海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

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五章 閉ざされた扉

閉ざされた扉 5

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「ごめん」
 エドワードの気持ちは聞いていた。いつか結婚するかもしれないとも思っていた。
 エドワードはずっと傍にいて、見守り、助けてくれた。大好きで大切な人。
 しかし、アレクサンドラはロバートに出会ってしまったのだ。
「俺は自惚れていたのかもしれない。おまえを理解できるのは、受け止めることができるのは俺だけだと。だから色恋沙汰に疎いおまえの気持ちが変わるまで、いつまでも待つつもりだった」
 エドワードは「しかし」と更に眉間のしわを寄せた。
「おまえが見張り台でロバートと話していた時から、いや、初めてあいつが現れた瞬間から嫌な予感はしていた」
「エド……」
 そうかもしれない。
 赤い旋風が巻き起こったあの時、既に心を奪われていた気がする。
 しかしロバートについていくということは、ずっと支えてくれた理解者のエドワードとの別れを意味する。エドワードは間違いなく、いずれ帝国軍を背負うことになる男だ。
 アレクサンドラは唇をかみしめて目を伏せた。
「俺は軍部に、おまえが海賊に寝返ったと伝えなければならないのか。そうなればおまえだけではない、家族や親族にもなんらかの処罰が下されるだろう。考え直せ」
 アレクサンドラはハッとした。
 兄に、親族たちに危害が及ぶ。その可能性を考えていなかった。
 アレクサンドラは戸惑う視線をエドワードに向ける。
「おまえは新しい土地に来て、熱病にかかったようなものだ。祖国に帰れば治る。俺が必ずロバートを忘れさせてやる」
 エドワードに強く抱きしめられた。
「エド……」
 アレクサンドラがこんな状態であるのにも関わらず、エドワードはまだ手を差し伸べてくれる。
 エドワードの手を握り返したい思いもある。
 第一、家族や親族を不幸にして得た自由で幸せになれるとは思えない。自分だけならばどんな処罰でも受けるものを。
 開きかかった扉が、大きな音をたてて閉ざされたようだった。扉の先には幼い頃からの夢が広がっているはずなのに。
 ――本当に扉は閉じたのか。
 アレクサンドラは、人生の大きな岐路に立っている自覚があった。
「エド、離して。もう少し考えさせて」
 エドワードは身を起こし、アレクサンドラを抱き起してベッドサイドに座らせた。
「すまない、感情的になった」
「謝るのは私だよ」
 幼いころから、実の兄以上にエドワードに甘えてきた。しかし、ずっとエドワードの思いに気づかなかった。今までどれほど彼を傷つけてきたのだろうか。
「外で頭を冷やしてくる」
 アレクサンドラはベッドから降りて部屋を出た。
もう真夜中だ。酒場は煌々と明かりがついて賑わっていたが、繁華街の殆どの店は閉じていた。
「祖国に帰るべきだ。わかっている」
 帝国に戻っても、海軍を辞めても、海に出る方法はあるだろう。しかし。
「……だめだ」
 アレクサンドラは薄い唇を噛んだ。
 既にアレクサンドラの夢は、海図を完成させることだけではなくなっていた。潮風を浴びて操舵する喜びを知ってしまった。
 それになにより、あの太陽のように眩しい男と併走していきたいのだ。
「ロバート……」
 口にするだけで胸の奥がうずく。それと同時にエドワードを思い出し、苦しくなる。
裏路地の一件で懲りているので、大通りを選んで歩く。足取りに元気はないものの、こんな時でさえアレクサンドラは軍隊の訓練と生来の生真面目さから背筋は伸びていた。
海の匂いに導かれるように、足は船着き場に向いていた。
「あの船は……」
 ロバート海賊団がこの航海で手に入れた商船に明かりが灯っていた。既に戦利品の分配は終わっているので、誰も商船には用がないはずだ。
「こんな時間に、なにを?」
 まさか、泥棒だろうか。
 しかしいつものごとく見張り当番がいて、ガレー船と商船の、二つの船を見る事になっているはずだ。見張るだけならば、ここまでの灯りはいらない。
 船自体に価値があるため、誰かが売りさばきに行くのだろうか。それにしても、団員に知らせずにこんな夜中に運ぶのは不自然だ。
「やはり盗賊か」
 見張りをしている団員を襲って船を奪ったのかもしれない。
「だったらあんなに明かりをつけるのは、なおさら不自然か。なんなんだ一体」
 独り言を言いながらアレクサンドラは船に近づいた。すると商船が動き出した。
「えっ、どうしよう」
 アレクサンドラはとっさに船に乗り込む手段を探し、滑車に巻き上げられている錨に飛びついて掴まった。手足を滑らしながらもぬめる錨綱を登り、なんとか船首に這い上がることに成功した。
「思わず乗りこんでしまった」
 アレクサンドラは船首に座って、力んだ手足を緩めるために振るついでに衣服に付いた藻を払った。岸はどんどんと遠く離れていく。もう戻れない。
 考える前に体が動いていた。任務のためというよりも好奇心かもしれない。脊髄で行動していた。
「なにをしているんだ、アレックス」
「……っ!」
 振り返ると、そこには深紅のジュストコールを羽織ったロバートが腕を組み、眉をつり上げながら立っていた。
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