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一章 キライをスキになる方法

一章 10

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「嫌いを好きになる方法、ですか? へえ、気になりますっ」
 美優は前のめりになった。

「はい、私もどういう意味か、おばあちゃんに聞きました」

 それまでに萌々香は節子に、「東京は嫌い?」と聞かれており、「嫌い、つまらないから」と答えていた経緯がある。その解決法だと萌々香は話す。

「東京に来たら、“一日一回好きなことをする”と決めるのよって、おばあちゃんは言いました」

 愛知には東京にないものがたくさんあるが、東京にも愛知にないものがいくらでもある。親に仕方なしに連れてこられたのではなく、愛知では食べられないもの、体験できないことをしに来ているのだと、考えを変換すればいいと節子は話した。

「名古屋の家とこの家の大きな違いは、おばあちゃんがいるかどうかよ。萌々香が行きたい場所をみつけたら、毎日一か所、おばあちゃんが連れて行ってあげる」
 そう言って節子は微笑んだ。

 ぼんやりと過ごすのも一日。
 楽しく過ごすのも一日。

 与えられた条件のなかでも、自分にとって快適な方法を模索するのが大切だと、節子は萌々香に教えた。
 それから萌々香は東京に行くのが楽しみになった。

 節子に原宿、秋葉原、浅草などの特徴的な街に連れて行ってもらったり、テレビ局や博物館を見学したり、東京限定のスイーツを食べまわったりした。

 あくまでも節子は萌々香に計画を立てさせたので、萌々香は年々、積極性や行動力が増していった。性格も明るく逞しくなったように感じた。

「それからも悩みがあるとおばあちゃんに相談したのですが、根本は小学生の時に教えてもらった方法と同じで、解決策は条件付けや置き換え、俯瞰して考えることでした」

 例えば、クラスで気の合わない人がいたら、いつも当たってくるあの人はストレスを抱えて可哀想な人なのだと思ってみる、自分がその人の立場ならどう行動するだろうと置き換えて考えてみる、などを提案された。

 どうしても性格が合わないのなら、極力やり過ごすのも手で、逃げるのは悪手ではないとも言っていた。

 現在、周囲にいる人と合わないのなら、「では、一緒にいると楽しい人たちはどこにいるのだろう?」と考えて、そういう人が集まる学校、コミュニティを探すのも大事だと節子は話した。

 勉強が上手くいかなかったら、一人で悩まないで遠慮せず先生に相談する。勉強法や時間帯を見直してみる。そもそも志望校にその勉強が必要か見直してみる。
 そうやって祖母は長い経験則で、萌々香に気づきやアドバイスを与えた。

 いざというとき、萌々香は祖母を頼った。
 一緒に暮らしている両親よりも、離れている節子のほうが本音や弱みを見せることができて、相談しやすかった。ちょうどいい距離感だったのだ。

「さすが節子さんです。節子さんとの思い出がたくさんあるんですね」
 美優は感心したような表情を萌々香に向けた。

「そういう思い出話や、相談にのってもらった感謝を盛り込むか」

 貴之は大きな手でコーヒーカップを弄びながら、独り言のように言う。さすがにホテルのコーヒーなだけあって、家のものとは香りが違った。

「そうですね。電話で相談の結果報告をしていましたし、その都度お礼も伝えていましたけど、手紙にも入れたいです」

 萌々香はうなずいた。
 どうやら、改稿の糸口は見つかったようだ。ここでお開きでもいいだろう。

「そういえば、三井さんは就活中なんだってね。忙しいだろ。時間は大丈夫?」

 貴之は優しく尋ねた。あくまでも、「こっちは急いでないけど、そちらは違うよね」というニュアンスだ。
 しかし貴之の言葉に、萌々香は顔を強張らせる。気まずげに視線が泳いだ。

「っつぅ……」
 脛の痛みに貴之は小さくうめいた。テーブルの下で美優が蹴ったのだ。

「氷藤さん、デリカシーなさすぎです」
 美優が素早く囁く。

 おいおい、おまえが萌々香は就活中だと言ったんじゃないか。
 そう貴之は文句を言いたくなった。

 しかし言われてみれば、センシティブな話題だった。美優は節子から聞いたのだろう。すると萌々香は、自分から就職活動中だと一言も言っていないことになる。
 つまり、口にしたくないのだ。

 ここで「すまない」と謝るのも、傷口に塩を塗るようで憚られた。
 三人の間に沈黙がおりた。ラウンジにかかる優雅なクラシックがやけに大きく聞こえる。

「今日は特に……予定がないので」
 萌々香がポツリとつぶやいた。

「萌々香さん」
 美優がまた前のめりになり、萌々香を見つめた。

「一番伝えたいことが書いていないから、物足りなさを感じたんですね?」
「私がおばあちゃんに、一番伝えたいこと?」

 萌々香は繰り返した。自分でも祖母になにを伝えたいのか、わかっていないようだ。

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