ヒトガタの命

天乃 彗

文字の大きさ
22 / 27
人形屋

04

しおりを挟む
 次の休みの日、メデュナはサラを買い物に誘った。誘われた、と言うよりかは、連れ出された、の方が正しいかもしれない。少しサイズが大きくて、ブカブカのメデュナの外着を着せられ、街に繰り出した。
 何を買うのだろう。連れられるまま考えていると、辿り着いたのは布や裁縫道具などを取り扱う手芸店だった。それを見て、サラは納得する。人形を作る材料を買うのだ。
 メデュナの人形屋は、売り場の奥に工房のようなスペースがある。大きなミシンや作りかけの人形が置いてあり、確かそこに材料も一緒くたに置かれている。巻かれた状態の布が二、三本立てかけてあったのを見たときは、驚いた。布はこのように売られているのか、と。確かに、あれを一人で運ぶのにはあまりに大変だ。だから荷物持ちとして駆り出されたのだろう。
 メデュナは慣れた足取りで手芸店に入り、一巻き一巻き布を見ている。時折それを手にしては戻す。悩んでいるようだった。不意に、サラに向き直った。

「サラ。こっちへ来て」
「?」

 もう決めたのだろうか、とメデュナの方へ寄る。するとメデュナは手にしていた深いグリーンの布の一巻きをサラに持たせた。サラの胸元くらいある大きな巻物で、サラはその大きさと重さにただ驚く。

「やっぱり、サラは綺麗な金髪だから、こういう色が似合うと思ったのよね。あら、でも、こっちも捨て難いわ」
「……え?」

 今、なんて? 聞き返そうとすると、今度はワインレッドの布をサラにあてがう。

「ねぇ、サラはどんな色が好き?」
「あ、あの……。メデュナ、さん?」
「んー?」
「何を、探してるんですか?」
「あなたのお洋服を作る材料よ?」
「え!?」

 メデュナは一旦その二本の布を棚に戻して、今度は鮮やかな柄がある方を探し始める。目線は滑らせながら、サラに返事をする。

「私のお下がりじゃ大きすぎるじゃない? だから……」
「私、このままでも平気です!」

 目一杯主張するも、メデュナの目は布の間を行ったり来たりしている。

「……たしかに、今までのを縫い直すのもいいかも」
「そういうことじゃなくって!」

 これ以上、何かをもらってしまったら、お返しが追いつかないではないか。サラはメデュナの考えを正そうと躍起になるが、メデュナは一度決めたことは絶対に覆さないのだ。

「私が、作りたいの! だからあなたが気にすることは何もないし、文句は言わせませんっ」
「でも……」
「でもは禁止!」

 言い込められて、何も言えない。口を結んでメデュナを見ていると、「それにね、」とメデュナが言葉を付け足した。

「夢だったの、私。子供ができたら、こういう風に、洋服を作ってあげたいなって」
「……っ、」

──そんな風に言われたら、反論なんて出来ないじゃない……。

 布を選ぶメデュナの横顔はとても楽しそうで。自分の子供のように扱われた嬉しさと、それを嬉しく思ってしまったことへの罪悪感とで胸がいっぱいになった。
 なんでこの人は、こんなに優しくしてくれるのだろう。なんで人形のような私に、普通の子供のように接してくれるのだろう。
 出会った時から変わらない、メデュナの態度を見ていると、なんだか──。

「……色は、何でも好きです。さっきのグリーン、素敵でした」
「うん」
「……長すぎるスカートは、きらいです」
「……うん」
「動きやすい、ズボンとか。短めのスカートとか、ワンピースとか。そういう……」
「……うん」
「──あっ……! ご、ごめんなさい! 私っ」
「いいの。もっと教えて。あなたが着たいものを作りたいから」

 メデュナはにこりと笑いながら、サラの頭を撫でた。その掌が柔らかくて、サラはわけもなく泣きそうになった。
 メデュナといると、なんだか──変わりたいと、思ってしまう。人形のようだった自分を捨てて、真人間として生きたいと。それなりにわがままを言って、自由に、普通の12歳の子供のように。そんなおこがましいことを思いかけては、またぎゅっと唇を噛んだ。


