ヒトガタの命

天乃 彗

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ラブドール

03

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「まぁ、仕方ないんじゃないかしら? 仕事だし」

──仕事? 

 サラは首を傾げた。仕事とは何のことだろうか。看板人形のマツリカは、自身の仕事──笑ってお客さんを迎えることを不満に思いながらも頑張っていた。それと同じようなものか。しかし、ペパベールの仕事の内容がわからない。そこで、壁の絵を思い出した。そういうことか、と納得する。

「なるほど……絵のモデルってことですね。裸のモデルも、ありますもんね」

 一人でこくこくと頷いていると、ペパベールはしばらく黙ったあと、吹き出すようにして笑った。何かおかしなことを言ったつもりはなかったサラは、わけがわからずペパベールを見つめた。

「思ったよりも純真なのかしら。それとも、無知なのかしらね」
「あ、あの……?」
「ご免なさい。少し可笑しくって」
「えと……?」
「そうよね、女の子には馴染みないかしら。ねぇ、もう一度、布団をめくって、わたしの肌に触れてみて」

 話の流れが読めない。とりあえず、サラは言われた通りに、布団を少しだけめくり上げて、ペパベールの肩を露わにした。そして、そこに触れる。ツヤツヤとした感触。少し力を込めると、まるで人間の肌と同じように、ペパベールの身体はその指を押し返した。

──本当に、人間そっくりなのね。

 顔の作りや、肌の感触。今まで会った人形の中で、ペパベールは一番人間に近いと思った。

「どう?」
「どうって……えっと、柔らかい、です……?」

 どう答えて欲しかったのかわからなかったサラは、とりあえずそう告げた。それが正解だったようで、ペパベールは「そうでしょう?」と呟いた。

「これ、抱き心地がいいようになのよ」
「……抱き心地……?」
「あら、まだわからない? あなたくらいの歳ならわかると思ったのだけれど」

 うーん、と困ったように唸ると、ペパベールは小さくため息をついた。それは、何かを諦めたように、一区切りをつけるようにつかれたため息だった。

「つまりね、わたしの仕事って、センの性欲処理なのよ」
「え……」
「ラブドール、って言われたらわかる? 愛玩用の人形なのよ、わたし」
「……!」

 ペパベールのストレートな物言いに、サラはようやく理解した。理解したからこそ、言葉が出なかった。

「さっき、センに『人を』犯す勇気はないって言ったでしょう? 当たり前よ、わたしがいるもの」
「……えっと、あの」

 サラは自身の服の裾をぎゅっと掴んだ。今まで、人間の勝手で不自由な生活を送る人形を何度も見て、何度もその思いを聞いてきた。その度に胸が苦しくなってきたが、ペパベールにおいては、その上をいくつらさを覚えた。彼女はそもそも、『人間の欲求を満たすためだけに作られた』人形なのだ。

「……嫌じゃ、ないんですか」

 人形の声を聞けるのは自分だけであるという使命感もあり、サラは彼女の不満を受け止めようと思った。自分に打ち明けて、少しでも心が晴れるならと。聞くことしかできないが、それが少しでも彼らの役に立つならば。

「そりゃあ、セックスは好きじゃないわ。センはとっても気持ち良さそうにわたしのなかに欲を吐き出すけれど、わたしは人形だし、何も感じない。いつも早く終わらないかなって思うわ」

