38 / 48
五章 閉ざされた扉
閉ざされた扉 5
しおりを挟む
「ごめん」
エドワードの気持ちは聞いていた。いつか結婚するかもしれないとも思っていた。
エドワードはずっと傍にいて、見守り、助けてくれた。大好きで大切な人。
しかし、アレクサンドラはロバートに出会ってしまったのだ。
「俺は自惚れていたのかもしれない。おまえを理解できるのは、受け止めることができるのは俺だけだと。だから色恋沙汰に疎いおまえの気持ちが変わるまで、いつまでも待つつもりだった」
エドワードは「しかし」と更に眉間のしわを寄せた。
「おまえが見張り台でロバートと話していた時から、いや、初めてあいつが現れた瞬間から嫌な予感はしていた」
「エド……」
そうかもしれない。
赤い旋風が巻き起こったあの時、既に心を奪われていた気がする。
しかしロバートについていくということは、ずっと支えてくれた理解者のエドワードとの別れを意味する。エドワードは間違いなく、いずれ帝国軍を背負うことになる男だ。
アレクサンドラは唇をかみしめて目を伏せた。
「俺は軍部に、おまえが海賊に寝返ったと伝えなければならないのか。そうなればおまえだけではない、家族や親族にもなんらかの処罰が下されるだろう。考え直せ」
アレクサンドラはハッとした。
兄に、親族たちに危害が及ぶ。その可能性を考えていなかった。
アレクサンドラは戸惑う視線をエドワードに向ける。
「おまえは新しい土地に来て、熱病にかかったようなものだ。祖国に帰れば治る。俺が必ずロバートを忘れさせてやる」
エドワードに強く抱きしめられた。
「エド……」
アレクサンドラがこんな状態であるのにも関わらず、エドワードはまだ手を差し伸べてくれる。
エドワードの手を握り返したい思いもある。
第一、家族や親族を不幸にして得た自由で幸せになれるとは思えない。自分だけならばどんな処罰でも受けるものを。
開きかかった扉が、大きな音をたてて閉ざされたようだった。扉の先には幼い頃からの夢が広がっているはずなのに。
――本当に扉は閉じたのか。
アレクサンドラは、人生の大きな岐路に立っている自覚があった。
「エド、離して。もう少し考えさせて」
エドワードは身を起こし、アレクサンドラを抱き起してベッドサイドに座らせた。
「すまない、感情的になった」
「謝るのは私だよ」
幼いころから、実の兄以上にエドワードに甘えてきた。しかし、ずっとエドワードの思いに気づかなかった。今までどれほど彼を傷つけてきたのだろうか。
「外で頭を冷やしてくる」
アレクサンドラはベッドから降りて部屋を出た。
もう真夜中だ。酒場は煌々と明かりがついて賑わっていたが、繁華街の殆どの店は閉じていた。
「祖国に帰るべきだ。わかっている」
帝国に戻っても、海軍を辞めても、海に出る方法はあるだろう。しかし。
「……だめだ」
アレクサンドラは薄い唇を噛んだ。
既にアレクサンドラの夢は、海図を完成させることだけではなくなっていた。潮風を浴びて操舵する喜びを知ってしまった。
それになにより、あの太陽のように眩しい男と併走していきたいのだ。
「ロバート……」
口にするだけで胸の奥がうずく。それと同時にエドワードを思い出し、苦しくなる。
裏路地の一件で懲りているので、大通りを選んで歩く。足取りに元気はないものの、こんな時でさえアレクサンドラは軍隊の訓練と生来の生真面目さから背筋は伸びていた。
海の匂いに導かれるように、足は船着き場に向いていた。
「あの船は……」
ロバート海賊団がこの航海で手に入れた商船に明かりが灯っていた。既に戦利品の分配は終わっているので、誰も商船には用がないはずだ。
「こんな時間に、なにを?」
まさか、泥棒だろうか。
しかしいつものごとく見張り当番がいて、ガレー船と商船の、二つの船を見る事になっているはずだ。見張るだけならば、ここまでの灯りはいらない。
船自体に価値があるため、誰かが売りさばきに行くのだろうか。それにしても、団員に知らせずにこんな夜中に運ぶのは不自然だ。
「やはり盗賊か」
見張りをしている団員を襲って船を奪ったのかもしれない。
「だったらあんなに明かりをつけるのは、なおさら不自然か。なんなんだ一体」
独り言を言いながらアレクサンドラは船に近づいた。すると商船が動き出した。
「えっ、どうしよう」
アレクサンドラはとっさに船に乗り込む手段を探し、滑車に巻き上げられている錨に飛びついて掴まった。手足を滑らしながらもぬめる錨綱を登り、なんとか船首に這い上がることに成功した。
「思わず乗りこんでしまった」
アレクサンドラは船首に座って、力んだ手足を緩めるために振るついでに衣服に付いた藻を払った。岸はどんどんと遠く離れていく。もう戻れない。
考える前に体が動いていた。任務のためというよりも好奇心かもしれない。脊髄で行動していた。
「なにをしているんだ、アレックス」
「……っ!」
振り返ると、そこには深紅のジュストコールを羽織ったロバートが腕を組み、眉をつり上げながら立っていた。
エドワードの気持ちは聞いていた。いつか結婚するかもしれないとも思っていた。
エドワードはずっと傍にいて、見守り、助けてくれた。大好きで大切な人。
しかし、アレクサンドラはロバートに出会ってしまったのだ。
