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一章 キライをスキになる方法
一章 11
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「私がおばあちゃんに、一番伝えたいこと?」
萌々香は繰り返した。自分でも祖母になにを伝えたいのか、わかっていないようだ。
美優は「ありますよね?」と眼力を強めた。
だからそれは、今まで相談にのってくれた感謝の気持ちだって、さっきわかったじゃないか。
そう考えた貴之も気づいて、小さく声を漏らした。
美優は視線を貴之に向けて、すぐ萌々香に戻す。
「萌々香さんは今、すごく悩んでいますよね」
「……はい」
ためらいながらも、萌々香は認めた。
「その気持ちを、いつものように節子さんに聞いてほしかったんですよね」
萌々香は瞳を大きく見開いた。
そのまま固まったようにとまり、何度かまばたきをする。
「そう、かもしれません」
萌々香はぬるくなった琥珀の液体に視線を落とし、白いカップを両手で包んだ。
「春から就活をしていて、周りはどんどん内定していくのに、私は一社も内定をもらえませんでした。友達に作り笑いをするのもつらくなって……」
SNSで「第一希望に内定をもらったから、これから遊び放題!」「複数内定とれちゃった。どれも甲乙つけがたい。どれにしようかなぁ」などと書いている赤の他人さえ憎らしくなった。こんな人たちがいるから私があぶれるのだと逆恨みもした。
萌々香は消え入りそうな声で、そう心情を吐露した。
「よせばいいのに、SNSを見ては傷つくんです。両親も私のことを腫れ物に触るような扱いになりました」
また祖母に相談したい。
そう思った矢先の七月、節子が倒れた。
「あんなに大きな病気になってしまったら、おばあちゃんは自分のことで精一杯ですよね。私の心配なんてさせられないと思いました。それに、いままでずっと力になってくれたから、こういうときこそ励ましたいと思いました。でも、お見舞いに行ったら誰にも言えなかったつらい思いを全部吐き出してしまいそうで、会いに行けなかった……」
萌々香は瞳を潤ませた。
「本当はおばあちゃんに会って、話がしたかったんです」
美優はカップを握る萌々香の手に、自分の手を添えた。
「自分がつらい時には周りが見えなくなって、人を気遣うことができなくなるものです。それなのに萌々香さんは節子さんを思いやって、手紙を送った。とても優しい人ですね」
「美優さん……、ありがとうございます」
萌々香はハンカチで両目をおおった。
「この気持ち、おばあちゃんに伝えてもいいと思いますか?」
おそらく節子は、この時期に就職活動をしている意味を分かってはいないだろう。わざわざ萌々香が窮地にいるのだと教えて心配をかけていいのかと、まだ萌々香は迷っているのだ。
美優は拳を握った。
「大丈夫ですよ、萌々香さん。ご高齢のかたって、お子さんやお孫さんに頼られると『まだまだ私がいないとダメなのね』って喜ぶことも多いですよ。節子さんなんて、そっちのタイプじゃないですか。むしろ、萌々香のために早くリハビリを終えて家に帰らなくちゃって、張り切ると思います」
「そうですよね」
睫毛を濡らしたまま、萌々香は笑みを浮かべた。
萌々香は現状を祖母に伝えたかった。祖母に話せば問題が解決するとは考えていない。ただ知ってほしかった。
そういうことだろうか。
貴之は額をおさえた。
そんなこと、言わなきゃわからねえじゃねえか。
……いや、それは言い訳だ。
美優の言っていたとおり、その本音は貴之が引き出さなければいけなかった。
萌々香は繰り返した。自分でも祖母になにを伝えたいのか、わかっていないようだ。
美優は「ありますよね?」と眼力を強めた。
だからそれは、今まで相談にのってくれた感謝の気持ちだって、さっきわかったじゃないか。
そう考えた貴之も気づいて、小さく声を漏らした。
美優は視線を貴之に向けて、すぐ萌々香に戻す。
「萌々香さんは今、すごく悩んでいますよね」
「……はい」
ためらいながらも、萌々香は認めた。
「その気持ちを、いつものように節子さんに聞いてほしかったんですよね」
萌々香は瞳を大きく見開いた。
そのまま固まったようにとまり、何度かまばたきをする。
「そう、かもしれません」
萌々香はぬるくなった琥珀の液体に視線を落とし、白いカップを両手で包んだ。
「春から就活をしていて、周りはどんどん内定していくのに、私は一社も内定をもらえませんでした。友達に作り笑いをするのもつらくなって……」
SNSで「第一希望に内定をもらったから、これから遊び放題!」「複数内定とれちゃった。どれも甲乙つけがたい。どれにしようかなぁ」などと書いている赤の他人さえ憎らしくなった。こんな人たちがいるから私があぶれるのだと逆恨みもした。
萌々香は消え入りそうな声で、そう心情を吐露した。
「よせばいいのに、SNSを見ては傷つくんです。両親も私のことを腫れ物に触るような扱いになりました」
また祖母に相談したい。
そう思った矢先の七月、節子が倒れた。
「あんなに大きな病気になってしまったら、おばあちゃんは自分のことで精一杯ですよね。私の心配なんてさせられないと思いました。それに、いままでずっと力になってくれたから、こういうときこそ励ましたいと思いました。でも、お見舞いに行ったら誰にも言えなかったつらい思いを全部吐き出してしまいそうで、会いに行けなかった……」
萌々香は瞳を潤ませた。
「本当はおばあちゃんに会って、話がしたかったんです」
美優はカップを握る萌々香の手に、自分の手を添えた。
「自分がつらい時には周りが見えなくなって、人を気遣うことができなくなるものです。それなのに萌々香さんは節子さんを思いやって、手紙を送った。とても優しい人ですね」
「美優さん……、ありがとうございます」
萌々香はハンカチで両目をおおった。
「この気持ち、おばあちゃんに伝えてもいいと思いますか?」
おそらく節子は、この時期に就職活動をしている意味を分かってはいないだろう。わざわざ萌々香が窮地にいるのだと教えて心配をかけていいのかと、まだ萌々香は迷っているのだ。
美優は拳を握った。
「大丈夫ですよ、萌々香さん。ご高齢のかたって、お子さんやお孫さんに頼られると『まだまだ私がいないとダメなのね』って喜ぶことも多いですよ。節子さんなんて、そっちのタイプじゃないですか。むしろ、萌々香のために早くリハビリを終えて家に帰らなくちゃって、張り切ると思います」
「そうですよね」
睫毛を濡らしたまま、萌々香は笑みを浮かべた。
萌々香は現状を祖母に伝えたかった。祖母に話せば問題が解決するとは考えていない。ただ知ってほしかった。
そういうことだろうか。
貴之は額をおさえた。
そんなこと、言わなきゃわからねえじゃねえか。
……いや、それは言い訳だ。
美優の言っていたとおり、その本音は貴之が引き出さなければいけなかった。
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