──『お願い、早く』。

 彼女は、世間話をするように語る。遠くで鐘が鳴ってるような。ぼんやりとした頭の痛みが、だんだん明確なものに変わってきていた。

「嫌じゃないかって聞いたわね。でも、わたしの声は、あの人に届かないでしょう? 嫌だなんて思うこと自体、しょうがないことなのよね、きっと」

──『嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。やめてっ……!』。

 ズキン。ズキン。その痛みはサラの思考を邪魔するように響く。
 声は届かない。そうだ。人形の声は、人間には届かない。

「あぁでもわたし、もしセンに声が届いても、きっと嫌だなんて言わないと思うわ」
「……どうし、て……?」

 ズキン。ズキン。やっとの事でペパベールに相槌を打つ。

「だって、わたしの役割なんてそれだけでしょう? セックスできないラブドールなんて、捨てられてしまうわ」

──私の役割はそれだけ。

 どうして。どうしてペパベールの言葉がこんなにも胸に刺さるのか。頭の痛みは引かない。むしろだんだん強くなって、割れんばかりだ。

「ねぇ、思っていたことを言ってもいい?」
「……?」

 ペパベールはそう言うと、少しだけ押し黙った。見られている。頭があまりにも痛くてペパベールの方を確認できないが、確かにそう感じた。

「あなた、わたしと同じ匂いがするの。ねぇ、あなたも、わたしと同じなんでしょう?」
「……っ!」

──『お願い、もうやめてくださいっ……』

──『痛い、なんでこんなことするんですか。お願い、離してくださいっ……!』

──『……お父、様……っ』

「嫌ぁぁあああああああ!!」

 頭の中で響いている声なのか。今この瞬間に口から出てる声なのか。サラ自身もわからぬまま、あまりの頭の痛さに意識を手放した。


 * * *


 サラは自室のベッドで横になっていた。いつも通りの夜だった。フカフカの広いベッド。幼少の頃から与えられていた自室は、この歳になっても狭いとは感じない。
 こうしていると、いつの間にか睡魔がやってきて、またいつも通りの朝を迎えるのだ。母に言われた服を着て、言われた通りに勉強をして。それが当たり前の日常だった。
 しかし、その日は様子が違った。キィ、と部屋の扉が開いた。鍵はかけてあった。それを開けることが出来るのは、両親だけである。慌ててベッドから飛び起きると、父が音を立てないように扉を閉めたところだった。

『……お父様? どうなさったんですか……?』
『静かにしなさい』

 こちらの質問には答えない父に、違和感を覚えた。しかもこんな夜中に部屋にやって来るなんて、よほど急用ではないのだろうか。

『……あの……?』

 もう一度尋ねるも、無言のまま父はサラのベッドに膝をついた。そのまま、両手もベッドについて身体をベッドに乗せる。

『……お父様……?』
『シルヴィのお腹に赤ん坊がいることは知ってるね』
『……はい……』

 それは前から聞かされていた。自分に弟が出来るということは嬉しいことではあった。しかしそれ以上に喜んでいたのは両親だったはずだ。赤ん坊の性別がわかってから、両親が待望の跡取りの誕生を嬉しそうにしているのを見て、妬けてしまうほどだった。

『喜ばしいこと、です』
『お前に跡を継がせるよう躍起になる必要もなくなったからな』
『……はい』

 今まで、長女であるサラがこの財閥を継ぐべくして教育を受けてきたが、息子が出来たとなると話は変わってくる。一応今まで通り勉強はしているが、その役目が終わるのももうすぐだろう。

『……ところで、お父様は、こんな夜中に、どうなさったのですか……?』
『赤ん坊がいる。そうだ』
『……あの……?』
『シルヴィは母である前に私の妻だ。でも今は母の仕事が重すぎて、妻としての働きが出来ない』

 様子がおかしい。そう気付いたのは、父の目がほのかな月明かりで照らされたからだった。目が座っている。サラはジリジリと距離を詰められて、身動きが取れないでいた。

『……言っている意味がよく──きゃあ!』

 ぐっと手首を掴まれて、逃げられなくなった。思わず叫び声をあげると、空いてる方の手で口を塞がれる。

『……ふ……っ! ふーっ!』
『静かにしなさい』

 口はすぐに解放された。その代わり、さっきまで口を塞いでた手が、サラの身体をまさぐり始める。

『!? お父様……っなにをなさるんですか!?』

 服の上からなぞるように身体をまさぐっていた手が、煩わしそうに服を捲り上げた。すぐにサラの白い肌が露わになって、膨らみかけた胸が父の手に包まれる。

『嫌だっ嫌だ嫌だ嫌だ! やめてください、お父様っ……!』

 怖い。こんな父を見たのは初めてだった。抵抗するたびに、拘束する手に力が篭る。痛い。思わず硬く目をつむった。サラの訴えは父には届かない。嫌だ、離してと言えば言うほど、その手には力が込められた。しばらく胸をいじっていた父の手が下に伸びた時、サラは思い切り身体をじたばたとさせた。

『いやぁっ! やめてくださいっ……離して、お願いしますっ……! お父様っ……』

 精一杯の抵抗だった。もしかしたら、やめてくれるかもしれない。諦めてくれるかもしれない。そう思って、精一杯暴れた。
 パシン! 乾いた音が部屋に響いた。自分が殴られた音だと理解したのは、その痛みがじんじんと襲ってきてからだった。痛みに反応するように、目からは涙が零れ落ちた。
 父を見た。父は冷たい瞳でサラを見下ろしている。しばらくして、父はサラの下着を取り去って、下を触り始めた。

──あぁ、無駄なんだ。

 そう思った。私の声は届かないんだ。抵抗しても無駄なんだ。じんじんと脈打つように襲う頬の痛みと、そこに流れる涙だけを感じていた。抵抗しなくなったサラを見て満足したのか、父はそのまま最後まで行為を続けた。
 痛みさえもう、感じなくなっていた。


 * * *
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