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人形屋
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次の休みの日、メデュナはサラを買い物に誘った。誘われた、と言うよりかは、連れ出された、の方が正しいかもしれない。少しサイズが大きくて、ブカブカのメデュナの外着を着せられ、街に繰り出した。
何を買うのだろう。連れられるまま考えていると、辿り着いたのは布や裁縫道具などを取り扱う手芸店だった。それを見て、サラは納得する。人形を作る材料を買うのだ。
メデュナの人形屋は、売り場の奥に工房のようなスペースがある。大きなミシンや作りかけの人形が置いてあり、確かそこに材料も一緒くたに置かれている。巻かれた状態の布が二、三本立てかけてあったのを見たときは、驚いた。布はこのように売られているのか、と。確かに、あれを一人で運ぶのにはあまりに大変だ。だから荷物持ちとして駆り出されたのだろう。
メデュナは慣れた足取りで手芸店に入り、一巻き一巻き布を見ている。時折それを手にしては戻す。悩んでいるようだった。不意に、サラに向き直った。
「サラ。こっちへ来て」
「?」
もう決めたのだろうか、とメデュナの方へ寄る。するとメデュナは手にしていた深いグリーンの布の一巻きをサラに持たせた。サラの胸元くらいある大きな巻物で、サラはその大きさと重さにただ驚く。
「やっぱり、サラは綺麗な金髪だから、こういう色が似合うと思ったのよね。あら、でも、こっちも捨て難いわ」
「……え?」
今、なんて? 聞き返そうとすると、今度はワインレッドの布をサラにあてがう。
「ねぇ、サラはどんな色が好き?」
「あ、あの……。メデュナ、さん?」
「んー?」
「何を、探してるんですか?」
「あなたのお洋服を作る材料よ?」
「え!?」
メデュナは一旦その二本の布を棚に戻して、今度は鮮やかな柄がある方を探し始める。目線は滑らせながら、サラに返事をする。
「私のお下がりじゃ大きすぎるじゃない? だから……」
「私、このままでも平気です!」
目一杯主張するも、メデュナの目は布の間を行ったり来たりしている。
「……たしかに、今までのを縫い直すのもいいかも」
「そういうことじゃなくって!」
これ以上、何かをもらってしまったら、お返しが追いつかないではないか。サラはメデュナの考えを正そうと躍起になるが、メデュナは一度決めたことは絶対に覆さないのだ。
「私が、作りたいの! だからあなたが気にすることは何もないし、文句は言わせませんっ」
「でも……」
「でもは禁止!」
言い込められて、何も言えない。口を結んでメデュナを見ていると、「それにね、」とメデュナが言葉を付け足した。
「夢だったの、私。子供ができたら、こういう風に、洋服を作ってあげたいなって」
「……っ、」
──そんな風に言われたら、反論なんて出来ないじゃない……。
布を選ぶメデュナの横顔はとても楽しそうで。自分の子供のように扱われた嬉しさと、それを嬉しく思ってしまったことへの罪悪感とで胸がいっぱいになった。
なんでこの人は、こんなに優しくしてくれるのだろう。なんで人形のような私に、普通の子供のように接してくれるのだろう。
出会った時から変わらない、メデュナの態度を見ていると、なんだか──。
「……色は、何でも好きです。さっきのグリーン、素敵でした」
「うん」
「……長すぎるスカートは、きらいです」
「……うん」
「動きやすい、ズボンとか。短めのスカートとか、ワンピースとか。そういう……」
「……うん」
「──あっ……! ご、ごめんなさい! 私っ」
「いいの。もっと教えて。あなたが着たいものを作りたいから」
メデュナはにこりと笑いながら、サラの頭を撫でた。その掌が柔らかくて、サラはわけもなく泣きそうになった。
メデュナといると、なんだか──変わりたいと、思ってしまう。人形のようだった自分を捨てて、真人間として生きたいと。それなりにわがままを言って、自由に、普通の12歳の子供のように。そんなおこがましいことを思いかけては、またぎゅっと唇を噛んだ。
* * *
なんだか眠れなくて、そっとベッドから抜け出した。水でも飲もうとキッチンへ向かうと、売り場の奥の明かりがついている。カーテンから顔を覗かせると、工房スペースで服の型紙を作っているメデュナがいた。大きさから察するに、サラの服の型だった。
──こんな遅い時間なのに。
ここへやって来てからというもの、疲れがたまっていたからかベッドに入るとすぐ眠ってしまっていたため、メデュナがいつまで起きているのかは知らなかった。でも、こんな遅い時間まで起きているとは予想外だ。しかも、サラの着る服を作っている。
サラはそっと鍋にミルクを注いで温め始めた。こんなことではお返しにならないかもしれないが、せめて彼女が体を冷やさないように。湯気の立つそれをマグカップに注いで、工房スペースに運ぶ。物音に気付いたメデュナが振り返って驚いた顔を浮かべる。
「……なんだか眠れなくて。ここにいても、いいですか」
「そう。もちろんよ」
言いながら、マグカップをメデュナに手渡した。
「ありがとう」
それを受け取ったメデュナは、サラの手元にもう一つマグカップがないことに気がついた。
