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二章 大切なものほど秘められる

二章 15

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 美優の心にはずっと、両親のほかに、「彼」も存在していた。
 だからこそ、節子の手紙を見て動揺した。

 彼に会えるかもしれないという可能性に気づいたからだ。
 それまで、彼に会うという発想がなかった。

 しかし、節子への手紙の送り主は女性だった。しかも節子から聞いた孫の年齢は、美優より年下だ。あの「彼」ではありえない。

 たまたま似た筆跡なのだろうかと考えたが、美優にはそう思えなかった。仕事柄たくさんの字を見ているが、こんなに美しい文字を見たことがなかったのだ。
 諦めきれなかった美優は節子に孫の連絡先を聞き、節子宛ての手紙も借りた。

 ――そして美優は、代筆屋の存在を知った。

 ホームページに書いてある、「氷藤貴之」という名前も。

「わたしの中では九割以上確定ではありましたが、その時点ではまだ、掲載されていた手紙を貴之さんが書いたという確証はありませんでした」

 美優はタクシーで貴之の事務所に向かいながら、激しく脈打つ鼓動を抑えられなかった。

 事故からもう十四年近く経っているのだ。「氷藤貴之」が同じ境遇の彼だったとして、会ってどうするのか。当時の悲しみやつらさを語って、共感したり傷をなめ合ったりしたいのか。

 美優だって、そう思わなくはなかった。
 それでも、胸の中に文字として存在していた彼と会うことに、なにか期待のようなものを感じていた。

 彼はどんな人なのだろう。
 こんな仕事をしているくらいなのだから、繊細で優しい人なのだろうな。
 美優はそう想像していた。

 しかし実際に会ってみると、見上げるほどの大男は体格に見合うような横柄さで、手紙の内容と同じく仕事態度も杜撰だった。

「わたしが客ではないとわかると、貴之さんは……」
「ああ、もういい、やめやめ。それでガッカリさせたんだな」

 貴之は美優の語りを遮り、前かがみになって額を押さえた。
 できることなら戻ってやり直したい。いや、戻ったところで、あの状況では同じことを繰り返すだけか。

「貴之さんが三つ年上だとわかって、ほぼ百%“彼”は貴之さんだと思いました。そしてさっき、彼と貴之さんが完全に一致したわけです」

 年齢当てと言いながら、美優は貴之が「彼」なのかを確かめていたのだ。

 貴之の方も、ようやく納得した。
 初対面なのに美優が妙になれなれしかったり、様子を伺っていたり、過度な期待をして失望したりしていたのは、何年も前から貴之のことを知っていたからなのだ。

「なんか……、悪かったな、こんなんで」

 親の死の意味を見つけたいなんて綺麗ごとを書きながら、結局見つからなかったし、いまや探してもいない。
 そうして貴之は、相変わらずひねたままだ。

 ところが、どうだ。

 美優は道を踏み外しそうになりながらも軌道修正し、悲しみを乗り越えたようだ。世のため人のためになる仕事に就き、周囲に明るい笑顔を振りまいている。
 貴之とは正反対の人生ではないか。

「いいえ、ちゃんと貴之さんは優しい人でしたから、よかったです。名古屋にも一緒に行ってくださいましたし、わたしの食い倒れツアーにも付き合ってくれました。離れがたくて、難癖つけて遅くまで引きとめちゃってごめんなさい。迷惑がっていることは、気づいていたんですけど」

 美優は反省しているように目を伏せて、頬を染めてはにかんだ。

「それに、貴之さんがどんな人であっても、わたしがあの手紙で救われた事実は変わりません」
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