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森編
九話,遭遇
しおりを挟むあれからどれだけの時間が経ったかは分からない。三回、四回と太陽が昇ったあたりで数える事はやめた。
依然として僕は修練に励んでいた。食料がそこらに生えたきのこなので場所を転々としながらではあるが、瞑想のおかげもあって筋肉は目に見えるレベルでついてきた。もし今村に戻ったら、ひと目で僕だと気付く人はいないかもしれない。
それと、合気道の基礎を地盤とした動きもだいぶ身に付いてきた。微かに残る『私』の記憶を引っ張りだして修練したため完璧とは言えないだろうが、今の僕には十分すぎる。現に何度かゴブリンによる襲撃は受けたが、三匹くらいならば素手でも問題なく対処が出来るようにはなっていた。
まぁ殺傷能力はないので撃退になってしまうが……そのおかげでゴブリンが僕を見ると逃げる事が多くなった。ゴブリンの中でも噂が立っているのかもしれない。
そろそろ次のステップに移る頃合いだろう。
僕は腕立て伏せを中断して、額に流れる汗を腕で拭った。近くの木に立て掛けておいた手頃な木の棒を手に取ると、それを正面に構えてみる。
合気道の記憶が戻ったのはいいが、肝心の得物の振り方が未だに分からない。『私』の記憶が戻るのを待つのもいいが、何がきっかけで記憶が戻るのかもわからない現状色々と試してみるのは悪い事でもないだろう。
なにより、今の僕は合気道という武術の基礎を習得している。これを応用すれば、得物の振り方が見るに堪えない──なんて事にはなりにくいだろう。
「取り敢えず素振りをひたすらしてみるか」
刀の振り方なんて分からない。でもそんな事は些細な問題でしかない。
『私』だって最初はそうだった筈だ。何も分からず刀を振った筈だ。これがあっているのがわからないまま、ただ強くなりたいが為に刀を振った筈だ。
確証はないが、確信はある。
『私』ならば、そうするであろうと。
それからはただただ木の棒を振り続けた。何度も何度も振り続け、木の棒だって何度も折れた。腕が棒になろうとも手にタコが出来ようとも、ただ一心に得物を振り続けた。
もちろんそれだけでなく筋肉を鍛えつつ瞑想もして、たまには休息するため川の方へと向かった。
それからまた何度目かの朝を迎えた。
もう何本目になるかも分からない木の棒が折れたのを確認した僕は、ふぅと一息ついた。
得物を握る感覚、それは何となくだが思い出してきたような気もする。まぁこれだけやっていれば嫌でも思い出すか……。
技の型も思い出せたらいいんだけど、こればかりは仕方がない。取り敢えず今は技なんて忘れて、基礎を固める事が大事だと言うことかもしれない。
僕はそこらの木の根に腰を下ろし、無数に分かれた枝に惜しげなく茂る葉っぱに隠れた太陽を見上げた。
「……母さん、元気かな」
忘れてはいけない。
僕が強くなるのは村の皆を見返すためだ。それが、元の母さんを取り戻すことにも繋がってくる。
僕が強くなれば差別を受けることも無くなる。そうなれば母さんだって自信を持って外に出ることができる。
もちろん簡単な話じゃない。魔力を持たない僕が認められるにはそれなりの『技』が必要だ。
そう、一番最初にゴブリンを倒した時のような規格外の力を持つ『技』。
魔力を持たない僕でも『私』はそれをやってのけた。例えそれが不完全だとしても、魔力のない僕の身体でも『技』を使える証明をしてくれた。
だから、僕はまだ立ち止まる訳にはいかない。せめて一つでも『技』を扱えるようになるんだ。そうすれば村の人達も何も言えないだろう。
少し休憩を挟んだのちに、僕は立ち上がった。おしりについた木クズをパッパッと払い、折れた木の棒に目をやる。
「……新しい棒を探さないと。お腹も空いたし」
得物を探すついでにきのこでも探そう。
そうしてまた歩き始めた僕だったが、僅か数歩歩いた所で突然空気が張り詰めたのが肌から伝わってきた。
辺りを注視する。
しかし何も見当たらない。
