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悪魔のいけにえ

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麻乃あさのくん」

 追加注文の皿をテーブルに並べている最中に名前を呼ばれて、顔を上げた。

「ワインの品揃えがいいバーがあるんだけど、今度一緒に行かない?」

 この店はワインも売りの一つで、多くの種類を取り扱っている。俺も、メニューに載っている銘柄の特徴や、どの料理に合うか? などのよくある質問には答えられるようにしているものの、所詮はただの丸暗記だ。突っ込んだ事を訊かれると、途端にボロが出る。
 そういう時は店長でもあるソムリエに任せることにしているが、自分でも勉強してみたいんですよね、と雑談半分にこの常連客へ話したことがあった。

「え、いいんですか?」

 店長に言えば試飲くらいはさせてくれるが、バイトの身分であれこれ飲みたいというのも気が引ける。
 苦手な絡み方をしてくる客ではあったが、ワインに詳しくて、いつも俺の方が教えられるくらいなので、一緒に飲んでくれるというなら心強い。

「うん、よかったら今度の土曜日にでも──」

 話している最中、ふっと目の前が広い背中に覆われる。

「お客様、そういったお誘いは迷惑行為にあたりますので、やめていただけますか」

 俺と客の間に割って入った暁生は、営業スマイルを浮かべてはいるものの、きっぱりと言い切った。

「おい、暁生──」
「君、何なの?」

 俺が止めるよりも早く、客が反応する。

「別に無理矢理誘ってるわけじゃねえだろ」
「麻乃は、お客様に失礼のないよう対応させていただいているだけですので、本気でとられましても……」

 口調は丁寧だが煽るような半笑いの暁生を、俺は慌てて止めた。
 だけど、俺が暁生の腕を掴んで引っ張るより先に、暁生は客の耳元に顔を寄せて何かを呟いた。その瞬間、客がグラスを掴み、残っていたワインが暁生の顔にぶちまけられる。
 騒ぎを聞いて駆けつけた店長が、暁生にバックヤードに戻るよう言いつけた。

「すみません、俺もちょっと外させてください」

 店長に断ると、何も言わずに俺の横を通り過ぎていった暁生の後を追う。

「どしたん?」

 パントリーを抜ける途中、廉に声をかけられた。
 詳細は省いて、俺のせいで暁生と客がトラブルになったことを説明すると、廉は、あー……と呟いた。

「あの客、瑞希狙いなのバレバレだったからなあ」
「俺狙いってなに……?」

 怪訝に思って訊くと廉は、えぇ……と呆れた声を漏らした。

「あいつ、お前のシフトの時しか来ないし、サーブするたびに捕まってただろ」
「それは……話好きっていうか、そういう人なのかなって……」
「いや、他のスタッフだとガン無視だから」

 俺は呆気に取られて、廉を見た。

「でも……俺、男だよ?」
「男が好きな男だっているだろ」

 もちろん、そういう性的指向の人がいることは知っているが、俺自身がその対象になるなんて考えたこともなかった。
 口を半開きにしたアホ面で茫然としている俺に、廉は呆れたような溜息をついた。

「お前、そういうとこあるよなあ……」

 廉は棚からグラスを取り出すと、厨房へ戻りかけて俺の方を振り返った。

「暁生が何やらかしたかは知んないけど、瑞希は暁生に感謝した方がいいんじゃね?」

 スタッフルームをノックすると、はい、と返事があった。暁生の声は普段と変わらず、落ち着いていた。
 ドアを開けると、顔を洗ったのか、湿った髪をオールバックにした暁生と目が合った。シャツにもワインがかかったのか、上半身は裸だった。

