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人形屋
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「すみません」
「あっ、はぁい」
メデュナは接客用にトーンを高くした声でそれに答える。立ち上がってカウンターから顔を出すと、入り口に二人の男が立っていた。黒いスーツの男2人だった。とてもじゃないが、人形を買いに来た風体ではない。少し顔を強張らせたのを取り繕うように、彼らにニコリと微笑みかける。
「何かお探しですか?」
「──人を探している」
「え?」
人形屋に来たにしてはふさわしくない探し物に、メデュナは目を丸くした。投げるように名刺を渡されて、それに目を通す。
カウンターの下でそれを聞いていたサラは、思わずスカートを握る手の力を強めた。あと数秒で、見つかる。男たちはメデュナに向けて一枚の写真を見せた。見覚えのある一人の少女がそこに写っている。
「行方不明になっているアルピナ財閥の令嬢だ。この辺で目撃情報があったから一軒ずつ回っている。ここが最後なんだが、心当たりはないか」
──メデュナさん、お願い。
知らないって言って。そんな子なんて見たことないって。そしたら私は、今日の夜にでもここから去るから。迷惑はかけないようにするから。
手に込めた力は抜くことはできなかった。身体の震えは収まらない。息遣いが男たちに聞こえないよう、サラは必死に耐えていた。
メデュナは写真をまじまじと見つめて、考えた。しばらくしてから、写真を男たちに返す。
「……いいえ」
ホッとして息が漏れそうになるのを堪えた。ありがとう、と心の中で囁くと、男たちの声は責めるようにメデュナをなじった。
「本当だな? 何かを隠しているなら、警察に協力も仰ぐが?」
サラはまた息を飲んだ。あの家ならやりかねない。メデュナに迷惑をかけるわけにはいかない。それだったら、今ここで出て行ったほうがいいのではないか。
音を立てないように動くと、外からは見えないように、メデュナの手がそっとサラを制したのだった。
「見ての通り、辺鄙な町外れの人形屋ですから。この家は、私と、娘との二人暮らしで──あとは、人形たちしかいませんよ」
「……ッ!」
──今、なんて。
思わず顔を上げると、メデュナは男たちをまっすぐ見据えていた。しかし、カウンターの中でその手は、優しく、サラの頭を撫でた。
──どうして。
一筋の涙が頬を伝った。撫でられている頭から、温もりが伝わってくるようで。震えがすっとなくなっていく。
──どうして。
どうしてこの後に及んで、そんな優しい嘘をつくの。
「……そうか。それは失礼した。協力に感謝する」
「いいえ、どういたしまして」
メデュナは軽く会釈をして、男たちを見送った。ツカツカと靴の音が響いて、入り口付近で一度ピタリと止まった。
「もし、彼女を見かけたら先ほどの連絡先に連絡をしてほしい」
「はい、わかりました」
わかりました、といいつつ、メデュナの手は相変わらず優しい。その言葉が嘘であることはすぐに分かった。
靴音が遠のくにつれ、サラの心音は少しずつ落ち着いていった。入り口の人形が「ばいばーい!」と楽しげに言ったのを聞いて、ようやく彼らがいなくなったことを確認した。……とりあえず、見つからずに済んだ。
「──サラ」
メデュナが小さく名を呼んだのが分かった。サラは思わず身を強張らせる。
さっきの出来事でもうわかっただろう。サラが厄介者であることを。そして、サラの身元も。「出て行け」と言われるかもしれない。さっきは情けをかけてくれたが、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのはメデュナだって嫌なはずだ。いつかは出て行かなければと思っていたのだ。それが早まっただけ。そう思えばいいのに──「出て行きます」の一言が出てこない。
「……そのお花、私へ?」
「……え……」
しかし、メデュナから出てきた言葉は予想外のものだった。サラの手元を見つめながら、にっこりと笑う。恐怖のあまり握りしめていたため、茎が曲がってしまっている一輪の花。忘れてしまっていたが、メデュナへの感謝を告げる花だ。
「……そう……。折れちゃった、けど。あなたに、いままでのぶん、たくさんありがとうを言いたくて──」
綺麗に包装してもらったのに、随分不恰好になってしまった。渡そうかどうか迷っていると、メデュナの腕は一直線にその花へ伸びた。
「ありがとう、サラ。とても綺麗よ」
すると、メデュナの頬に一筋、何かが落ちるのが分かった。それが涙だと気がつくより早く、サラはメデュナに強く強く抱きしめられていた。
