海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

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四章 竜骨の下で

竜骨の下で 6

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 だめだ、進まなきゃ。ここで意識を失ったら……。
 身体が鉛のようだった。船体が遠ざかる。意識が霞んでいく。
アレクサンドラは沈んでいた。
最後まで勝手なことをして、ごめん。エド。
そして赤いジュストコールの男が脳裏に浮かんだ。
結局、何者だったのだろう。
彼をもっと知りたかった。話したかった。
――共に、世界を旅したかった……。
アレクサンドラは観念して目を閉じた。
 そのとき、腰になにかが巻きついた。
「……?」
 広がる金の髪と碧眼が、アレクサンドラの視界に飛び込んできた。
 ロバート?
 ここにロバートがいるわけがない。死に際の幻覚なのだろうか。
 朦朧としている意識の中、鼻をつままれて、唇が押し付けられた。
「っ!」
 枯渇した肺に、温かい空気が送り込まれた。体が楽になり、意識が戻ってくる。
 ロバートが口移しに酸素をわけてくれたのだと、アレクサンドラは理解した。しかし、それではロバートが苦しむことになるだろう。胸を押し返そうとしたが、ロバートはびくともしなかった。
 アレクサンドラを支える逞しい腕が、大丈夫だと語りかけているようだった。
 無駄な抵抗をするのはやめ、アレクサンドラはロバートに身をゆだねた。なんとも言えない一体感、安心感があった。弾力のある唇の感触が心地いい。逞しい身体に包まれ、極限に冷えた身体にも熱を分け与えられていた。
餌を与えられる雛鳥のように、アレクサンドラはロバートの贈り物で身体を満たした。失っていた活力が戻ってくる。
 ゆっくりと唇が離れた。ロバートは悠然と笑い、海面を指さした。かすかに光が見える。いつの間にか竜骨が見えないほど先に進んでいた。
ロバートはアレクサンドラの足裏を両手で掴んだ。踏み台になるつもりなのだろう。アレクサンドラは肯いて膝を曲げ、ロバートを蹴って、勢いよく浮上し始めた。手の指先から足先まで、ロバートに与えられた力で水をかく。暗い海の底から、色がだんだんと淡くなる。光があふれる。
 海面に顔を出すと、船員たちの驚愕と歓声の声が響いた。いつのまにか隣に並んでいた商船からも、同じように声があがっている。
 遅れてロバートも海面に顔を出した。
「縄梯子を二つ降ろしてくれ! 鮫が来るかもしれない、急げ!」
 おおっ、というどよめきがった。
 アレクサンドラと同じように船底くぐりをして、しかも空気までわけ与えてすぐにロバートは大声を出している。対してアレクサンドラは、まだぜいぜいと肩で息をしていた。全身が震え、唇が青くなり、声を出せる状況ではない。
完敗だと、アレクサンドラは心の中で白旗をあげた。
「よくやった」
 ロバートは張り付いた金髪をかき上げて、ニッと笑った。
「なぜ……」
 アレクサンドラの声はかすれている。海水のせいで、やすりをかけられたかのように喉が痛んだ。
「なぜ、私を助けた」
 ロバートが来なければ、今頃海草と一緒に海底を漂っていたはずだ。
 こうしている間も、力が入らないアレクサンドラが沈まないよう、ロバートは片手を添えている。
「オレは、おまえが女だと知っていた」
「えっ……」
「知っていながら、面白半分でドレスを着せたんだ。この騒ぎはオレにも多少、責任がある」
 目を見張り、アレクサンドラはロバートを凝視した。
「いつ、から?」
「それは内緒」
 ロバートはにやりと笑った。
「あんなことしなくても、私が気絶してから引っ張ることもできただろうに」
 現にアレクサンドラは気を失いかけていた。そうなればそれ以上水を飲まないし、抵抗もしなくなる。息を分け与えるより、ずっと楽に引き上げられただろう。
「あんなことって?」
 そう聞き返されたアレクサンドラは、目元を染めてロバートを睨んだ。
「自力で船底くぐりをしないと、みんなおまえを認めないだろう。オレは見張りってことで飛び込んだんだ。今回が初めてじゃない。罰は死なせることが目的ではないからな。気を失った時点で、船底くぐりは失敗だ」
 死なせるつもりはなかったのか。では鞭打ちを選んでいても、ギブアップした時点で止めたのかもしれない。
「それに鮫に襲われていなければ、おまえは自力で船底くぐりを成功させていただろう。オレは見ていた。勇敢だった。そうできる者はいない」
 ロバートに笑顔で称えられ、アレクサンドラははにかんだ。
「ありがとう、ロバート……」
「どういたしまして。オレが手を貸したことは二人だけの秘密だからな」
ロバートはウインクして、下りてきた縄梯子に手をかけた。
「アレックス、上がれるか?」
 アレクサンドラは、手を握ってみた。まだ力が戻っていない。甲板まで自力で縄梯子を上がる力はなさそうだった。
「だろうな。落ちないように縛ってやる。……よし、引き揚げろ!」
 アレクサンドラの身体を縄梯子に固定すると、ロバートは仲間たちに声をかけた。そして鍛えられた筋肉を躍動させて、ロバートは自力で縄梯子を上がっていく。
ロバートを見ながら、自分もほぼ裸の状態であの身体に抱きしめられたのだと思い出し、今更ながら恥ずかしく思った。
力強い腕だった。
密着した身体は、海水で冷え切ったアレクサンドラを温めてくれた。命そのものを与えられたようだった。
「……」
 アレクサンドラは、そっと唇に触れた。息を吹き込まれる感覚が蘇って、全身が甘く痺れた。
 胸が熱くなり……。
そして、苦しかった。
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