【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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一章 水神の怒りと人柱(始まりの物語)

一章 1

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 武蔵国北部の川沿いにある農村地帯は、なだらかな丘陵性の山地に接している。
 三月ならば本来、田植えの前に田地を耕起する荒田打ちをしなければならない時期なのだが、激しい長雨が続いて作業ができない。
「そろそろ雨が止んでくれないと、隣町にも行けないね」
 小藤は粘り気のない麦雑炊を食べながら言った。
 十六歳の小藤は、まだあどけなさを残すふわりとした輪郭に、芯を感じさせながら澄んだ黒目がちの瞳が印象的な器量のよい娘だ。晴れた日は田畑を手伝い、山を越えて隣町にこんにゃくを売りに行く働き者でもある。長女として貧しい家を支えようと、いつも身体中を傷だらけにしていた。
 胸まである黒髪は右耳の下で一つに結っている。温かみのある淡黄だった小袖は、洗っても落ちない汚れが染みついて芥子色になっていた。
「こんな長雨は珍しい。水神様が怒っていなさるのかもしれねえなあ」
「水神様って田んぼのちょっと高いところに社がある?」
 小藤の二つ下の妹である菊が父に尋ねた。父は「そうだ」と答える。
 半纏を羽織っている菊は病弱で外では働けない。身重の母と一緒に、春蚕の蚕養をしていた。日に焼けた小藤と違い、肌は真っ白だ。
 外は日の落ちた暮六ツで、一家は茶の間の囲炉裏を囲んで夕餉をとっていた。自在鉤に掛けた鍋から湯気が上がっている。既に雑炊はなくなり湯を入れていた。
「おかわりは?」
 弟が太く薄い眉を下げて隣りの母を見上げた。七歳で食べ盛りだ。一杯の麦雑炊では足りないのだろう。
「もうないよ。明日の朝は芋も入れるからね」
 母は困った顔をする。
「いやだ、お腹がすいたっ」
 駄々をこねる弟に、小藤はすっと半分ほど麦雑炊が残っている茶碗を弟に差し出した。
「姉ちゃん、いいの?」
「うん、私はお腹いっぱいだから」
 小藤は微笑んだ。
「小藤はよく動くのだから、食べないとだめよ」
 母が自分の分を息子に渡そうとする。その手を小藤が止めた。
「おっかあはお腹に赤ちゃんがいるんだから、ちゃんと食べないとだめ。それにこんな雨じゃ動けなくて、いつもどおりに食べてたら体力が余っちゃうよ」
 小藤は力こぶを作って見せた。
 雨でも井戸から水を汲むような力作業は小藤がしていた。腹がすいているはずだ。母親はわかっていながら、長女の優しさに甘えるしかなかった。
「いつもありがとうね、小藤」
「私は健康だけが取り柄だからね」
 小藤は笑って天井を見上げた。木枠にのっている茅葺屋根がある。
「ああ、早く晴れないかなあ、隣町で精のつくものを仕入れたいよね」
「そうだなあ。晴れたら薪拾いついでに野草も採ってこよう」
 父も明るくそう言った。
「おらも手伝う! 食べられるキノコと毒キノコ、おら見分けがつくぞ」
 頬に麦粒をつけた弟が声をはった。母は褒めるようにその頭をなでた。
 貧しくても仲の良い家族だ。
 その時、ドンドンと戸を叩く音がした。
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