「自分の分は?」
「私は、いいんです。そもそも、メデュナさんの家の食糧だし……って、今まで散々ご馳走になってていうことじゃないかもしれないですけど……」
「そんなこと気にしなくてもいいのに、子供なんだから」
困ったような笑みを浮かべて、そのホットミルクを一口啜る。ドキリ、とする。また、子供扱いしてくれた。
「何着か、今までの服の手直しは済んだから、明日からはこれを着るといいわ」
ニコリ、と洋服を手渡される。あてがってみると、しっかりとサラの体のサイズになっていて、またぎゅっと胸が締め付けられた。ブカブカで脛あたりまでの長さだったスカートが、言った通り、少し短めになっている。
「わぁ! サラ、かわいい! にあうにあう!」
人形の一人がそう言ってくれた。サラはカウンターに洋服を置くと、その人形を抱き上げた。そっと頭を撫でて、感謝の言葉代わりにする。すると、今までミルクを飲んでいたメデュナが不意に呟いた。
「サラは優しい子ね」
「え……」
湯気の向こうに見えるメデュナは、真っ直ぐサラを見つめている。
「このミルクもそうだし。自分のことより相手のことを考えられる、優しい子よ」
「そんなこと、」
「うん! サラ、やさしいやさしい!」
言葉を人形に阻まれる。
そんなことはないのだ。このミルクだって、打算で渡した。そんなことを言われる筋合いはないのに。
「それに、この子たちをまるで生きてるみたいに扱ってくれるでしょう? 私、すごく嬉しいのよ」
「──ッ、それは、」
本当に、生きているから。それは今までの旅の中で散々わかってきたことだ。メデュナにそれが伝わらなくても、サラにはそれがわかるから。
「……わた、しも」
人形の、サラにはわかるから。
「……人形、だから」
その声は小さく震えていた。消え入りそうな声で呟いたのに、深夜の部屋には静かに響いた。しん、と静まり返る部屋で、不意にメデュナが立ち上がった。ガタッと椅子が引かれる音がして、サラは肩を震わせる。
メデュナは一歩一歩、サラに近づいてくる。サラは驚いて立ち竦んでいたが、その次の瞬間、温かい感触に包まれた。
「あなたは人間よ、サラ」
それがメデュナに抱きしめられた感触だと気付いたのは、その声が耳元で聞こえたからだった。
「だって、ほら。こんなに温かいでしょう」
メデュナの声も、少し鼻声だった。
──なんで、あなたが泣きそうなの、メデュナさん。
それにつられて涙が滲んだサラは、それを隠そうと顔をメデュナの胸に押し当てた。トクン、トクンと脈を打つ心音が心地いい。こんな風に抱きしめられることも久しぶりだった。その温かさが嬉しくて、思わず嗚咽が漏れた。
* * *
何を買うのだろう。連れられるまま考えていると、辿り着いたのは布や裁縫道具などを取り扱う手芸店だった。それを見て、サラは納得する。人形を作る材料を買うのだ。
メデュナの人形屋は、売り場の奥に工房のようなスペースがある。大きなミシンや作りかけの人形が置いてあり、確かそこに材料も一緒くたに置かれている。巻かれた状態の布が二、三本立てかけてあったのを見たときは、驚いた。布はこのように売られているのか、と。確かに、あれを一人で運ぶのにはあまりに大変だ。だから荷物持ちとして駆り出されたのだろう。
メデュナは慣れた足取りで手芸店に入り、一巻き一巻き布を見ている。時折それを手にしては戻す。悩んでいるようだった。不意に、サラに向き直った。
「サラ。こっちへ来て」
「?」
もう決めたのだろうか、とメデュナの方へ寄る。するとメデュナは手にしていた深いグリーンの布の一巻きをサラに持たせた。サラの胸元くらいある大きな巻物で、サラはその大きさと重さにただ驚く。
「やっぱり、サラは綺麗な金髪だから、こういう色が似合うと思ったのよね。あら、でも、こっちも捨て難いわ」
「……え?」
今、なんて? 聞き返そうとすると、今度はワインレッドの布をサラにあてがう。
「ねぇ、サラはどんな色が好き?」
「あ、あの……。メデュナ、さん?」
「んー?」
「何を、探してるんですか?」
「あなたのお洋服を作る材料よ?」
「え!?」
メデュナは一旦その二本の布を棚に戻して、今度は鮮やかな柄がある方を探し始める。目線は滑らせながら、サラに返事をする。
「私のお下がりじゃ大きすぎるじゃない? だから……」
「私、このままでも平気です!」
目一杯主張するも、メデュナの目は布の間を行ったり来たりしている。
「……たしかに、今までのを縫い直すのもいいかも」
「そういうことじゃなくって!」
これ以上、何かをもらってしまったら、お返しが追いつかないではないか。サラはメデュナの考えを正そうと躍起になるが、メデュナは一度決めたことは絶対に覆さないのだ。
「私が、作りたいの! だからあなたが気にすることは何もないし、文句は言わせませんっ」
「でも……」
「でもは禁止!」
言い込められて、何も言えない。口を結んでメデュナを見ていると、「それにね、」とメデュナが言葉を付け足した。
「夢だったの、私。子供ができたら、こういう風に、洋服を作ってあげたいなって」
「……っ、」
──そんな風に言われたら、反論なんて出来ないじゃない……。
布を選ぶメデュナの横顔はとても楽しそうで。自分の子供のように扱われた嬉しさと、それを嬉しく思ってしまったことへの罪悪感とで胸がいっぱいになった。
