37 / 72
二章 大切なものほど秘められる
二章 16
しおりを挟む
美優は反省しているように目を伏せて、頬を染めてはにかんだ。
「それに、貴之さんがどんな人であっても、わたしがあの手紙で救われた事実は変わりません」
貴之は苦笑して、膝の上に肘をのせて頬杖をついた。普段は下にある小さな顔を見上げる。新鮮な角度だ。美優の顎の下に小さな黒子があることに気づいた。
「すごいな、ミュウは」
素直な気持ちだった。眩しく見えて貴之は目を眇める。美優を勝手に能天気だと決めつけていた自分が恥ずかしい。
「すごくなんてないです」
貴之に褒められて、美優は更に頬を紅潮させて首を振った。
「ミュウ」
「なんですか?」
美優はペットボトルを頬に当てている。温かかったミルクティは冷めてきているはずだが、頬とどちらが熱いのだろうか。
「無理をしていないか?」
美優は驚いたように動きをとめた。笑顔が硬まる。
気になっていたのだ。
病院で見かけた美優は、誰に対しても親切で、ずっと笑顔だった。
思い返せば、どこか無理をして明るく振舞っているようにも感じる。
さっきの話でも、行動の基準は「親だったらどうするか」だと言っていた。
おそらく今の美優は、両親の仮面を被って生きている。
「本来のおまえは、どういう性格だったんだ?」
「本来の、わたし?」
美優は何度かまばたきをした。そして、遠くを見つめたままとまった。過去を思い出しているのだろう。睫毛が長いな、と思いながら、貴之は美優が口を開くのを待つ。
スカーフを巻いた首筋に、美優は細い指をそっと這わせた。
そして貴之に顔を向ける。
「昔すぎて、忘れちゃいました」
美優はにっこりと微笑んだ。
「そうか」
あの事故は十四年前。美優は十歳、小学校四年生の頃だ。それ以前を覚えていないはずがない。
同じ過去を持つ俺にも言えないのなら、それでいい。
貴之はそう思う。
きっと思い出したくないのだろう。
長年被っている仮面が、本当の顔になることもある。
どんな行動原理だとしても、美優は美優だ。
「まあ、ほどほどにしておけよ。つらくなったら連絡を寄こせ。愚痴くらい、いつでも聞いてやるから」
実際、貴之にできることはそれくらいだ。
「はい、ありがとうございます。遠慮なくお言葉に甘えます。やっぱり貴之さんは優しいですね」
美優がまっすぐに見つめてくる。
言われ慣れない言葉に、貴之は照れくさくなった。
かろうじて温かさが残るコーヒー缶の蓋を開け、貴之はブラックコーヒーを一気に飲み干した。
「それに、貴之さんがどんな人であっても、わたしがあの手紙で救われた事実は変わりません」
貴之は苦笑して、膝の上に肘をのせて頬杖をついた。普段は下にある小さな顔を見上げる。新鮮な角度だ。美優の顎の下に小さな黒子があることに気づいた。
「すごいな、ミュウは」
素直な気持ちだった。眩しく見えて貴之は目を眇める。美優を勝手に能天気だと決めつけていた自分が恥ずかしい。
「すごくなんてないです」
貴之に褒められて、美優は更に頬を紅潮させて首を振った。
「ミュウ」
「なんですか?」
美優はペットボトルを頬に当てている。温かかったミルクティは冷めてきているはずだが、頬とどちらが熱いのだろうか。
「無理をしていないか?」
美優は驚いたように動きをとめた。笑顔が硬まる。
気になっていたのだ。
病院で見かけた美優は、誰に対しても親切で、ずっと笑顔だった。
思い返せば、どこか無理をして明るく振舞っているようにも感じる。
さっきの話でも、行動の基準は「親だったらどうするか」だと言っていた。
おそらく今の美優は、両親の仮面を被って生きている。
「本来のおまえは、どういう性格だったんだ?」
「本来の、わたし?」
美優は何度かまばたきをした。そして、遠くを見つめたままとまった。過去を思い出しているのだろう。睫毛が長いな、と思いながら、貴之は美優が口を開くのを待つ。
スカーフを巻いた首筋に、美優は細い指をそっと這わせた。
そして貴之に顔を向ける。
「昔すぎて、忘れちゃいました」
美優はにっこりと微笑んだ。
「そうか」
あの事故は十四年前。美優は十歳、小学校四年生の頃だ。それ以前を覚えていないはずがない。
同じ過去を持つ俺にも言えないのなら、それでいい。
貴之はそう思う。
きっと思い出したくないのだろう。
長年被っている仮面が、本当の顔になることもある。
どんな行動原理だとしても、美優は美優だ。
「まあ、ほどほどにしておけよ。つらくなったら連絡を寄こせ。愚痴くらい、いつでも聞いてやるから」
実際、貴之にできることはそれくらいだ。
「はい、ありがとうございます。遠慮なくお言葉に甘えます。やっぱり貴之さんは優しいですね」
美優がまっすぐに見つめてくる。
言われ慣れない言葉に、貴之は照れくさくなった。
かろうじて温かさが残るコーヒー缶の蓋を開け、貴之はブラックコーヒーを一気に飲み干した。
応援ありがとうございます!
4
お気に入りに追加
18
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる