かつて最強の刀弟子

くろまねこる

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森編

十二話.秘剣【燕返し】

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 誰もが言った。
 刀よりも鉄砲の方が強いと。
 誰もが言った。
 刀は時代遅れなのだと。
 外からやってきたそれは、我ら刀使いを排除する勢いで増えていく。
 例え女子供であっても慣れてしまえば力を発揮できる。刀のように一生を捧げなくとも、少しの練習で扱う事が出来る。
 人とは楽な道を選ぶ生き物である。私の周りの刀使いも、歳を重ねるに連れて鉄砲へと流れていった。

 しかしそんな鉄砲にも欠点も存在する。
 鉄砲から出る球は慣れてしまえば見て反応が出来る。装填には時間が掛かるためその間に距離を詰めればよかった。
 まだ刀は負けていない。
 しかしそれは、最初だけであった。
 時が経ち、熟練の使い手が増えていくと同時に複数の鉄砲を所持する者が増えていった。装填に時間が掛かる欠点を、熟練の使い手は複数鉄砲を持つことで補う事が出来た為だ。

 一度捌く事は出来ても、それが二度三度と続くと話は別である。目で捉える事は出来ようとも、避けようとすれば身体が追いつかなくなってしまう。かと言って刀で受けてしまうと刀が先にやられてしまう。

 故に、私は考えたのだ。

 どうすれば鉄砲に勝てるのかと。
 答えは至極簡単であった。
 それは暖かな風が吹く日のこと。いつもの如く刀を振っていた私の前で、燕がその身を翻した。
 そんな何気ない一つの光景で、私は悟ったのだ。

 ──そうか。相手に返せば良いのだと。

 決して簡単なものではなかった。
 寸分の狂いもなく球との距離を見計らい、折良く刀を動かさなけらばならない。
 何度も失敗した。その度に私は改善し最適な形へと組み立てていった。
 やがて私は辿り着く。風に刃を乗せる技を応用し、球を巻き込み相手に返せばよいのだと。

 私は一つの壁を乗り越えた。全てあの燕が踊ったおかげである。
 故に、私は初めて己の技に名前を付ける事にした。何度も迷ったが、あの燕に感謝の意を込めこう名付けた。

「秘剣──【燕返し】」
 
 ──風の塊と得物が、接触する。その刹那に起きるは嵐のような突風。
 腕から何かが千切れたような音がした。
 そして同時に、腕から大量の血が噴き出す。
 それでも僕は、、、得物を振ることをやめなかった。

「うっ──おおおぉぉぉぉおおおぉぉぉオオオオォォォォオオォォオォッッ!!」

 そして──

 まるで燕がその身を返すかの如く、魔物から放たれた風の塊はその身を翻し、魔物の方へと向かっていく。
 鉄砲のような速さで向かうそれは避ける事など叶ぬ。
 だからだろうか。奴は避ける素振りさえ見せなかった。奴は私へと目を向けた後ゆっくりとその目を閉じた。刹那、風の塊は奴の胴を深く深く抉り取り、大量の血を巻き込まながら消え去る。
 魔物は力なく落下し、凄まじい地響と共に森の中へと消えていった。

「はぁ……はぁ……っ……はぁ……」

 腕がだらりと下がる。視界が霞み、頭がボヤけ、思考もままならない。
 そういえばこの身体にはまだ毒が残ったままだったと今更思い出す。

「見事だ……」

 自然と口から出た言葉だった。それはまるで、私から僕に対しては放たれた言葉のように感じられた。
 驚きながらも、僕は口に笑み浮かべる。

「まだまだ……強くならないと……」

 歩を進める。
 せめて、魔物に目立たぬ場所で倒れなければ。
 やがて限界を迎えた身体は崩れ落ち、もう何度目か地面に突っ伏す。しかし今回は草のクッションがあった為、痛みはあまり感じなかった。
 村のこと、両親のこと、考える事は幾つもある。
 それでも今は、この勝利の愉悦に浸る時間が欲しかったのだ。

 ▽


「団長、集落を発見しました」

 森の中を調査していたオルカの元に、一人の団員が駆け寄り報告する。

「わかった。集落は無事だったか?」
「いえ……それは……」
「あぁ──言わなくていい。すぐに向かおう」

 白銀の甲冑の中は汗でびしょびしょになり不快感がオルカを襲う。しかしそんなことで足を止めるわけにはいかなかったオルカは足早に報告のあった場所へと向かう。

 やがて辿り着いた場所は、結構な広さが開拓された集落であった。およその人数でいうと、ざっと百人程度ならばこの集落に住めることだろう。
 しかしその集落も、今はもはや原型をとどめていたなかった。黒く燃え尽きた家屋だったものが殆どで、無事な建造物は見当たらない。そして見るも無残な死体も──悲しいことに、そこらに転がっていた。

「団長! お待ちしておりました!」

 また別の団員がオルカの元に駆け寄ってくる。
 オルカはしばし集落の悲惨な現状を見回したのちに、団員の方へと顔を向けた。

「これは魔物の仕業か?」
「はい、家屋の倒壊は魔物によるものだと推測されます。しかし出火の原因はまだ掴めておりません」
「そうか。魔力の残滓から見ても……これは人間による意図的な放火だな。魔物襲撃の混乱に乗じて燃やしたんだろう。なんの意図があったかは知らないが……」
「それと、団長に見てほしいものがあります」
「ん、なんだ?」