「俺は自惚れていたのかもしれない。おまえを理解できるのは、受け止めることができるのは俺だけだと。だから色恋沙汰に疎いおまえの気持ちが変わるまで、いつまでも待つつもりだった」
エドワードは「しかし」と更に眉間のしわを寄せた。
「おまえが見張り台でロバートと話していた時から、いや、初めてあいつが現れた瞬間から嫌な予感はしていた」
「エド……」
そうかもしれない。
赤い旋風が巻き起こったあの時、既に心を奪われていた気がする。
しかしロバートについていくということは、ずっと支えてくれた理解者のエドワードとの別れを意味する。エドワードは間違いなく、いずれ帝国軍を背負うことになる男だ。
アレクサンドラは唇をかみしめて目を伏せた。
「俺は軍部に、おまえが海賊に寝返ったと伝えなければならないのか。そうなればおまえだけではない、家族や親族にもなんらかの処罰が下されるだろう。考え直せ」
アレクサンドラはハッとした。
兄に、親族たちに危害が及ぶ。その可能性を考えていなかった。
アレクサンドラは戸惑う視線をエドワードに向ける。
「おまえは新しい土地に来て、熱病にかかったようなものだ。祖国に帰れば治る。俺が必ずロバートを忘れさせてやる」
エドワードに強く抱きしめられた。
「エド……」
アレクサンドラがこんな状態であるのにも関わらず、エドワードはまだ手を差し伸べてくれる。
エドワードの手を握り返したい思いもある。
第一、家族や親族を不幸にして得た自由で幸せになれるとは思えない。自分だけならばどんな処罰でも受けるものを。
開きかかった扉が、大きな音をたてて閉ざされたようだった。扉の先には幼い頃からの夢が広がっているはずなのに。
――本当に扉は閉じたのか。
アレクサンドラは、人生の大きな岐路に立っている自覚があった。
「エド、離して。もう少し考えさせて」
エドワードは身を起こし、アレクサンドラを抱き起してベッドサイドに座らせた。
「すまない、感情的になった」
「謝るのは私だよ」
幼いころから、実の兄以上にエドワードに甘えてきた。しかし、ずっとエドワードの思いに気づかなかった。今までどれほど彼を傷つけてきたのだろうか。
「外で頭を冷やしてくる」
アレクサンドラはベッドから降りて部屋を出た。
もう真夜中だ。酒場は煌々と明かりがついて賑わっていたが、繁華街の殆どの店は閉じていた。
「祖国に帰るべきだ。わかっている」
帝国に戻っても、海軍を辞めても、海に出る方法はあるだろう。しかし。
「……だめだ」
アレクサンドラは薄い唇を噛んだ。
既にアレクサンドラの夢は、海図を完成させることだけではなくなっていた。潮風を浴びて操舵する喜びを知ってしまった。
それになにより、あの太陽のように眩しい男と併走していきたいのだ。
「ロバート……」
口にするだけで胸の奥がうずく。それと同時にエドワードを思い出し、苦しくなる。
裏路地の一件で懲りているので、大通りを選んで歩く。足取りに元気はないものの、こんな時でさえアレクサンドラは軍隊の訓練と生来の生真面目さから背筋は伸びていた。
海の匂いに導かれるように、足は船着き場に向いていた。
「あの船は……」
ロバート海賊団がこの航海で手に入れた商船に明かりが灯っていた。既に戦利品の分配は終わっているので、誰も商船には用がないはずだ。
「こんな時間に、なにを?」
まさか、泥棒だろうか。
しかしいつものごとく見張り当番がいて、ガレー船と商船の、二つの船を見る事になっているはずだ。見張るだけならば、ここまでの灯りはいらない。
船自体に価値があるため、誰かが売りさばきに行くのだろうか。それにしても、団員に知らせずにこんな夜中に運ぶのは不自然だ。
「やはり盗賊か」
見張りをしている団員を襲って船を奪ったのかもしれない。
「だったらあんなに明かりをつけるのは、なおさら不自然か。なんなんだ一体」
独り言を言いながらアレクサンドラは船に近づいた。すると商船が動き出した。
「えっ、どうしよう」
アレクサンドラはとっさに船に乗り込む手段を探し、滑車に巻き上げられている錨に飛びついて掴まった。手足を滑らしながらもぬめる錨綱を登り、なんとか船首に這い上がることに成功した。
「思わず乗りこんでしまった」
アレクサンドラは船首に座って、力んだ手足を緩めるために振るついでに衣服に付いた藻を払った。岸はどんどんと遠く離れていく。もう戻れない。
考える前に体が動いていた。任務のためというよりも好奇心かもしれない。脊髄で行動していた。
「なにをしているんだ、アレックス」
「……っ!」
振り返ると、そこには深紅のジュストコールを羽織ったロバートが腕を組み、眉をつり上げながら立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理
SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。
低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。
恋愛×料理×調合
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる