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四章 父親の記憶(やや不条理)
四章 10
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化け物は奪い合うように小十郎を食った。
そこには骨一つ残らなかった。
「うわああああああっ」
松蔵は叫びながら走って逃げた。こんなに走るのは久しぶりだ。胸が苦しくなっても、闇雲に手足を動かした。
気づけば松蔵は傷と泥にまみれながらも自宅に戻っていた。
「おれのせいで、おっとうは死んだ」
松蔵は全てを思い出した。もう痛まなくなったはずの心臓を押さえる。
松蔵が父の後を追いかけていなければ、小十郎は花を摘んで無事に家まで帰ってきたはずだ。
あんなに苦しい死に方をしなくても済んだはずだ。
父が棒立ちだったのは、松蔵を人質に取られていたからだったのだ。
「身体を食い散らかされて声も出さぬとは、立派な死にざまよ。あやかしたちの噂では聞いていたが、やはりそうだったのじゃな。本当に惜しい男を亡くした」
少女は目頭を押さえつつ、得心顔をしている。
「おれはおっとうの仇を取る」
「仇を?」
小藤の目の前で、松蔵の透けていた身体が元に戻っていく。そしてしっかりと重なった身体が立ち上がり、無言で踵を返して走り出した。
「松蔵、その化け物の所に行くつもりなの?」
小藤が叫んでも松蔵は返事をしない。もう小藤の声が聞こえないのだ。
松蔵は土間にある火縄銃を掴んで外に飛び出した。
「待って松蔵!」
小藤は焦った。話を聞いている限り、松蔵一人で立ち向かって勝てるような相手ではない。
「光仙さま、助けてください」
小藤は神社から黙って出てきたことを後悔した。せめて阿光か吽光についてきてもらえばよかった。
松蔵の足は速かった。その細い身体のどこにそんな力があるのだろうか。
「松蔵、考え直して。おっとうは命を賭してあなたを守ったんだよ! 幸せで健やかに生きてほしいって言ってたでしょ」
聞こえないとわかっていても話しかけずにはいられなかった。
松蔵は完全に頭に血がのぼっているようだ。引き留めて時間をおけば冷静に考えられるのかもしれないが、試しに念を込めて腕を握ってもすり抜けてしまった。やはり小藤の力は悪意にしか反応しないようだ。
山の中腹辺りにくると、まるで見えない壁でもあるかのように前に進みにくくなる場所があった。息苦しくなり、本能的な嫌悪感がある。
今朝の散歩で阿光が、「相当な悪意や力を持っているあやかしは瘴気のようなものを発している」と言っていた。
ここからが、小十郎を食らったあやかしたちの縄張りなのだろう。
木々が深くなり、明かりを持たずに出た松蔵の足は遅くなる。しかし月明りでなんとか先に進んでいる。
小藤は松蔵についてきてはいるが、なにも出来そうもない。焦燥感だけが強くなる。
「松蔵、止まって、お願い」
松蔵が泥に汚れた顔を手の甲で拭った際に、額から汗がしたたり落ちた。月光を反射する眼球は前方を鋭く見据えている。
小藤はぞくりとした。
松蔵は死ぬ覚悟を決めている。
そこには骨一つ残らなかった。
「うわああああああっ」
松蔵は叫びながら走って逃げた。こんなに走るのは久しぶりだ。胸が苦しくなっても、闇雲に手足を動かした。
気づけば松蔵は傷と泥にまみれながらも自宅に戻っていた。
「おれのせいで、おっとうは死んだ」
松蔵は全てを思い出した。もう痛まなくなったはずの心臓を押さえる。
松蔵が父の後を追いかけていなければ、小十郎は花を摘んで無事に家まで帰ってきたはずだ。
あんなに苦しい死に方をしなくても済んだはずだ。
父が棒立ちだったのは、松蔵を人質に取られていたからだったのだ。
「身体を食い散らかされて声も出さぬとは、立派な死にざまよ。あやかしたちの噂では聞いていたが、やはりそうだったのじゃな。本当に惜しい男を亡くした」
少女は目頭を押さえつつ、得心顔をしている。
「おれはおっとうの仇を取る」
「仇を?」
小藤の目の前で、松蔵の透けていた身体が元に戻っていく。そしてしっかりと重なった身体が立ち上がり、無言で踵を返して走り出した。
「松蔵、その化け物の所に行くつもりなの?」
小藤が叫んでも松蔵は返事をしない。もう小藤の声が聞こえないのだ。
松蔵は土間にある火縄銃を掴んで外に飛び出した。
「待って松蔵!」
小藤は焦った。話を聞いている限り、松蔵一人で立ち向かって勝てるような相手ではない。
「光仙さま、助けてください」
小藤は神社から黙って出てきたことを後悔した。せめて阿光か吽光についてきてもらえばよかった。
松蔵の足は速かった。その細い身体のどこにそんな力があるのだろうか。
「松蔵、考え直して。おっとうは命を賭してあなたを守ったんだよ! 幸せで健やかに生きてほしいって言ってたでしょ」
聞こえないとわかっていても話しかけずにはいられなかった。
松蔵は完全に頭に血がのぼっているようだ。引き留めて時間をおけば冷静に考えられるのかもしれないが、試しに念を込めて腕を握ってもすり抜けてしまった。やはり小藤の力は悪意にしか反応しないようだ。
山の中腹辺りにくると、まるで見えない壁でもあるかのように前に進みにくくなる場所があった。息苦しくなり、本能的な嫌悪感がある。
今朝の散歩で阿光が、「相当な悪意や力を持っているあやかしは瘴気のようなものを発している」と言っていた。
ここからが、小十郎を食らったあやかしたちの縄張りなのだろう。
木々が深くなり、明かりを持たずに出た松蔵の足は遅くなる。しかし月明りでなんとか先に進んでいる。
小藤は松蔵についてきてはいるが、なにも出来そうもない。焦燥感だけが強くなる。
「松蔵、止まって、お願い」
松蔵が泥に汚れた顔を手の甲で拭った際に、額から汗がしたたり落ちた。月光を反射する眼球は前方を鋭く見据えている。
小藤はぞくりとした。
松蔵は死ぬ覚悟を決めている。
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