だが確実に何かがある。
これは、そう。もう何度目か、獲物として見られている感覚だ。
「しばらくゴブリンの相手ばかりしてたから忘れてた……」
額から冷や汗が垂れる。
この感覚はいまになっても慣れない。
また鹿の魔物か? いやしかし姿は見えない。
風が吹いた。微かに香る、まるで肥溜めのような臭い。しかしその先には何も無い。木の裏に隠れているのかとも思ったが、そういった気配は何もしない。
「何かの糞が腐った……? いや、この感覚は魔物で間違いない……」
また、風が吹いた。
木になる葉っぱたちが風に揺られ、ジャラジャラと音を鳴らす。その時、耐えられず落ちた木の葉が宙を泳ぎ──空中で静止した。
その瞬間、何かが僕の方に向かって飛んでくる。それが何なのかを理解するより前に僕は反射で躱すと、目を凝らして静止した葉っぱ付近を注視した。
「……透明!?」
僕の頬すぐそばを通り過ぎた何かは来た道を戻っていく。戻っていく先の風景はまるで空間がズレたかのように歪になっている。
「くそっ!」
悪態をつき、僕は後ろに駆け出した。
そう言えばこれも本で読んだことがある。魔物の中には自然と同化し擬態するものもいると。
でもそういった魔物は動く事がないため出会うことが少ない。それにそもそもの個体数が少ないため滅多に出会う事はないと本には書いていた。
だが対処法はある。
擬態する魔物は戦闘力があまり高く無い。それに、不意打ちに失敗して獲物逃げられても、追いかける事は殆どないらしい。
僕が戦わずすぐ逃げたのもその内容を覚えていたからだ。
僕は立ち止まり、振り返る。
「──なのに、なんで追ってくるんだ……」
ゲコッ、と魔物が喉を鳴らした。
その図体は僕よりも少し大きい。灰色がかった皮膚には無数の黒い斑点がある。
シルエットだけを見るとただのカエルだが、前足には似ても似つかない鋭い爪が伸びていた。
「そんなに弱そうに見えるかな?」
言葉は通じない事は分かっているが、そう聞かずにはいられなかった。
でもこれはマズイ。
問題点は三つ。
一つ目は、合気道はあくまでも人の形をした者に対する武術だということ。極地に辿り着いていれば話は別だろうが、今の僕の力では無力と言ってもいいだろう。
二つ目に得物がないこと。
やはり素振りで全部駄目にしたのは間違いだったか。一つでも何か振れるものがあれば戦うことが出来た。
三つ目。これが一番の問題点だ。
魔物が擬態して透明になること。
なんて言ってると、目の前でカエルの魔物が溶けるように消えていく。
「くそっ……!」
目の前で姿が消える様を見てもどこにいるのか分からなくなるレベルの擬態力。擬態している間は動けないとかあれば良かったけど、どうやらそんな事もないらしい。
唯一の救いは、攻撃の際は風景に多少の『ズレ』が生じる。それを見逃さないようにすれば──
「ぐっ……!」
ギリギリだが攻撃を避けられること。
透明な何かが僕の首筋を舐めていく。粘着性があるらしく、それは少し当たっただけでも肌を持っていくくらい強いらしい。僕の首筋付近から血が流れる感覚がした。
「何かと思えばこれは舌か」
カエルだから舌を伸ばして獲物を捕食する。当たり前のことだが、ならばその爪は何のためにあるのだろうか。
そんな疑問が一瞬過るが、また透明になった魔物を見てすぐさま距離を取る。
距離を離せば舌での攻撃は避けられる。あの爪がただの飾りとも思えないし、何をされるかわからない今は距離を離して得物を探さなければ。
手頃な枝でいい。細すぎず太すぎない程度の大きさ。
しかし、走りながら透明な魔物を警戒し、更には何かを探し回れるわけもなく、僕は舌による攻撃を避けるので手一杯だった。
このまま行けば確実に僕が狩られる。
どれくらい長い時間だったかは分からない。かなり体力的にキツイし、集中力も切れてきた。
「はぁ……はぁ……」
違和感を感じた僕は一度立ち止まる。
攻撃が止んだ?
さっきまでは隙あらば舌が飛んできたのに、今はそうじゃない。
諦めた? ここまで僕を追い込んで?