こんな細い体の、どこからこんな力が出るのだろう、と思うほど。きつく抱きしめられるたび、安心感に涙が溢れた。さっきまでの恐怖が嘘のように消えていく。こんな風にされたことは、あの家にいた頃にあっただろうか──。
「うちに来なさい」
耳元で、メデュナは確かにそう言った。驚いて顔を上げると、メデュナは涙を隠すように笑って、もう一度同じことを言った。今度は言い聞かせるように、しっかりと。
「うちに来なさい、サラ」
「……っ、でも!」
「さっき言ったでしょう。ここは、私と、娘との二人暮らしです」
それは、あの男たちを帰すための嘘で。その場しのぎで言ったことにすぎなくて。あんなに嬉しい嘘はないと思った。だけど──。
「これ以上、メデュナさんに甘えることはできないよ!」
「甘えてるなんて、誰が言ったの? いーい? サラ」
すると、メデュナはサラの両肩をがしりと掴んで立ち上がらせ、体を向き直らせた。そこにはいつもの売り場の風景が広がっている。たくさんの人形たちがこれでもかというほど並んでいた。
「この子たち、みーんな私の子供よ? 今更子供が一人増えたところで、なーんにも困らないわ!」
メデュナの声に、人形たちが大いに湧いた。
「ソーダゾ、キョウダイ!」
「サラ、妹? あたしの妹?」
「わーい、サラとずっと一緒だ!」
自分のことを認めてもらえることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。人形たちの言葉に思わず泣きそうになる。無邪気に喜ぶ人形たちの声は、サラにしか聞こえないはずだった。それなのに、メデュナはサラの後ろで小さく笑った。
「……きっと、この子たちも喜んでいるわ」
きっと、最初から思っていた。この人の子供になれたら、どんなにか幸せだろうと。優しく頭を撫でる手のひらの柔らかさを、愛しげに名前を呼ぶその声を、ずっと聞けたらどれだけ幸せだろうと。
少しだけ羨ましかったのだ。メデュナの愛情を一身に受ける、ここにいる人形──否、子供たちが。
もしそれが本当に手に入るのだとしたら──
「……わっ、わたっ……私ぃっ……あなたの、こどもにっ……子供に、なりたいっ……!」
この手を絶対に離したくないと、そう思うのだ。
まるで赤子のように泣きじゃくるサラの背中を、メデュナはあやすように撫でた。それなのに涙は溢れ出るばかりだったが、メデュナはそれを咎めなかった。
* * *
「あっ、はぁい」
メデュナは接客用にトーンを高くした声でそれに答える。立ち上がってカウンターから顔を出すと、入り口に二人の男が立っていた。黒いスーツの男2人だった。とてもじゃないが、人形を買いに来た風体ではない。少し顔を強張らせたのを取り繕うように、彼らにニコリと微笑みかける。
「何かお探しですか?」
「──人を探している」
「え?」
人形屋に来たにしてはふさわしくない探し物に、メデュナは目を丸くした。投げるように名刺を渡されて、それに目を通す。
カウンターの下でそれを聞いていたサラは、思わずスカートを握る手の力を強めた。あと数秒で、見つかる。男たちはメデュナに向けて一枚の写真を見せた。見覚えのある一人の少女がそこに写っている。
「行方不明になっているアルピナ財閥の令嬢だ。この辺で目撃情報があったから一軒ずつ回っている。ここが最後なんだが、心当たりはないか」
──メデュナさん、お願い。
知らないって言って。そんな子なんて見たことないって。そしたら私は、今日の夜にでもここから去るから。迷惑はかけないようにするから。
手に込めた力は抜くことはできなかった。身体の震えは収まらない。息遣いが男たちに聞こえないよう、サラは必死に耐えていた。
メデュナは写真をまじまじと見つめて、考えた。しばらくしてから、写真を男たちに返す。
「……いいえ」
ホッとして息が漏れそうになるのを堪えた。ありがとう、と心の中で囁くと、男たちの声は責めるようにメデュナをなじった。
「本当だな? 何かを隠しているなら、警察に協力も仰ぐが?」
サラはまた息を飲んだ。あの家ならやりかねない。メデュナに迷惑をかけるわけにはいかない。それだったら、今ここで出て行ったほうがいいのではないか。
音を立てないように動くと、外からは見えないように、メデュナの手がそっとサラを制したのだった。
「見ての通り、辺鄙な町外れの人形屋ですから。この家は、私と、娘との二人暮らしで──あとは、人形たちしかいませんよ」
「……ッ!」
──今、なんて。
思わず顔を上げると、メデュナは男たちをまっすぐ見据えていた。しかし、カウンターの中でその手は、優しく、サラの頭を撫でた。