 * * *


 なんだか眠れなくて、そっとベッドから抜け出した。水でも飲もうとキッチンへ向かうと、売り場の奥の明かりがついている。カーテンから顔を覗かせると、工房スペースで服の型紙を作っているメデュナがいた。大きさから察するに、サラの服の型だった。

──こんな遅い時間なのに。

 ここへやって来てからというもの、疲れがたまっていたからかベッドに入るとすぐ眠ってしまっていたため、メデュナがいつまで起きているのかは知らなかった。でも、こんな遅い時間まで起きているとは予想外だ。しかも、サラの着る服を作っている。
 サラはそっと鍋にミルクを注いで温め始めた。こんなことではお返しにならないかもしれないが、せめて彼女が体を冷やさないように。湯気の立つそれをマグカップに注いで、工房スペースに運ぶ。物音に気付いたメデュナが振り返って驚いた顔を浮かべる。

「……なんだか眠れなくて。ここにいても、いいですか」
「そう。もちろんよ」

 言いながら、マグカップをメデュナに手渡した。

「ありがとう」

 それを受け取ったメデュナは、サラの手元にもう一つマグカップがないことに気がついた。

「自分の分は?」
「私は、いいんです。そもそも、メデュナさんの家の食糧だし……って、今まで散々ご馳走になってていうことじゃないかもしれないですけど……」
「そんなこと気にしなくてもいいのに、子供なんだから」

 困ったような笑みを浮かべて、そのホットミルクを一口啜る。ドキリ、とする。また、子供扱いしてくれた。

「何着か、今までの服の手直しは済んだから、明日からはこれを着るといいわ」

 ニコリ、と洋服を手渡される。あてがってみると、しっかりとサラの体のサイズになっていて、またぎゅっと胸が締め付けられた。ブカブカで脛あたりまでの長さだったスカートが、言った通り、少し短めになっている。

「わぁ! サラ、かわいい! にあうにあう!」

 人形の一人がそう言ってくれた。サラはカウンターに洋服を置くと、その人形を抱き上げた。そっと頭を撫でて、感謝の言葉代わりにする。すると、今までミルクを飲んでいたメデュナが不意に呟いた。

「サラは優しい子ね」
「え……」

 湯気の向こうに見えるメデュナは、真っ直ぐサラを見つめている。

「このミルクもそうだし。自分のことより相手のことを考えられる、優しい子よ」
「そんなこと、」
「うん! サラ、やさしいやさしい!」

 言葉を人形に阻まれる。
 そんなことはないのだ。このミルクだって、打算で渡した。そんなことを言われる筋合いはないのに。

「それに、この子たちをまるで生きてるみたいに扱ってくれるでしょう? 私、すごく嬉しいのよ」
「──ッ、それは、」

 本当に、生きているから。それは今までの旅の中で散々わかってきたことだ。メデュナにそれが伝わらなくても、サラにはそれがわかるから。

「……わた、しも」

 人形の、サラにはわかるから。

「……人形、だから」

 その声は小さく震えていた。消え入りそうな声で呟いたのに、深夜の部屋には静かに響いた。しん、と静まり返る部屋で、不意にメデュナが立ち上がった。ガタッと椅子が引かれる音がして、サラは肩を震わせる。
 メデュナは一歩一歩、サラに近づいてくる。サラは驚いて立ち竦んでいたが、その次の瞬間、温かい感触に包まれた。

「あなたは人間よ、サラ」

 それがメデュナに抱きしめられた感触だと気付いたのは、その声が耳元で聞こえたからだった。

「だって、ほら。こんなに温かいでしょう」

 メデュナの声も、少し鼻声だった。

──なんで、あなたが泣きそうなの、メデュナさん。

 それにつられて涙が滲んだサラは、それを隠そうと顔をメデュナの胸に押し当てた。トクン、トクンと脈を打つ心音が心地いい。こんな風に抱きしめられることも久しぶりだった。その温かさが嬉しくて、思わず嗚咽が漏れた。


 * * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

処理中です...