【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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一章 水神の怒りと人柱(始まりの物語)

一章 9

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 光仙は小藤に向き直った。
「さて小藤。おまえたちが考えているとおり、この長雨は水神の怒りによるものだ。わたしは水神の気がおさまるまで、放っておこうと思っていた」

「なぜですか。土地神様の土地が水浸しになりますよ。きっと人も死にます。土地が乱れます」
「少々きつすぎるきらいもあるが、灸を据える意味がある」
「お灸ですか? 私たちは悪いことをしたのでしょうか」
「したというより、なにもしなかったことが問題だ」
 禅問答のようで、小藤は眉間にしわを寄せた。先ほどから土地神の言うことはわかりにくい。
「水神の社から、神体が持ち出された」
「ご神体ですか?」
 田んぼから見た、小高い位置にある水神の社を思い出した。
「たしか水神様のご神体は掛け軸だと聞いています。それを村の誰かが盗んだのですね。なんと罰当たりな」
 水神が村人に怒るのはもっともだと小藤は思った。
「いいや、村人ではない」
 小藤は再び眉根を寄せた。
「では、外部の盗人のしわざですか?」
「そうだ」
 小藤は眉を吊り上げて両手で畳を叩いた。阿光と吽光が小藤を睨むが、気づかないふりをして小藤は続ける。
「ならば村人に罪はないではありませんか。なぜ雨を降らせ続けているのですか」
「なぜ神体がなくなったことに誰も気づかないのだと思う?」
「えっ」
 小藤は戸惑った。
 なぜ気づかないのか。
 神体は社の中にあって見えないからではないか。
 いや、扉は一部が格子になっていて内部が見えたはずだ。近くから社を毎日見ていれば、掛け軸がなくなったことに気づくだろう。
 それは、つまり。
「誰も社を参拝していなかったから、ですか?」
「そうだ。水神はそれにも怒っている。その気持ちはよくわかる。信仰が薄れると威神力も弱まるからな」
 光仙は檜扇で口元を隠すようにして嘆いた。
「光仙さまの神社は人が多いではありませんか」
「そうでもない。おまえのように足繁く通って来る者は少ない」
 光仙は笑みを浮かべながら小藤を見た。
「おまえは妹の病気平癒祈願の前から、よく境内に来ていたな」
「それはなんだか落ち着くからで……。すみません、お供え物も持たずにただ来てしまって」
 小藤は顔を赤らめた。
 小さなころから小藤はよく土地神の神社に来ていた。まさか本当に神が見ているとは思わなかった。いや、神がいると思うから祈願をしていたわけなのだが。
「そんなものはいい。わたしはおまえの成長を楽しみに見守っていた」
 光仙の白い手が伸ばされて、長い指先が小藤の頬に触れる。
「わたしは土地神だから、人であれ草木であれあやかしであれ、生き物全てを愛している。しかし神とて感情がある。近しい者には贔屓をしたくなるものだ」
「贔屓」
 小藤は目を丸くした。万物平等に扱いそうな神の口から出るとは思わなかった単語だ。
「村人たちが悪しき風習の人柱を決定し、しかもよりによって小藤を立てた。わたしは村人の手伝いをする気が失せた。いっそのこと村を一度水で流し、新しく建て直せばよい」
「光仙さま」
 初めて会ったので気づかなかったが……。
「私のために、怒ってくださっているのですか?」
 小藤の頬にあった光仙の指は、そのままあがって頭をなでた。
「小藤はわたしのお気に入りだ」
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