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幕間二 美優の気持ち~思わず凸したウラ事情~
幕間二 1
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「おはようございます!」
看護師の新田美優は、元気なあいさつをしながら病室に入った。患者の検温や点滴の補充をする朝のラウンド中だ。美優は十名ほどの患者を担当している。
「ミュウちゃん、おはよう」
「節子さん、よくその手紙を見ていますね。お孫さんからって言っていましたよね」
「そうなんだけどね……」
九十五歳になる節子は、露草色の便せんを手にしていた。孫からの手紙を読むにしては、浮かない顔だ。
美優がどうかしたのかと尋ねると、節子に手紙を渡された。
「あの子らしくない手紙なのよ。萌々香はいま、就職活動中で忙しいらしいから、こちらから連絡するのも悪いし」
手紙に視線を走らせた美優は、途中で動きをとめた。
「見舞いの手紙なら、こんなものかしら。気にしすぎかしらね……」
そんな節子の声が美優を素通りしていく。
――「彼」の字だ。
美優が恩人の字を見間違えるはずがない。脳裏にしっかりと焼きついているのだ。
「節子さん、この手紙、誰から届いたんですかっ?」
「だから、孫の萌々香よ」
美優の勢いに少々たじろぎながら節子は答える。
そうだ、何度も聞いたじゃないの。
美優はぎゅっと目を閉じて、激しく脈打つ胸に手を当てた。
この手紙は、大学四年生の三井萌々香から届いた手紙だ。「彼」は二十七歳の男性なのだから、同一人物なはずがない。
でも、似ている。
いや、似ているどころではない。同じ筆跡にしか見えない。
……もしかしたら、萌々香さんの字ではないのかも。
美優はひらめいた。
萌々香の知り合いに「彼」がいて、なんらかの理由で代わりに書いてもらったという可能性はないだろうか。
美優は自分のひらめきに、確信めいたものを感じた。
そうだ、そうに違いない!
「節子さん、萌々香さんの連絡先を教えてもらえませんか?」
――こうして美優は、代筆屋である氷藤貴之の存在を知った。
八時過ぎに夜勤業務が終わると、早速「代筆屋」に電話をした。
しかし、電話に出なかった。
迷ったのは一瞬で、美優はタクシーに乗り込んだ。
そして作戦を練る。
節子は手紙の内容自体には不満はないようだった。意味のない言葉を通して、萌々香には別に言いたいことがあるのではないか、と心配しているだけだ。
そうなると、節子と萌々香の問題で、代筆屋には関係がない。
つまり、こうして美優が代筆屋に乗り込む理由がないのだ。
「よし、瑕疵を捏造しよう!」
美優はクレーマーになることにした。
あとから貴之に会うためには、単に代筆屋の客になればよかったのだと気づくが、すぐに「彼」に会いたいという気持ちが先走って思いつかなかった。
相手の態度に合わせてクレームレベルを上げるつもりでいたが、あまりに貴之がビジネスライクだったため、想定の最高レベルに引き上げざるを得なかった。
そうしなければ、すぐに事務所を追い出される。貴之といられないと考えたのだ。
やっと会えた「彼」かもしれない人物だ。できるだけ長く時間を過ごして、どんな人なのか知りたかった。
美優が粘れば粘るほど、貴之に煙たがられていくのはわかっていたが、そこで諦めては試合終了だ。スッポンのように噛みついて離さなかったから、文房具店まで一緒に回ることができたのだ。
一日すごしたことで、貴之の人となりを知ることができた。
美優が抱いた、貴之への感情は――
「好き」
名古屋から戻って風呂で疲れを流したあと、抱き枕を抱きしめながらベッドに横たわった美優は、頬を染めながらホウッと吐息した。
――エェ――――!?
顔の傍に置いているスマートフォンのストラップから、驚いたように二体の地蔵が飛び出した。
看護師の新田美優は、元気なあいさつをしながら病室に入った。患者の検温や点滴の補充をする朝のラウンド中だ。美優は十名ほどの患者を担当している。
「ミュウちゃん、おはよう」
「節子さん、よくその手紙を見ていますね。お孫さんからって言っていましたよね」
「そうなんだけどね……」
九十五歳になる節子は、露草色の便せんを手にしていた。孫からの手紙を読むにしては、浮かない顔だ。
美優がどうかしたのかと尋ねると、節子に手紙を渡された。
「あの子らしくない手紙なのよ。萌々香はいま、就職活動中で忙しいらしいから、こちらから連絡するのも悪いし」
手紙に視線を走らせた美優は、途中で動きをとめた。
「見舞いの手紙なら、こんなものかしら。気にしすぎかしらね……」
そんな節子の声が美優を素通りしていく。
――「彼」の字だ。
美優が恩人の字を見間違えるはずがない。脳裏にしっかりと焼きついているのだ。
「節子さん、この手紙、誰から届いたんですかっ?」
「だから、孫の萌々香よ」
美優の勢いに少々たじろぎながら節子は答える。
そうだ、何度も聞いたじゃないの。
美優はぎゅっと目を閉じて、激しく脈打つ胸に手を当てた。
この手紙は、大学四年生の三井萌々香から届いた手紙だ。「彼」は二十七歳の男性なのだから、同一人物なはずがない。
でも、似ている。
いや、似ているどころではない。同じ筆跡にしか見えない。
……もしかしたら、萌々香さんの字ではないのかも。
美優はひらめいた。
萌々香の知り合いに「彼」がいて、なんらかの理由で代わりに書いてもらったという可能性はないだろうか。
美優は自分のひらめきに、確信めいたものを感じた。
そうだ、そうに違いない!
「節子さん、萌々香さんの連絡先を教えてもらえませんか?」
――こうして美優は、代筆屋である氷藤貴之の存在を知った。
八時過ぎに夜勤業務が終わると、早速「代筆屋」に電話をした。
しかし、電話に出なかった。
迷ったのは一瞬で、美優はタクシーに乗り込んだ。
そして作戦を練る。
節子は手紙の内容自体には不満はないようだった。意味のない言葉を通して、萌々香には別に言いたいことがあるのではないか、と心配しているだけだ。
そうなると、節子と萌々香の問題で、代筆屋には関係がない。
つまり、こうして美優が代筆屋に乗り込む理由がないのだ。
「よし、瑕疵を捏造しよう!」
美優はクレーマーになることにした。
あとから貴之に会うためには、単に代筆屋の客になればよかったのだと気づくが、すぐに「彼」に会いたいという気持ちが先走って思いつかなかった。
相手の態度に合わせてクレームレベルを上げるつもりでいたが、あまりに貴之がビジネスライクだったため、想定の最高レベルに引き上げざるを得なかった。
そうしなければ、すぐに事務所を追い出される。貴之といられないと考えたのだ。
やっと会えた「彼」かもしれない人物だ。できるだけ長く時間を過ごして、どんな人なのか知りたかった。
美優が粘れば粘るほど、貴之に煙たがられていくのはわかっていたが、そこで諦めては試合終了だ。スッポンのように噛みついて離さなかったから、文房具店まで一緒に回ることができたのだ。
一日すごしたことで、貴之の人となりを知ることができた。
美優が抱いた、貴之への感情は――
「好き」
名古屋から戻って風呂で疲れを流したあと、抱き枕を抱きしめながらベッドに横たわった美優は、頬を染めながらホウッと吐息した。
――エェ――――!?
顔の傍に置いているスマートフォンのストラップから、驚いたように二体の地蔵が飛び出した。
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