一応しばらく辺りを警戒して見回してみたけど、特に違和感を感じない。変な悪臭も今はしない。
「なにはともあれ今がチャンスだ」
今の内に得物を探さないと……。
出来れば手頃なサイズ、重すぎない程度の木の棒が欲しい。
辺りを見渡し、視界にちょうど良さそうな枝を見つける。
良かった──僕が意識をそちらに向け走ったその瞬間だった。
目の前の視界がぐにゃりとズレたように歪む。
顔をしかめるほどの悪臭が鼻を突き刺し、遅れた理解が追い付く。
これは罠だったのだ。
絶え間なく舌で攻撃し、相手に舌による攻撃を印象付ける。一度手を止め、相手が油断した所で獲物に近付きその爪で確実に仕留める。
地面を強く蹴り距離を取ろうと図る。しかしカエルは意外にも俊敏で、振り下ろしてきた爪が僕の腹に食い込む事になった。
幸いにも直撃ではなく少し抉られた程度だ。これくらいならまだ我慢が出来る──
──筈だった。
抉られた腹を中心に悪寒が広がる。足は震え、視界がぐにゃりと歪む。息苦しさが襲いかかり、立っていられず膝を付いてしまう。
「毒……!」
気付けば魔物の姿は消えてなくなっている。
また透明になり、僕が毒により倒れた所で安全に捕食するつもりなんだろう。
くそ……腹からの血も止まらない。それだけでもきついのに、毒によって全身が痺れ動けない。
もはや成すすべはない。毒にやられた時点で僕の負けが確定した。たとえここに得物があろうとも、それが握れなければ意味はない。
ここで死ぬのか……? こんな場所で?
何がいけなかったんだ? 相手が透明になることか? 相手が毒を持っていたからか?
違う。
この敗北は僕の慢心によるものだ。
筋肉が付き、合気道もある程度は形になってきた。ゴブリンならば素手でも相手できるようになったくらいだ。
だからこその油断。
何かあれば素手でもいける。いざとなればそこらの棒で戦えばいい。逃げる事だって出来る。
この結果は、変な自信を付けた慢心によるものだ。
嗚呼……頭が痛い。
世界が霞み、もはや何も見えない。真っ暗な世界で、自分が今立っているのかも分からない状態に陥る。
──情けない。
『私』の声が聞こえた気がした。
そうだ、情けない。今の僕は目を背けたくなるほど情けない姿だ。
毒などさして脅威ではない。体が痺れて動けないのは、僕がそう勘違いしているだけだ。
情けないのは、目が見えなければ戦う事も出来ない、そんな姿だ。
視力を失い、それでもなお足掻き続けたあの日を忘れてしまうとは。
記憶はなくとも覚えている筈だ。己の身体に刻まれたその『眼』は決して消えぬ。
私は答えを失った。
故に──私は答えを求め続けた。
真に大事なのは答えではなく、その導き方を知ることである。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。あらゆる感覚を今出せる限界まで研ぎ澄まし、空間を把握する。葉の擦れる音。肌に当たる風。土の匂い、空気の味。ほんの僅かな情報から周囲の状況を求め続ける。
なれば、自ずと見えてくる。
目が見えずとも視界を拓く──
「これこそが視の極致──【真眼】である」
飛んできた舌を顔を傾け避ける。
魔物の方へと視線を向けると、魔物から若干の焦りが感じられた。
すぐさま魔物は透明になる。それがもはや無意味なことを知らずに。
僕は背を向けて先ほど拾おうとしていた木の棒に近付く。背後から舌が飛んできたが、問題なく避け得物を拾う。
「……よし」
手に馴染む。
何千何万と素振りをしたのだ。まだまだ不格好ではあるが、戦えないことはない。
私は得物の切っ先をカエルへと向けた。カエルの身体がピクリと震えるのを肌で感じる。
恐らくアヤツはこう思っていることだろう。
──何故毒が効いていない?