「……大丈夫?」

 なんと言っていいかわからず、曖昧な訊き方をしてしまう。

「うん。悪いな、騒ぎにしちゃって」
「いや……」

 半裸の体を見るのは気まずくて視線を彷徨わせていると、目の前に暁生が立った。

「瑞希はあいつと飲みに行きたかった?」
「そういうわけじゃないけど……」

 至近距離でジッと見てくる暁生の視線を受け止めて、ふと、あの客の俺を見る目を思い出した。

「瑞希は酒弱いから、よく知らない奴と飲むのは気をつけた方がいい」

 暁生はいつも明るく笑顔で、堂々としているけど謙虚で礼儀正しく、思いやりがあって誰にでも平等に接することができるいい奴だ。
 俺のことを心配してくれている、友達思いの暁生らしい言葉なのに、気圧されるように視線を逸らした。
 じっとりとした暁生の視線が、ナメクジのように肌を這い回る。唐突に、あの客に見つめられる時に感じる居心地の悪さと同じだと思った。

 今から思えば、あの客に対する苦手意識は、微かな嫌悪だった。
 暁生に見つめられるのは落ち着かない感じはするが、嫌じゃない。嫌じゃないけれど、一緒にいて楽しかったはずの相手が、何を考えているのかよくわからない視線を向けるようになったことに戸惑って、ただ淋しかった。

「あのさ……間違ってたら恥ずかしいんだけど……暁生は俺のことが好きなのか?」

 俯いてそう尋ねると、暁生の体が一瞬強張るのが伝わってきた。

「なんだ」

 普段と変わらない爽やかな声に、思わず顔を上げる。

「気づいてて避けられてるのかと思ってた」

 暁生はいつも通りの穏やかで優しい表情だったが、その目は値踏みするように俺を眺めまわした。
 思わず後ろに退がると、背中がロッカーにぶつかる。暁生は俺を囲うようにロッカーに手をつくと、ゆっくりと顔を寄せた。ワインの匂いが鼻につく。

「気づいてどう思った? 気持ち悪い?」

 まるでキスする寸前のような体勢に、思わず怯えたような表情になる。友達の時とは違う、得体の知れない暁生は怖かった。でも──……

「気持ち悪いなんて、思うわけない……」

 その気持ちが嘘じゃないことを証明したくて、俺も暁生の目を見返した。

「……そんなふうに言われたら、期待しちゃうだろ」

 暁生は困ったように笑って、さらに体を寄せた。グラビアに載りそうな笑顔だが、目は笑っていなかった。
 俺の言ったことが本当なのか試すように、ゆっくりと暁生の顔が近づいてくる。ワインのアルコール臭さに混じって、微かに暁生自身の匂いを嗅いだ。
 このままではキスしてしまうと思うのに、避けることができない。

「……いいのか?」

 暁生はそう言うと、返事を待たずに唇を重ねた。
 こうなることはわかっていたはずなのに、拒むこともできず、かといって開き直って受け入れられるわけでもなく、動揺して体が固まってしまった。
 目を見開いたまま、ただじっと暁生の舌を迎え入れる。暁生もまた、俺を反応を観察するように目を開けていた。
 視線を合わせたまま舌を絡め取られ、唾液が溢れる。ゾクゾクする感覚に耐えられずに暁生の腕を掴むと、そのまま抱き寄せられた。
 腰を擦り合わせるように強く抱きしめられた後、ようやく唇が離れて解放される。

「……ごめん、もう戻らないと」

 さっきまでのねっとりとしたキスとは真逆の態度で、あっさりと言い放つ暁生の態度に、思わず脛を蹴り飛ばした。
 暁生はチラッと俺の股間に目をやると、痛がりもせず、ごめんとへらへら笑った。

「抜いてやるよ」
「は!? 今? ここで!?」

 こんな状態にしておいて突き放すような暁生にイラっとはしたが、そういうことを望んでいるわけじゃない。
 慌てた声を上げる俺を、暁生は椅子に座らせた。

「ドアに背中向けてたらわかんないから」

 暁生はそう言って俺の股の間にしゃがみ込むと、手早くベルトを外してちんこを取り出した。
 確かに入り口からはテーブルが障害物となって、暁生の姿は見えないだろう。とはいえ、ドア一枚隔てた通路を行き来する人の気配ははっきりわかるし、壁の向こうの音も聞こえる。

