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Let's walk together
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帰り道も、友里ちゃんとの会話をぼんやりと思い出していた。答えはいまだにでない。
ていうか、何で俺がこんなに考え込まなければいけないんだ。元はといえば全部吉田のせいだ。吉田が意味わからないこと聞いてこなければ、こんなに思い悩まなかったかもしれないのに。……まぁ、きっといずれはぶつかった問題なんだろうけど。こんな心のもやもやも、未来のいつもの仏頂面を見れば、少しは晴れるだろう。俺はそう思って、家の扉を開けた。
「未来! ただいま!」
開けると同時に言うも、返事は返ってこなかった。
──あれ? 鍵、開いてたよな?
帰る時間は伝えてあるし、いつもなら家にいるはずなんだけど。もし出掛けるなら、鍵は閉めていくように言って鍵は預けてある。合鍵はないから俺の鍵を。トイレかな、と見てみるけど誰もいない。靴は……ない。
「……未来?」
再度呼び掛けるも、返事はない。なんだか、嫌な予感がする。こんな風に不安にかられるのは初めてだったから、背中にじっとりと汗がにじんだ。
未来は携帯を持っていない。連絡手段はないのだ。
そうだ、未来の荷物は? あの大きなキャリーバックにひとまとめになった、未来の荷物。部屋の隅が定位置になっていたそれは、やっぱり忽然と姿を消していた。
「……うそ、だろ?」
何もない。まるで最初から“未来”なんて人間はいなかった、とでも言うように、この部屋から未来のものが消えていた。……いや、いなかったなんてバカな話はあるわけない。未来はいる。確かにいる。昨日の夜洗った皿は、昨日のまま二枚並んで乾かしてある。あの皿だって、二人で買いに行ったんだ。じゃあ、未来はどこに──?
「未来様でしたら、自宅にお戻りになられました」
突如、後ろから知らない男の声がして、俺は飛び退いた。
「だっ、誰だあんた!? 勝手に、ひとんちに!」
俺の動揺なんか少しも気にしていない様子で、男は胸のポケットから名刺を取り出した。
「失礼、扉が開いていたものですから。私、鶴岡時成様の第一秘書を勤めております、葛木と申します」
その男──葛木は、至極丁寧な動作で俺に名刺を手渡した。そこには、さっき言われたように“鶴岡時成第一秘書”と肩書きが書かれていた。真っ黒なスーツを身に纏い、切れ長の目は鷹の様に鋭い。できる男のオーラを全身に纏っているみたいだ。というか、鶴岡時成って……?
「未来様のお父様にあたる方です」
葛木は俺の心を読み取っているかの様に、俺が欲しかった答えをくれた。やっぱりお父さんだったんだ……! この名刺や、“第一”秘書がいるということからして、もしかして相当の人なんじゃ。
「時成様は、海外を起点とする輸入会社をいくつか経営していらっしゃる御方です。普段は海外を飛び回っていらっしゃいます」
「つまりは、社長さんってわけ?」
「そうなりますね」
葛木は顔をピクリとも動かさないまま答えて見せる。謎だった、未来の口座の大金。あれはこういうことだったのかと納得した。親がやり手の社長さんなら、あり……なのかな。そして、俺は気になったことをポツリと尋ねる。
「海外を飛び回ってるって、未来が戻ったっていう自宅には」
「滅多にお戻りになりません」
え、ちょっと待ってよ。海外にいくつも会社を持ってるようなら、家だってかなりでかいはず。そこに戻らないってことは、未来は普段どうしていたんだ?
「ちなみに、お母さんや兄弟とかは」
「未来様のお母様は早くに亡くなりました。お兄様は現在海外支店の責任を担っているため、あの家には、未来様しか暮らしておりません。あとは使用人だけです」
葛木は、それがどうした、という顔で言う。俺はショックが隠しきれず、うろたえた。独り暮らし歴一年ちょい。こんな狭い部屋でも、寂しくなるときもあった。それを、未来はずっと──?
──“あの子、なんだかいろいろありそうだから”
マネージャーの言葉が、頭をよぎった。
「自宅に戻ったって、どういうことですか?」
俺は訝しげに尋ねた。おかしいと思った。あの未来が、意地でも帰らないという態度だった未来が。まして、未来がそんな生い立ちだとわかった今、こんなにあっさり帰っていったとは思えない。
「そのままの意味ですが?」
「違……未来は、自分の意思で帰ったんですか?」
自分の意思で未来が帰ったんだったら、俺は何も言う資格はない。でも──。
「時成様の命により、強制的にお戻りになっていただきました」
聞きたくなかった、でも、予想通りの言葉だった。だから俺は、あっけにとられた。誘拐じゃないか! とも思ったけど、この場合誘拐したの俺って扱いになるんじゃないか? 未来は、いるべきところへ帰っただけで──。
「そしてこれは時成様からの言伝てですが」
そう言いかけて、葛木はまた胸ポケットに手を伸ばした。取り出したのは、漫画やドラマでしか見たことがない代物だった。
「“娘が迷惑をかけた分、お詫びを払う。この小切手に金額を好きなだけ書き込みなさい”とのことです」
その時──俺の中で何かが切れた。吉田に散々お人好しだと言われてた俺が、葛木の胸ぐらを掴んでいた。だけど、葛木はピクリとも動かなかった。細身のくせにガッチリしてやがる。
「……っざっけんな」
「いえ、いたって本気ですが」
「そんなもんいらない! そんなもんのために、俺は──っ!」
未来と、一緒にいたんじゃない。
じゃあ、何のために? そう聞かれても言葉にはできないから、最後まで口にはできなかった。
「……っ、未来の居場所、どこですか」
「聞いてどうするんですか? 他人のあなたが」
それは、そうかもしれない。でも、答えはひとつで。
「迎えに行きます。俺は──俺は、未来の、旦那さん、ですから!」
「はぁ?」
初めて顔を崩した葛木に、なんだか俺が恥ずかしくなった。
* * *
ていうか、何で俺がこんなに考え込まなければいけないんだ。元はといえば全部吉田のせいだ。吉田が意味わからないこと聞いてこなければ、こんなに思い悩まなかったかもしれないのに。……まぁ、きっといずれはぶつかった問題なんだろうけど。こんな心のもやもやも、未来のいつもの仏頂面を見れば、少しは晴れるだろう。俺はそう思って、家の扉を開けた。
「未来! ただいま!」
開けると同時に言うも、返事は返ってこなかった。
──あれ? 鍵、開いてたよな?
帰る時間は伝えてあるし、いつもなら家にいるはずなんだけど。もし出掛けるなら、鍵は閉めていくように言って鍵は預けてある。合鍵はないから俺の鍵を。トイレかな、と見てみるけど誰もいない。靴は……ない。
「……未来?」
再度呼び掛けるも、返事はない。なんだか、嫌な予感がする。こんな風に不安にかられるのは初めてだったから、背中にじっとりと汗がにじんだ。
未来は携帯を持っていない。連絡手段はないのだ。
そうだ、未来の荷物は? あの大きなキャリーバックにひとまとめになった、未来の荷物。部屋の隅が定位置になっていたそれは、やっぱり忽然と姿を消していた。
「……うそ、だろ?」
何もない。まるで最初から“未来”なんて人間はいなかった、とでも言うように、この部屋から未来のものが消えていた。……いや、いなかったなんてバカな話はあるわけない。未来はいる。確かにいる。昨日の夜洗った皿は、昨日のまま二枚並んで乾かしてある。あの皿だって、二人で買いに行ったんだ。じゃあ、未来はどこに──?