「ただ動かぬ身体を動かす術を知っているだけに過ぎぬ。そう怯えるものでもない」
致死性の毒には私も勝てぬ。しかしそれ以外ならば話は違う。
鼻で呼吸が出来れば問題ない。
手が動くのであれば問題ない。
敵の位置がわかれば問題ない。
この刀に斬れぬ道理なし。
飛んできた舌を斬り伏せる。
血が噴き出るよりも速く私はカエルとの距離を詰め、無防備な胴体に対して得物を振り上げた。
しかし寸前の所でカエルが後方に飛び、浅く斬るだけの結果となる。
やはり得物がこれでは捉えきれぬか。図体のでかさの割にすばしっこいものだ。
「だが……おかげで思い出せそうだ」
逃げに徹されれば追い付けぬ。
身体ももはや限界。
ならば、方法は一つしかあるまい。
ある者は不可能だと言った。
またある者は絵空事だと笑った。
その修練に掛けた時間はゆうに十年を超える。
誰かが私に言った。
『何故そんなにも拘るんだ? 遠くを攻撃してェなら鉄砲でも使えばいいじゃねえか』
──それでは駄目だ。
私は否定した。
『鉄砲では月に届かぬ。私は──人を見下ろす月を斬らねばならぬのだ』
簡単な事だった。
私はずっと刃を飛ばす事を考えていた。
だがどう足掻こうと刃を鉄砲のように飛ばせるはずもない。
私は考えた。どうすればこの刃を飛ばせるのか
それは、嵐の日のことであった。
気を許せば身を持っていかれそうな程の強風をその身に浴びながら、私は考えた。
そうだ、飛ばすのではない。
風に刃を乗せれば良いだけではないか。
風が私の背中を押した。
──私は刀を横に振るう。
本来ならば届かぬ距離。しかしその刃は風に乗り、確実に獲物を捕らえる刃となる。
それはカエルの胴体を確実に切り裂き、勢いがついたままカエルは木へと激突した。
動く気配はない。気色の悪い液溜まりを作る物を見て、私は踵を返した。
「グッ……」
毒により身体がふらつく。頭を締め付けられるような痛みに耐えながら、それでも私は歩みを止めなかった。
早くここから離れなければならない。臭いを嗅ぎつけた魔物が寄り付く可能性がある。まだ戦えなくはないが、避けられるものは避けたほうが良い。
「はや……く……」
くそ……僕は何をして……いや……私か……?
私……僕は誰だ……? 僕は……くそ……だめだ……耐えろ……私はまだ倒れるわけには……。
「村ならば……もしや……」
この身体で自然に治すには時間が掛かり過ぎる。解毒するには不本意だが村の力を借りるのが一番手っ取り早いだろう。
「お母さん……怒るかな……」
後のことを考えると足が重くなる。
それでもこんな場所で立ち止まるわけには行かなかった。
僕は強くならなければならない。
私は使命を果たさなければならない。
意識が混合しているせいで、自分がもはや僕なのか私なのかが分からない。しかしそれも母上に会えば落ち着くはずだ。
早く村に戻らなければ。僕の意識を戻さなければ……。
村では今木でも燃やしているのだろうか。風に乗って鼻をくすぐる微かな匂いを頼りに、僕は歩みを進めるのであった。
▽
ここは、街から数里離れた場所に存在する辺境の森。相当な物好きですら近寄る事のないそこに、白銀の甲冑を纏う者たちが木々を掻き分け歩いていた。
その中でも一際目立つ金に光る髪を持つ男はため息を付くと、やる気のなさそうに周囲を見渡した。
「なんで俺がこんな場所を調査せにゃならんのだ。これなら部下だけでもいいだろ。俺にだって溜まった仕事があるってのに……」
ボヤきながらもしっかり周囲を見る金髪の男に、また一人の甲冑を着た者が近付いてくる。
「──オルカ団長。あちらにそれらしき痕跡が」
「あぁ、ご苦労さん」
団長と呼ばれた金髪の男──オルカは早速報告のあった方へと向かう。
(謎の爆発音……そしてその痕跡か……。多忙を極める団長様がなぜ駆り出されたのか謎だったが……なるほどな)
その場所に辿り着いた彼は思わず呟く。
「これは酷い……」
荒々しく倒された木の数々。その本数は数える事も億劫になる程だ。更には地面は歩けないほどに抉られており、その距離はおおよそ三十メートル程度にもなる。
先ほどまで調査をしていた部下の一人が団長に気が付くと、報告のために駆け寄る。