 俺は気が気じゃないのに、暁生は何の躊躇いもなく俺のものを口に含んだ。
 もったりと重くなっていたそれは、暁生の口の中で完全に勃起してしまった。
 暁生は上目遣いに俺を見ながら、俺のものを抜くのが目的というよりも、自分が楽しむようにねっとりと舐めしゃぶった。

「あ……♡」

 思わず腰が浮いて喉の奥を突いてしまったが、暁生は特に苦しそうな様子もなく、さらに強く吸い付いた。

「なあ、女相手にどうやって腰振ってんのか見せて」

 裏筋に舌を這わせながら、ちんこ越しに見てくる暁生の言葉に顔が赤くなる。

「ふざけんな……」

 怒っているはずが、弱々しい声しか出なかった。
 結局、追い立てるように唇で扱かれて、暁生の頭を掴んで腰を振ってしまった。

「あっ……♡出るっ……まだ出てる……♡♡」

 長く続いた射精の後も、尿道に残った最後の一滴まで出し切るみたいに腰が止まらなかった。
 荒い息を吐いてぐったりと椅子にへたり込む俺を見上げながら、暁生は見せつけるように喉を鳴らしてゆっくりと精液を飲み込んだ。

「口の中のザーメンをちんぽで掻き回すなんて、酷いことするね」
「はっ?! 違っ……」

 顔を真っ赤にして慌てる俺を、暁生はニヤニヤと笑った。

「これで戻れるだろ」

 暁生は小さい子どもにするみたいに、俺のズボンを上げてシャツをたくし込むと、ベルトを締め直した。

「……暁生は?」

 暁生の股間は、ズボンの上からでもわかるくらい張り詰めていた。

「ほっといたら治まるだろ。俺はもう少ししてから行くから」

 そう言われると、俺だけ抜いてもらったのが気まずく思えてしまう。

「口は……できないかもだけど、手……とかなら……」

 もごもごと呟く俺を、暁生が驚いた表情で見つめる。

「じゃあ、俺の上に乗って」

 俺と入れ替わりで椅子に座った暁生の、大きく開いた脚を見下ろす。

「いや、乗ったら重いだろ」
「それがいいんじゃないか」

 渋々股を開き、跨るように暁生の太ももの上に座る。おぼつかない手つきでズボンを緩めて、ちんこを取り出した。
 当たり前だが他人の性器、しかも勃起している状態のものを触るなんて、初めての経験だ。
 形や大きさが違うのは当然として、こんなに熱くて硬いのかと、動揺してしまった。

 こわごわと握ったまま動かない俺を、暁生が催促するような目で見る。仕方なく手を動かし始めると、暁生は声にならないような息を漏らした。

「瑞希はそうやってシコるんだ?」
「うるさい。黙れ」

 わざと露悪的な言い方をしているのか、俺が知らなかっただけで元々そういう奴なのか、イメージとは違う下品な言葉遣いに戸惑うと同時に、興奮も感じていた。
 暁生は俺の背中に腕を回して抱き寄せると、耳や首筋に唇を当てた。
 さっきは一方的に抜かれるだけだったけど、耳元にかかる荒い息遣いと愛撫のような触れ方はまるで、セックスをしているようで落ち着かない。

「あー……やば…………すぐイキそう……」

 耳に当たる唇の感触や上擦った声、手の中でびくびくと揺れるちんこに触れて、顔が赤くなる。先走りで手がベタつくのが気持ち悪いはずなのに、もっとぐしょぐしょにしてやりたいとも思った。

 出る、という暁生の声に、慌ててティッシュに手を伸ばす。先端に押し当てるのと同時に、ドクッと精液が溢れ出た。ティッシュ越しに伝わる熱さと勢いに、心臓がどきどきと音を立てた。

 再びキスをされたけど、抵抗なく受け入れてしまった。
 舌を絡ませながら、まだ硬さの残るものを扱き続けると、上からも下からもぐちゃぐちゃと濡れた音がした。
 とろとろと止まらない残滓を指で絡め取ると、暁生が耳元で小さく唸った。

「……いつもは、こんなに早くないから」

 不貞腐れた声で言い訳をするのがおかしくて、思わず笑ってしまった。
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