 妙にたどたどしい団員に不信感を覚えながらも、団員の後ろを付いていく。そうして着いた場所は、集落からちょっと離れた森の中であった。

「ここです」

 そういって団員が指すそこには、木々をなぎ倒し、血だらけになった魔物の姿がある。
 その姿を見たオルカは目を大きく開き、ポツリと呟く。

「グリフォン…………?」

 姿を見てなおも信じられないとオルカは暫く固まった。そして何とか絞り出して出した言葉が──

「まじか……」

 この一言である。

 ──グリフォン。
 滅多に人里に姿を現さない幻ともいえる魔物。
 自身の体格と同等かそれ以上の黄金色の翼を持ち、鳥類でありながらも四足歩行をする鳥型の魔物だ。
 問題はその強さである。グリフォンは小さな街一つ程度ならば滅ぼす事が出来るとさえ言われる魔物なのだ。攻撃の届かない遥か上空から強力な風魔法を使い、一方的に蹂躙するといわれている。
 それが今、死体となって発見された。
 それよりも強い魔物がここにはいるのか……?
しかしそれならば、オルカは思考を巡らせるが、首を振って先ほどの考えは違うと否定した。

(グリフォンの死体には炎による火傷痕が見当たらない。この傷は……切り傷に似たものだ。大剣のような大きな刃物で叩きつけた時に出来る傷……。でも死因はそれじゃない。腹が抉られているが……これは風魔法によるものだな。でもグリフォンが風魔法で負けるのは想像つかない……それにこの魔力はグリフォン自身のものだ。自分で自分を撃ったでもいうのか?)

 そう、それはまるで、自分が撃った魔法が跳ね返されたかのような状態であった。だがオルカが知る限り、そんな魔法や道具はまだ開発されていない。

(集落を襲撃したグリフォンを集落全体で対処し、致命傷を負わせることに成功……魔法の発動をしようとしたところを上手く妨害することが出来て、グリフォンは誤って自分に撃ってしまう。生存者は別の場所に移動した)

 それは一つの可能性だが、オルカはすぐに首を振った。

「有り得ないな。グリフォンは一騎士団でやっと相手が出来るレベルらしいし。言い方は悪いが、この集落にそんなレベルの奴らがいるとは考えづらい。それに人がいるなら真っ先にうちの団員が気付くだろうしな」

 しかし、そんな突飛な考えでないと説明がつかない。
 この不可解な状況に頭を抱えていたオルカだったが、そこに団員たちが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「団長! 生存者がいますッ!」
「なっ……」

 まさかこの惨状で生存者が居るとは思っていなかったオルカは一瞬思考に空白が生じるが、すぐに立て直して団員に指示を出す。

「すぐに保護しろ。怪我をしている場合は応急手当を忘れるなよ。治癒魔法が使える団員はいるか? いるならすぐに取りかかれ。俺もすぐに向かおう」

 それは、また集落のはずれのところであった。
 隠れていたのだろうか。目立たぬ場所の草むらに倒れているのは一人の少年だった。褪せた白髪は粗末に切られており、身体は少し痩せ型である。今は団員に囲まれ、応急手当を受けているところだった。

「状態はどうだ?」
「はい、見た目以上の傷です。腕の筋肉は裂け、骨も折れています。その他にも助骨も何本かと、この様子だと内臓もやられている可能性があります。それに恐らくミミックフロッグの毒にも掛かっています。正直、生きているのが奇跡なくらいです」
「そうか。絶対に死なせるなよ。この件について何か知っている可能性が高い。それに、この歳で死ぬなんてあまりにも早すぎる」
「了解」

 騎士団の団長であるオルカだが、治癒魔法は使えない。包帯を巻くなどの応急手当は出来るが、それはもう他の団員が行っている為そばで見守る事しか出来ない。
 そんなオルカだったが、一つの違和感に気付く。それは他の団員も同じようで、この場に緊張感が漂い始める。

「治癒魔法……効果出てるか?」
「は、はい。さっきからずっと掛けてはいるんですが……折れた骨までは無理でも、毒や出血程度なら治せるはずなんですが……」
「治り方は人それぞれだが……まさか……」

 オルカは治癒魔法を掛けていた団員を少々強引に退かせると、その手を取って目を瞑る。
 そうして少ししてから、オルカはやはりそうかと冷や汗を流し目を開ける。

「この子は魔力欠乏症だ。治癒魔法は効果が無い」
「なっ……!?」

 団員たちの動揺で場がざわつき始める。
 治癒魔法とは、対象の身体に魔力を流し込み、魔力による治癒力を更に促進させることによって回復させる魔法である。故に、対象にそもそも魔力が無い場合には効果が無いのだ。
 オルカは考える。
 治癒魔法は使えない。かと言ってこのまま放置すれば、最悪過度な出血によって死んでしまう。特に彼は子どもだ。出血していい血の量も大人より少ない。
 せめて街に戻れば、適切な処置ができる。しかしここから街に戻るにはあまりにも時間が掛かり過ぎる。 

 時間は限られている。

「帰還のスクロールを使う。調査に出ている団員をここに連れ戻してくれ」
「えっ!? 調査がまだ終わっていませんがよろしいのですか!?」
「調査なんて後で何時でもできる。集落の弔いもな。他の生存者がいる可能性も低い。ここをどれだけ調査しようと予想にしかならないが、この少年から出る言葉は事実になり得る。分かったらさっさと呼んできてくれ。時間が惜しい」
「は、はい!」

 普段はお気楽な口調で話すオルカだが、今はいつにもなく真剣な面持ちで話している。その本気度が伝わったのか、団員達は手分けをして集落の調査をしていた者達を呼び戻しに行った。

(……間に合うといいが)

 浅い呼吸を繰り返す少年を視界に入れながら、オルカは団員たちの戻りを待つであった。
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