「お疲れさまですオルカ団長。まだ全ては確認できていませんが、状況から見て魔物の仕業の可能性が高いでしょう」
「魔物……か……。本当にそう思うか?」
「状況から見てほぼ間違いないでしょう。もし仮にこれが人間によるものでしたら、魔力すら使わず素の力だけでこの惨劇を起こした事になってしまいます」
「うーん……まぁやっぱそうだよなぁ……」
「これ程の災害級の力がある魔物は脅威です。街から幾らか離れているとは言え、迅速に討伐するべきでしょう」
「討伐っても、俺らだけでやれそうか?」
「申し訳ございません……不確定要素が多くてなんとも……」
「わかった。引き続き調査を進めてくれ」
部下はその場を離れまた調査へと戻っていく。
この悪夢のような光景全体を見渡し、オルカは考える。
(確かに魔力が感じられない……これ程の規模なら魔力の残滓も一週間程度では消えない筈だ。だから魔物による仕業と考えるのが普通だが──これだけの力を持つ魔物にしては被害が小規模すぎるな。明らかに知性のある行動だ)
これ程の魔物はそうそういない。知性がない魔物であればもっと至る所に同じような痕跡があってもおかしくない筈だが、この森を探索してから約半日程度掛けて見つけたのがここだけである。
つまり無闇矢鱈に暴れる魔物ではない知性のある魔物ということ。
「はぁ……でも魔力が薄いこの森にこんな馬鹿みたいに強い魔物って生まれるか? 別の場所から来たって言っても、こんな事ができる魔物はこの周辺どころか国全体を探してもないだろうな」
ボソボソと呟きながら歩いていたオルカは、ふと一つ疑問がよぎる。
これが魔物による仕業なのであれば、足跡は一体どこにあるのか。確かにずっと残るものでもないがこの規模である。ある程度の大きさがある魔物とみるのが普通だろう。
であればその体重からして足跡は強く残る。特に耕されたように抉られたこの地面であればそれは顕著に出るはずだ。
しかしどうであろう。そんな痕跡はパッと見では見当たらない。
(いや……わかりにくいがあるな)
抉れた地面にかすかに残った足跡のようなものが見える。時間が経ったからか土がかぶってしまい、一般の目を凝らしても見えないが、オルカの目には見えていた。
「靴でも無い……これは裸足だ。ゴブリンにしては小さいし、人間の大人でもない。となるとこれは人間の子どもによる足跡。不規則な間隔から見ても相当な手負いかそれに等しい疲労。謎の点のような跡から杖をついている事が予想できる」
それはオルカであるからこそ気付けたほんの僅かな証拠。足跡は途中で途絶えており、人間の子どもがこの惨劇から逃げ切れたとは思えない。
オルカは辺りを見渡して手が空いてそうな者を探す。その時、ちょうど目が合った青髪の青年の方へとオルカは足を進めた。
「おい、そこの君。名前は……えぇ……ごめん忘れたなんだっけ」
「テムです団長」
「あーそうだそうだ。そのぶっきらぼうな感じ、お前はハムだな。今手が空いてるか?」
「ハムではなくテムです。ちょうど今手が空いたところですが……どうされましたか?」
「ちょっと君に聞きたいんだが、この森には小規模な集落があるんだよな?」
「はい。場所に関しては詳しく把握出来ていませんが、これ程の魔物が出現したとなるとその集落も無事とは言えないでしょう」
「そうか、ありがとうペム」
「テムです」
オルカは顎に手を当て暫く考え込む。
顔を上げ、先ほどまでのおどけた表情を引き締め真剣な眼で森の奥を見つめた。
その後、団員全員を招集したオルカは顔を引き締め声を張る。
「集落を見つけることが最優先事項だ。もし集落が無事であれば住民全員を一時的に保護し、街へと避難させる。集落を見つけるまでは絶対に一人行動をするな。最低でも四人で動け。些細なことでもいいから何かあれば必ず共有しろ。以上」
厳格な面持ちで話を終えたオルカは森の奥へと足を進めた。
団員たちもそれに続く。
先頭を歩くオルカは育ちつつある焦燥感を御しながらため息をついた。
(集落がまだ無事だといいが……)
▽
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