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一章 キライをスキになる方法

一章 8

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 貴之は仕事で全国あちこちに取材に行くので、新幹線も飛行機も珍しくはない。ベテラン記者たちは、経費で海外にも取材に行けたもんだ、と自慢げに語っているが、貴之は一度も海外出張を頼まれたことはない。不景気というのは世知辛いものだ。

 三井節子の孫である萌々香とは、名古屋駅直結のホテルのラウンジで待ち合わせた。ラウンジは十五階にあり、窓からは名古屋市内が一望できる。

「あっ、あの緑の屋根のお城は名古屋城ですね! ここから歩けるかな? 氷藤さん、あとで行ってみましょうよ」
「なんでだよ、一人で行け。俺は帰る」
「そんな……、冷たいです」
「むしろ、なぜ俺が同行すると思ったんだ」
「せっかく来たんですから、観光しないともったいないじゃないですか」

 貴之は肩をすくめた。意味がわからない。

「こちらはラウンジに着いていると、萌々香さんに伝えてあります。萌々香さん待ちですね」
 美優はショートメールで萌々香とやりとりしているらしい。連絡係は任せている。

「もう着くようです。……あ、あの人かな?」

 美優は立ち上がった。脱ぐと白衣が目立つので、薄桃色のコートのままだ。九月にコートというのも、目立たないわけではないが。
 美優が大きく手を振ると、ラウンジに入ってきた女性も小さく手を振り返した。

「はじめまして、三井萌々香です。わざわざ名古屋まで来てくださって、ありがとうございます」

 萌々香は頭を下げてから貴之の正面のソファに座った。スラリとした細身で、ショートカットがよく似合っている。笑顔を作ってはいるが、薄化粧では隠しきれないクマが浮いていて、疲れが滲んでいるようだ。

 貴之の隣りにちょこんと座る美優と見比べると、大学生の萌々香のほうが美優よりも年上に見えた。

「わたしは新田美優です。節子さんの部屋の担当をしている看護師です。素敵なおばあさまですよね、いつも癒されるんですよ」
「ありがとうございます。嬉しいです。自慢の祖母なんです」

 萌々香ははにかんだ。

「代筆屋の氷藤貴之です。すみません、終わった話を蒸し返すことになって」
 貴之は名刺を渡しながら、萌々香を味方につけようとした。美優のしていることは迷惑行為なのだと。

「萌々香さんもあの手紙の内容、イマイチだって思っていましたよね?」
 美優はずいっと身を乗り出した。

「えっ? ええ……。でもプロが書いたものですし、そういうものなのかと」
 萌々香は眉を下げながらも、遠慮がちに美優に同意した。

 しまった、懐柔に失敗した。
 貴之は臍をかんだ。

「だから萌々香さんの気持ちをしっかりと聞いて、もう一度手紙を書き直すことになったんです。ね、氷藤さん」
「……そうだな」

 依頼人に「イマイチ」と思われていたのなら、書き直すしかないではないか。
 こんなことならばあの時、言いくるめて及第点を取りに行くのではなく、不満な点を聞いて修正しておくのだった。

「三井さん。改めて、おばあさんへ手紙に込めたい気持ちをお聞かせください」

 ウエイターに飲み物を頼んでから貴之は切り出した。
 萌々香に断ってからICレコーダーを回して、音声を録音する。重要な言葉はメモをするが、草案を作る前に音声を聞き直すことにしていた。

「以前、お話したことと変わらないんですけどね」

 萌々香は思い出すように、ゆっくりと話し出した。
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