隠され姫のキスは魔道士たちを惑わせる

じゅん

文字の大きさ
18 / 63
二章 大きな運命を持つ少女

大きな運命を持つ少女 8

しおりを挟む
「アレクサンドラ様に会えたので、ぼくの運命も悪くないと思えるようになりました」
「どうして?」
 急に自分の名前が出たので驚いた。
「今は秘密です」
 ふふっとフランシスは笑う。その表情が艶を含んでいたので、アレクサンドラは小首を傾げた。
「もうひとつ、軍人になってよかったと思うことがあります」
「なに?」
「隊長に出会ったことです」
 常に成績優秀だったフランシスは同期から疎まれた。学校でも寄宿舎でも、いじめが絶えなかった。魔法を使えば簡単に蹴散らすことができたが、問題を起こして退学になるわけにもいかない。フランシスは黙って耐えていた。すると虐めはどんどんエスカレートしていき、身も心もぼろぼろだった。
「それを救ってくれたのが、オスカー隊長です」
 オスカーは侯爵家の出身で、武勲を重ねた将軍を何人も輩出している軍人家系だ。
「隊長は学生時代から、教官さえ一目置く存在でした」
 フランシスが受けている仕打ちを知り、オスカーはフランシスを同室にした。士官候補のオスカーと兵卒となるフランシスでは寄宿舎の建物から違ったのだが、オスカーは押しとおした。それはフランシスがオスカーの庇護下にあると誰もが分る、分りやすい構図となった。
「いじめはピタリとなくなりました。それだけではありません」
 軍隊に配属されてからも、オスカーがフランシスを取り立てていった。魔道力に見合った階級を与えるべきだとオスカーが主張したのだ。
魔道士連隊の隊長に任命されたオスカーは、自分よりも魔道力の高いフランシスが隊長になるべきだと辞退しようとして、それだけは勘弁してほしいと周囲に説得された。最終的に、隊長がオスカー、副隊長がフランシスという、現在の組織ができあがった。
「隊長には、何度救われたか分かりません。隊長の命令なら、大抵のことなら従えます」
 クスクスとフランシスが笑う。その顔は今までの笑顔と質が違っていて、心からオスカーのことを慕っていることが分かった。
 フランシスの出自を聞いたせいか、二人の関係性が分ったせいか、またはその両方か。アレクサンドラはフランシスたちが信頼に足る人物だと思った。
 しかし、ザックの言葉が喉に刺さった小骨のように気になっていた。
――あいつらを信用するなよ。
 常に浮かべているふざけた笑顔ではなく、ザックは真剣そのものだった。
 少し迷ったが、アレクサンドラはフランシスに聞いてみることにした。
「ザックさんが、そんなことを」
 フランシスは驚いたような表情をした後、細い眉を寄せた。
「お伝えしているように、職業柄ぼくたちは機密に関わることは言えないんです。その機密を、ザックさんは知っている節があります。彼こそ怪しい。気を許し過ぎないでくださいね」
 逆に忠告されてしまった。
 わずかな休憩時間を挟みながら、なんとか予定していた町に辿りついた。すっかり日が落ちている。
 小規模の町だが、アレクサンドラたちのような旅人の中継地点として利用されることが多く、宿泊宿は多い。
「かなりの強行軍でしたね。アレクサンドラ様、大丈夫ですか」
「ううう。大丈夫じゃ、ないかも」
 自力で馬から降りたくても、臀部だけでなく、馬を挟んでいた膝も、フランシスを掴んでいた腕も、乗馬の衝撃を受け続けてきた全身が筋肉痛だった。
「フランシスさんは大丈夫なの?」
「ええ。慣れていますから」
 フランシスは余裕の笑みで答えた。容姿は中性的でも、さすがは軍人だった。
「動けねえんだろ、手を貸してやるから、掴まれ」
 いち早く厩に馬を預けてきたザックが、アレクサンドラに手を差し伸べた。素直に手を握ると引き寄せられる。
「きゃっ、いたっ。もう乱暴にしないで」
 横抱きに抱きとめられた衝撃で、全身に鈍い痛みが走った。
「悪い悪い。お詫びに、このまま部屋まで運んでやるから」
 ザックは悪びれなく、ニヤニヤと笑っている。
「そんな恥ずかしいことは嫌。自分で歩くわ。降ろして」
 ザックに支えられて地面に立ったはいいが、身体が痛くて、アレクサンドラは一歩も歩けなかった。
「ほら、素直に運ばれときゃいいのに」
「いいのっ」
 アレクサンドラは、まるで生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら、前かがみで少しずつ前進した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない

あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。 タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。 図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。 実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。 同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました

下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。 そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。 自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。 そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。 小説家になろう様でも投稿しています。 勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...