
「カボチャさんのこと好きでいていいなら……責任とって、この恋の顛末を見守ってくださいよね!」
なんか、無茶苦茶なことを言われている気がする。でも、いいように取れば──俺はまだ華鈴のそばにいてもいいってことだよな?
「もちろん」
なんだかとっても癪だが……そばにいれるならなんでもいい。いつか振り向いてくれるまで、俺は絶対に諦めない。決意を新たにしていると、チラリと時計を見た華鈴が、何かを思い出したように俺に向き直った。
「……あ! せんぱい、トリックオアトリートですよ!」
「……は?」
こんな時に? と思って時計を見ると、あと数分で日付が変わるところだった。あと数分でハロウィンが終わる。それを考えて、そういえば、と思い立つ。
「……それさー、俺が“お菓子やるから心寄越せ”って言ったの覚えてて言ってる? あげたらくれんの?」
「あ! そ、それは……保留です!」
保留には、しといてくれるんだな。やっぱり華鈴はアホでかわいい。笑いを堪えながら俺は、ポケットを探って、待ってる間にコンビニで買った飴玉を取り出した。
そうこうしている間に、やっと、今年のハロウィンがひっそりと幕を閉じたのだった。
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