「未来様でしたら、自宅にお戻りになられました」
突如、後ろから知らない男の声がして、俺は飛び退いた。
「だっ、誰だあんた!? 勝手に、ひとんちに!」
俺の動揺なんか少しも気にしていない様子で、男は胸のポケットから名刺を取り出した。
「失礼、扉が開いていたものですから。私、鶴岡時成様の第一秘書を勤めております、葛木と申します」
その男──葛木は、至極丁寧な動作で俺に名刺を手渡した。そこには、さっき言われたように“鶴岡時成第一秘書”と肩書きが書かれていた。真っ黒なスーツを身に纏い、切れ長の目は鷹の様に鋭い。できる男のオーラを全身に纏っているみたいだ。というか、鶴岡時成って……?
「未来様のお父様にあたる方です」
葛木は俺の心を読み取っているかの様に、俺が欲しかった答えをくれた。やっぱりお父さんだったんだ……! この名刺や、“第一”秘書がいるということからして、もしかして相当の人なんじゃ。
「時成様は、海外を起点とする輸入会社をいくつか経営していらっしゃる御方です。普段は海外を飛び回っていらっしゃいます」
「つまりは、社長さんってわけ?」
「そうなりますね」
葛木は顔をピクリとも動かさないまま答えて見せる。謎だった、未来の口座の大金。あれはこういうことだったのかと納得した。親がやり手の社長さんなら、あり……なのかな。そして、俺は気になったことをポツリと尋ねる。
「海外を飛び回ってるって、未来が戻ったっていう自宅には」
「滅多にお戻りになりません」
え、ちょっと待ってよ。海外にいくつも会社を持ってるようなら、家だってかなりでかいはず。そこに戻らないってことは、未来は普段どうしていたんだ?
「ちなみに、お母さんや兄弟とかは」
「未来様のお母様は早くに亡くなりました。お兄様は現在海外支店の責任を担っているため、あの家には、未来様しか暮らしておりません。あとは使用人だけです」
葛木は、それがどうした、という顔で言う。俺はショックが隠しきれず、うろたえた。独り暮らし歴一年ちょい。こんな狭い部屋でも、寂しくなるときもあった。それを、未来はずっと──?
──“あの子、なんだかいろいろありそうだから”
マネージャーの言葉が、頭をよぎった。
「自宅に戻ったって、どういうことですか?」
俺は訝しげに尋ねた。おかしいと思った。あの未来が、意地でも帰らないという態度だった未来が。まして、未来がそんな生い立ちだとわかった今、こんなにあっさり帰っていったとは思えない。
「そのままの意味ですが?」
「違……未来は、自分の意思で帰ったんですか?」
自分の意思で未来が帰ったんだったら、俺は何も言う資格はない。でも──。
「時成様の命により、強制的にお戻りになっていただきました」
聞きたくなかった、でも、予想通りの言葉だった。だから俺は、あっけにとられた。誘拐じゃないか! とも思ったけど、この場合誘拐したの俺って扱いになるんじゃないか? 未来は、いるべきところへ帰っただけで──。
「そしてこれは時成様からの言伝てですが」
そう言いかけて、葛木はまた胸ポケットに手を伸ばした。取り出したのは、漫画やドラマでしか見たことがない代物だった。
「“娘が迷惑をかけた分、お詫びを払う。この小切手に金額を好きなだけ書き込みなさい”とのことです」
その時──俺の中で何かが切れた。吉田に散々お人好しだと言われてた俺が、葛木の胸ぐらを掴んでいた。だけど、葛木はピクリとも動かなかった。細身のくせにガッチリしてやがる。
「……っざっけんな」
「いえ、いたって本気ですが」
「そんなもんいらない! そんなもんのために、俺は──っ!」
未来と、一緒にいたんじゃない。
じゃあ、何のために? そう聞かれても言葉にはできないから、最後まで口にはできなかった。
「……っ、未来の居場所、どこですか」
「聞いてどうするんですか? 他人のあなたが」
それは、そうかもしれない。でも、答えはひとつで。
「迎えに行きます。俺は──俺は、未来の、旦那さん、ですから!」
「はぁ?」
初めて顔を崩した葛木に、なんだか俺が恥ずかしくなった。
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