台風の目(仮)

来条恵夢

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「気持ち良いわねえ…」 
 のんびりと、女が息をつく。 
 湯をすくい上げる手は白く、ほっそりとしている。金色の見事な髪は今は頭上で巻き上げた布の中に押し込められているが、深い、青とも緑ともつかない瞳は、うっとりと細められていた。 
 二十歳よりは上くらいだろうか。 
 女は肩まで湯につかり、満足そうに溜息をついた。 
 そのときに突然、近くの茂みが音を立てて揺れた。女がそちらに鋭い視線を投げかけると、黒い人影のようなものが見えた。素早く、その影に向けて何か弾くような仕草をした。 
「誰!」 
 非難の声に、影は茂みから盛大に音を立てながら遠ざかっていった。その後を、別の小さな影が、こちらはあまり音を立てることもなく追って行く。 
 それからしばらくの間、女は先ほどのようにのんびりと湯につかり、温泉を満喫していた。 
 しばらくして、ぺたりとした、素足の音に顔を上げる。温泉を囲む天然の岩に手を置いて、女は少し首を傾げた。 
「どうだった?」 
 衣服は脱いでいるが、剣と布を手に持ったシュムが首を振る。 
「駄目。すばしっこいっていうか…あれ、猿とかじゃない?」 
 言って、シュムは掛け湯をしてから温泉に入った。満足げに目を細めるが、女とは違って、そこには色気というものは皆無だった。 
 首まで湯につかりながらも、シュムは剣と布をいつでもつかめる場所に置いている。必然、二人は岩場に近いところにいることになった。
 これはもう、身に染み付いた習慣だ。剣を習って以来、シュムが剣を手の届かないところに置くことはあまりない。
「猿には見えなかったわよ? かといって、人にも思えなかったけど」 
「え?」 
 意外そうに、シュムは女、セレンを見た。湯煙に、お互い少しはかすんで見えるが、近くにいるから表情もしっかりとわかる。 
 セレンは、困ったように肩をすくめた。 
「とにかく、標はつけたわ。後で確認すればいいでしょ」 
「うーん、そうだね。ありがと、セレン」 
「ううん、こっちこそ。呼んでくれてありがとう。こうやって温泉に入れたし」 
「カイにも会えるし?」 
「……ええ」 
 セレンは恥ずかしそうに、少し俯いた。そうすると、男が見たらのぼせ上がりそうな見事な体つきで、しかも裸という今の状態にも関わらず、色気よりも可愛らしさが先立つ。 
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