なんでこの人は、こんなに優しくしてくれるのだろう。なんで人形のような私に、普通の子供のように接してくれるのだろう。
出会った時から変わらない、メデュナの態度を見ていると、なんだか──。
「……色は、何でも好きです。さっきのグリーン、素敵でした」
「うん」
「……長すぎるスカートは、きらいです」
「……うん」
「動きやすい、ズボンとか。短めのスカートとか、ワンピースとか。そういう……」
「……うん」
「──あっ……! ご、ごめんなさい! 私っ」
「いいの。もっと教えて。あなたが着たいものを作りたいから」
メデュナはにこりと笑いながら、サラの頭を撫でた。その掌が柔らかくて、サラはわけもなく泣きそうになった。
メデュナといると、なんだか──変わりたいと、思ってしまう。人形のようだった自分を捨てて、真人間として生きたいと。それなりにわがままを言って、自由に、普通の12歳の子供のように。そんなおこがましいことを思いかけては、またぎゅっと唇を噛んだ。
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なんだか眠れなくて、そっとベッドから抜け出した。水でも飲もうとキッチンへ向かうと、売り場の奥の明かりがついている。カーテンから顔を覗かせると、工房スペースで服の型紙を作っているメデュナがいた。大きさから察するに、サラの服の型だった。
──こんな遅い時間なのに。
ここへやって来てからというもの、疲れがたまっていたからかベッドに入るとすぐ眠ってしまっていたため、メデュナがいつまで起きているのかは知らなかった。でも、こんな遅い時間まで起きているとは予想外だ。しかも、サラの着る服を作っている。
サラはそっと鍋にミルクを注いで温め始めた。こんなことではお返しにならないかもしれないが、せめて彼女が体を冷やさないように。湯気の立つそれをマグカップに注いで、工房スペースに運ぶ。物音に気付いたメデュナが振り返って驚いた顔を浮かべる。
「……なんだか眠れなくて。ここにいても、いいですか」
「そう。もちろんよ」
言いながら、マグカップをメデュナに手渡した。
「ありがとう」
それを受け取ったメデュナは、サラの手元にもう一つマグカップがないことに気がついた。
「自分の分は?」
「私は、いいんです。そもそも、メデュナさんの家の食糧だし……って、今まで散々ご馳走になってていうことじゃないかもしれないですけど……」
「そんなこと気にしなくてもいいのに、子供なんだから」
困ったような笑みを浮かべて、そのホットミルクを一口啜る。ドキリ、とする。また、子供扱いしてくれた。
「何着か、今までの服の手直しは済んだから、明日からはこれを着るといいわ」
ニコリ、と洋服を手渡される。あてがってみると、しっかりとサラの体のサイズになっていて、またぎゅっと胸が締め付けられた。ブカブカで脛あたりまでの長さだったスカートが、言った通り、少し短めになっている。
「わぁ! サラ、かわいい! にあうにあう!」
人形の一人がそう言ってくれた。サラはカウンターに洋服を置くと、その人形を抱き上げた。そっと頭を撫でて、感謝の言葉代わりにする。すると、今までミルクを飲んでいたメデュナが不意に呟いた。
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「え……」
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「そんなこと、」
「うん! サラ、やさしいやさしい!」
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そんなことはないのだ。このミルクだって、打算で渡した。そんなことを言われる筋合いはないのに。
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本当に、生きているから。それは今までの旅の中で散々わかってきたことだ。メデュナにそれが伝わらなくても、サラにはそれがわかるから。
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その声は小さく震えていた。消え入りそうな声で呟いたのに、深夜の部屋には静かに響いた。しん、と静まり返る部屋で、不意にメデュナが立ち上がった。ガタッと椅子が引かれる音がして、サラは肩を震わせる。
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「あなたは人間よ、サラ」
それがメデュナに抱きしめられた感触だと気付いたのは、その声が耳元で聞こえたからだった。
「だって、ほら。こんなに温かいでしょう」
メデュナの声も、少し鼻声だった。
──なんで、あなたが泣きそうなの、メデュナさん。
それにつられて涙が滲んだサラは、それを隠そうと顔をメデュナの胸に押し当てた。トクン、トクンと脈を打つ心音が心地いい。こんな風に抱きしめられることも久しぶりだった。その温かさが嬉しくて、思わず嗚咽が漏れた。
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