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二章 大切なものほど秘められる

二章 16

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 美優は反省しているように目を伏せて、頬を染めてはにかんだ。

「それに、貴之さんがどんな人であっても、わたしがあの手紙で救われた事実は変わりません」

 貴之は苦笑して、膝の上に肘をのせて頬杖をついた。普段は下にある小さな顔を見上げる。新鮮な角度だ。美優の顎の下に小さな黒子があることに気づいた。

「すごいな、ミュウは」

 素直な気持ちだった。眩しく見えて貴之は目を眇める。美優を勝手に能天気だと決めつけていた自分が恥ずかしい。

「すごくなんてないです」

 貴之に褒められて、美優は更に頬を紅潮させて首を振った。

「ミュウ」
「なんですか?」

 美優はペットボトルを頬に当てている。温かかったミルクティは冷めてきているはずだが、頬とどちらが熱いのだろうか。

「無理をしていないか?」

 美優は驚いたように動きをとめた。笑顔が硬まる。

 気になっていたのだ。
 病院で見かけた美優は、誰に対しても親切で、ずっと笑顔だった。
 思い返せば、どこか無理をして明るく振舞っているようにも感じる。

 さっきの話でも、行動の基準は「親だったらどうするか」だと言っていた。
 おそらく今の美優は、両親の仮面を被って生きている。

「本来のおまえは、どういう性格だったんだ?」
「本来の、わたし?」

 美優は何度かまばたきをした。そして、遠くを見つめたままとまった。過去を思い出しているのだろう。睫毛が長いな、と思いながら、貴之は美優が口を開くのを待つ。

 スカーフを巻いた首筋に、美優は細い指をそっと這わせた。
 そして貴之に顔を向ける。

「昔すぎて、忘れちゃいました」
 美優はにっこりと微笑んだ。
「そうか」

 あの事故は十四年前。美優は十歳、小学校四年生の頃だ。それ以前を覚えていないはずがない。

 同じ過去を持つ俺にも言えないのなら、それでいい。
 貴之はそう思う。
 きっと思い出したくないのだろう。

 長年被っている仮面が、本当の顔になることもある。
 どんな行動原理だとしても、美優は美優だ。

「まあ、ほどほどにしておけよ。つらくなったら連絡を寄こせ。愚痴くらい、いつでも聞いてやるから」

 実際、貴之にできることはそれくらいだ。

「はい、ありがとうございます。遠慮なくお言葉に甘えます。やっぱり貴之さんは優しいですね」

 美優がまっすぐに見つめてくる。
 言われ慣れない言葉に、貴之は照れくさくなった。

 かろうじて温かさが残るコーヒー缶の蓋を開け、貴之はブラックコーヒーを一気に飲み干した。
 
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