かつて最強の刀弟子

くろまねこる

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森編

十話.滅びゆく

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 私は悪魔だと言われた。
 僕は悪魔の子だと言われた。

 私はただ不平等な世界を正そうとしただけだった。
 僕はただ友達と遊べるだけでよかった。

 しかし人はそれを許さなかった。
 友達は僕をさも見えないかの様に扱った。

 私が力を持ちすぎたが故に、僕が魔力を持たないが故に、わたしは人から捨てられたのだ。

 僕はどうすればよかったんだろうか。
 私はどうすればよかったのだ。

 分からぬ。何度考えようとも、この答えにはたどり着けぬ。
 僕はただお母さんに認めてもらいたかった。
 僕に笑ってほしかった。
 そのために強くなったのだ。
 そのためにここまで頑張ってきたのだ。

「……私はどうすればよかったのだ」

 鼻をくすぐるのは燃える木材の臭い。
 鼻を突き刺すのはむせるほどの血の匂い。
 肌に感じるは刺すような熱さ。
 目の前に広がるは燃え盛る炎の巨塊。

 そこはかつて、僕が住んでいた村があった場所であった。

 村にたどり着く前から僕は嫌な予感がしていた。なぜ燃える臭いがするのかと疑問に感じていた。
 野焼きでもしているのだと何度も自分に言い聞かせた。

「何が起きたのだ……」

 何故、僕の村は火の海になっているんだ?
 そんな疑問に答えてくれる人はこの場所には居ない。
 家屋は倒壊し、燃え盛り、更にはあちらこちらに死体が転がっている。

 その中には僕をいじめていた者も含まれていた。
 村に思い入れがあるわけじゃない。ましてや僕ら家族をいじめていた奴等を許す気などもさらさらない。

 それでもこの光景には目を覆いたくなる程に酷かった。

 混乱していた頭がスッと綺麗に整頓されたような感じがする。僕がいま『私』なのかどうかなんて今はどうでもいい。母さんは? 父さんは? 誰が生き残りはいないのか?
 気配を探る。しかし村中が火の海となっているので風に乗ってくるものは燃えた木と血の臭いばかりだ。この状況では鼻は役に立たない。
 次に耳を澄ましてみた。
 研ぎ澄ました耳は遠くの方でパチンと弾ける木の音さえも拾えた。

 だからこそ分かる。

 この辺りに生きた人はいない。
 『私』による経験則から何となくそれは察知す ることが出来た。

「ふざけるな……」

 この村は全滅。僕の母も父も、きっとこれに巻き込まれて亡くなった事だろう。

「ふざけるなッ!!」

 何が起きたかは知らない。考えたくもない。
 僕はどうすればいい?
 こんなにも強くなった。ゴブリンを一人で三体も相手出来るようになった。それを母にも見せたかった。村の皆に見せて見返してやりたかった。

 魔力がなくてもここまで出来るようになったんだと、皆に認めてもらいたかった。

 ふつふつと込み上がる怒りは行き場を失い、ただ僕の中に蓄積し続ける。

 その時だった。
 空に何者かの気配を察知した僕は空を見上げた。もくもくと煙が上がる灰色の空に、翼羽ばたくシルエットがうっすらと浮かび上がる。
 完全には姿が見えないが、そのシルエットからして僕の五倍程度の大きさはありそうだ。

「貴様が原因か」

 確信があるわけじゃない。ましてやこの空飛ぶ魔物が原因じゃないと分かっていたとしても、僕の行動は変わらなかった筈だ。
 今は何かと理由をつけてこの怒りをぶつける対象が欲しかっただけに過ぎない。

 そんな自分に、さらに嫌気がさしてしまう。

 僕は獲物に狙いを定め、握り慣れた木の棒を構える。

「秘刀──【飛刀とびがたな】」

 風が僕の背中を押すと同時に、僕は構えた棒を振り下ろした。その斬撃は風に乗って空を覆っていた煙を吹き飛ばし、羽ばたく鳥の魔物へと向かっていく。

「……そう簡単には行かぬか」

 確実に僕の攻撃は魔物に当たった。しかし大した傷にはなっていないようだった。
 鳥の魔物と目が合う。鷹のように鋭い眼光。小さな頭に似合わず巨大な胴には四つの足。巨体を飛ばすための翼は黄金色に輝き、神々しささえも感じる。
 全体的には鷹のように見える。しかし大きさからして似て非なる部分が多々見受けられる事から間違いなくこれは魔物だとわかった。
 魔物が大きく口を開くと、まるで笛を鳴らしたかのように甲高い音が空間を振動させた。
 相当な距離が離れている筈の僕ですら、その空気の振動が肌に伝わってくるほどだった。

「ぐっ……」

 まだ蛙の時の毒が抜けきっていないのか身体がふらついてしまった。目は見えるようになったものの、身体の鈍さはまだ完全には取り切れていない。

「動けば問題ない。あとは……」

 奴を落とす手段を考えねば。
 風に刃を乗せる飛刀は、月を斬るために編み出した私の技だ。しかしこれでは月を斬ることは叶わなかった。

 なぜか。

 それは月に風が届かなかった為だ。
 この技は風の強さ、つまり勢いに左右されてしまうという欠点が存在する。
 先の攻撃で魔物に傷をつけられなかったのも、距離が離れており、更には奴が空を飛ぶために翼を羽ばたかせているからだと考えられる。

 奴に致命傷を与えるにはもっと強い技が必要だ。でなければ、先に僕がやられてしまう事だろう。

「思い出すしかない」

 戦いながらでもいい。
 何かやつに致命打を与える事が出来る技を思いだすしかない。

 少し前まで、私と同期していた時間が長かったからか一時的に僕と私の意識の境界が不明瞭になってしまった。自分が自分でなくなるようなあの感覚は二度と味わいたくないが、悪い事ばかりではなかった。
 私の記憶だけでなく、私の身体に染み付いた感覚すらも思い出す事が出来たからだ。
 僕がいきなり飛刀を使う事が出来たのもそれに起因している。

 魔物の甲高い鳴き声がまた聞こえた。バサッ、と一際大きく魔物が羽ばたく音が聞こえると、黒煙を突っ切り、僕の少し前の空中で停止した。

 やはりその巨体は僕の数倍はあるほど大きいものだった。とにかく威圧感が凄まじく、肌がピリピリとひりつくような感覚がする。堂々としたその佇まいから、この森の頂点に位置する魔物なんだと直感で理解することが出来た。
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