──どうして。
一筋の涙が頬を伝った。撫でられている頭から、温もりが伝わってくるようで。震えがすっとなくなっていく。
──どうして。
どうしてこの後に及んで、そんな優しい嘘をつくの。
「……そうか。それは失礼した。協力に感謝する」
「いいえ、どういたしまして」
メデュナは軽く会釈をして、男たちを見送った。ツカツカと靴の音が響いて、入り口付近で一度ピタリと止まった。
「もし、彼女を見かけたら先ほどの連絡先に連絡をしてほしい」
「はい、わかりました」
わかりました、といいつつ、メデュナの手は相変わらず優しい。その言葉が嘘であることはすぐに分かった。
靴音が遠のくにつれ、サラの心音は少しずつ落ち着いていった。入り口の人形が「ばいばーい!」と楽しげに言ったのを聞いて、ようやく彼らがいなくなったことを確認した。……とりあえず、見つからずに済んだ。
「──サラ」
メデュナが小さく名を呼んだのが分かった。サラは思わず身を強張らせる。
さっきの出来事でもうわかっただろう。サラが厄介者であることを。そして、サラの身元も。「出て行け」と言われるかもしれない。さっきは情けをかけてくれたが、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのはメデュナだって嫌なはずだ。いつかは出て行かなければと思っていたのだ。それが早まっただけ。そう思えばいいのに──「出て行きます」の一言が出てこない。
「……そのお花、私へ?」
「……え……」
しかし、メデュナから出てきた言葉は予想外のものだった。サラの手元を見つめながら、にっこりと笑う。恐怖のあまり握りしめていたため、茎が曲がってしまっている一輪の花。忘れてしまっていたが、メデュナへの感謝を告げる花だ。
「……そう……。折れちゃった、けど。あなたに、いままでのぶん、たくさんありがとうを言いたくて──」
綺麗に包装してもらったのに、随分不恰好になってしまった。渡そうかどうか迷っていると、メデュナの腕は一直線にその花へ伸びた。
「ありがとう、サラ。とても綺麗よ」
すると、メデュナの頬に一筋、何かが落ちるのが分かった。それが涙だと気がつくより早く、サラはメデュナに強く強く抱きしめられていた。
こんな細い体の、どこからこんな力が出るのだろう、と思うほど。きつく抱きしめられるたび、安心感に涙が溢れた。さっきまでの恐怖が嘘のように消えていく。こんな風にされたことは、あの家にいた頃にあっただろうか──。
「うちに来なさい」
耳元で、メデュナは確かにそう言った。驚いて顔を上げると、メデュナは涙を隠すように笑って、もう一度同じことを言った。今度は言い聞かせるように、しっかりと。
「うちに来なさい、サラ」
「……っ、でも!」
「さっき言ったでしょう。ここは、私と、娘との二人暮らしです」
それは、あの男たちを帰すための嘘で。その場しのぎで言ったことにすぎなくて。あんなに嬉しい嘘はないと思った。だけど──。
「これ以上、メデュナさんに甘えることはできないよ!」
「甘えてるなんて、誰が言ったの? いーい? サラ」
すると、メデュナはサラの両肩をがしりと掴んで立ち上がらせ、体を向き直らせた。そこにはいつもの売り場の風景が広がっている。たくさんの人形たちがこれでもかというほど並んでいた。
「この子たち、みーんな私の子供よ? 今更子供が一人増えたところで、なーんにも困らないわ!」
メデュナの声に、人形たちが大いに湧いた。
「ソーダゾ、キョウダイ!」
「サラ、妹? あたしの妹?」
「わーい、サラとずっと一緒だ!」
自分のことを認めてもらえることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。人形たちの言葉に思わず泣きそうになる。無邪気に喜ぶ人形たちの声は、サラにしか聞こえないはずだった。それなのに、メデュナはサラの後ろで小さく笑った。
「……きっと、この子たちも喜んでいるわ」
きっと、最初から思っていた。この人の子供になれたら、どんなにか幸せだろうと。優しく頭を撫でる手のひらの柔らかさを、愛しげに名前を呼ぶその声を、ずっと聞けたらどれだけ幸せだろうと。
少しだけ羨ましかったのだ。メデュナの愛情を一身に受ける、ここにいる人形──否、子供たちが。
もしそれが本当に手に入るのだとしたら──
「……わっ、わたっ……私ぃっ……あなたの、こどもにっ……子供に、なりたいっ……!」
この手を絶対に離したくないと、そう思うのだ。
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