カボチャ頭と三角形

天乃 彗

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本編

16 カボチャ頭を卒業しました

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 ハロウィンが終わった街は、どこか静けさを纏っているように思う。派手なオレンジや黒の装飾は一掃されて、一気に冬支度をするような。仮装集団で賑やかだった駅前も然り、だ。

「……今日もいませんね、カボチャさん」

 いつも駅前を通るたび、華鈴はぼそりと呟いた。もう一週間は経つのだ、いたらいたで、問題だと思う。駅前は相変わらず人混みで溢れかえってはいるけれど、あの目立つオレンジ頭はどこにも見当たらない。
 ドゥ・ムモンの人たちも、あれ以来お菓子を配っていない。そもそも、無料でお菓子を配ること自体、赤字覚悟の大勝負だったと思う。そうそう何度もできることではないだろう。あれから何度かドゥ・ムモンの前を通ったけど、結構繁盛し始めたみたいだし。

「もともとハロウィン限定だろ、ジャックオランタンなんて」
「うぅ……来年にならないと会えないのでしょうか」
「来年? お前ら、メールしてんじゃなかったのかよ」

 キョトンとして尋ねると、華鈴は携帯を握りしめてふるふると首を振った。

「返信がないんです。あの日から、何度も送ってるのですけど」
「え」

 何を考えているのか。メールでのやり取りなら、あれを被らなくたって出来るんだし、すればいいじゃないか。それなのに──? 

「やっぱりお化けさんだから、お化けの国に帰ってしまったんでしょうか……?」
「うん、それはないと思うけどな、人間だし。ていうかお化けの国ってどこだよ」

 ツッコミを入れながら考える。華鈴は『カボチャさん』という偶像に恋をしているだけだ、と宝条さんは言っていた。だからなのかな。自分じゃなくて『カボチャさん』を見てる華鈴のことが、嫌になった? だから身を引いた? ハロウィンも終わる時期で、ちょうどよかったのかもしれない。でも、華鈴のことを諦めてくれたのなら、そして二度と──少なくとも来年まで、華鈴の前に姿を現さないでくれるなら、こちらとしてはとても好都合だ。

 そう考えると、あっという間だった。あのカボチャ頭は、急に現れたと思ったら消えるのも急だった。「カボチャ頭に恋をしました」と華鈴に告げられてから始まった、俺と華鈴とカボチャ頭の謎の三角関係は、どうやら終わりを告げたらしい。恋敵がカボチャ頭なんてバカみたいな話、あってたまるかと思ったけど。あいつがいなかったら、もしかしたら俺は一生“サークルの先輩の萩原さん”のまま、心地いい関係に浸かったままだったかもしれないから。そこは……そこだけは、感謝しておこう。華鈴の心を手に入れるための俺の戦いは、まだ始まったばかりだし。俺は小さく拳を握りしめた。

「きっと、お化けの国っていうのはこの国のどこかから行ける不思議の国なんですよっ! こう、にゅるっとワープをして行けるような感じで──」
「黙ってると思ったらまだそんなこと考えてたのかよ」
「だって、気になるんですも……きゃ!」
「うお!?」

 隣にいた華鈴が消えた。と思ったら、少し後ろで膝をついている。前方不注意だよ、アホなこと考えてるからだ。こいつは本当に! 

「アホ、気をつけろー!」
「すみませ……え?」

 俺が華鈴に駆け寄るより先に、誰かが華鈴に手を差し伸べた。華鈴は少し戸惑ったような顔をしてから、その手を取って立ち上がる。

「あ……ありがとうございます」
「すみません、こいつちょっとアホで!」
「ひ、ひどいです先輩!」

 慌ててお礼を言うが、反応がない。無愛想な人だな、と思って顔を上げて──言葉をなくす。

「なっ……なっ!」
「……変な顔」
「え……? 先輩、この方とお知り合いですか?」
「いや、知り合いというほどじゃないっ!」

 すると、華鈴を助けてくれたこの人──宝条灯その人は、仏頂面のまま、華鈴に片手を差し出した。

「萩原くんの知り合いほどじゃない、宝条灯という者だ。よろしく。君の、名前は?」
「私ですか? 私は、工藤──」
「ちょぉぉっと待った! 宝条さん、こっち来て!」

 華鈴が握手に応じようとするのを間一髪で阻止すると、あの日やられたように、宝条さんをずるずると引っ張っていく。そして、華鈴から少し距離をとると、小声で宝条さんに話しかけた。

「どういうつもりですか! あんた、身を引いたんじゃなかったんすか、俺のために!」
「誰がそんなことを言ったんだ」

 う。確かに、言われてない。言われてないが、あれはどう考えても、ニュアンス的に、『俺の屍を越えていけ』的なやつだったじゃないか! 

「彼女が『カボチャさん』にしか興味がないのなら、僕に興味を持ってもらえばいい。そのためにはこれが一番手っ取り早い。カボチャ頭は卒業だ」
「華鈴があんたに興味を持つかどうかは……!」
「わからないよ。わからないから頑張るんだろ」

 至極当然のように言われてしまって、言葉も出ない。じゃあ、つまり……宝条さんは華鈴を諦めたんじゃなかったんだ。そして今度は、生身で勝負するつもりだ。それって。そんなのって! 一瞬怯んだうちに宝条さんは華鈴の元にスタスタと歩いていく。

「今日は仕事が休みなんだ。この後一緒に飯でもどうだ? 工藤さん」
「あ、えと……」
「萩原くんは行くらしい」
「先輩が行くんでしたら……」
「ちょっと何勝手に決めてんすかあんた!」
「いいじゃないですか先輩! お知り合いなんでしょう?」
「こらっ……華鈴この野郎ぉお!」

 やっぱりなんもわかってないぞこのふわふわ頭! いい加減にしてくれ! こっちの気持ちを考えてくれよ! 心の中で文句を言っても、もちろん華鈴には届かない。いつの間にかスタスタと華鈴の腕を引いて歩き始めた宝条さんの背中を、俺は慌てて追いかけたのだった。


 * * *


 急に始まって急に終わった、カボチャ頭との奇妙な三角関係は──元・カボチャ頭との三角関係となって、まだまだ終わってはくれないらしい。勘弁してくれよと思いながら、俺は今日も華鈴のことを追いかけるのだ。
 これは多分、恋の話。今度こそちゃんとした、恋の話だ。




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